第34話 エンゲルスとの決着

「さあ──そのかばんを開けさせなさい。早く!!」


 そう、自分の手元──。他人はもちろん、エンゲルスや、自分の部下たちも信用していない人物が、唯一信じられるのは──、自分。そういうことだ。


 ハーゲンの体がブルブルと震えている。そしてカバンを強く抱きしめ、激しく反論する。


「ふ、ふざけるな。個々には機密書類が入っているんだ。お前なんかに見せるわけないだろうが」


 エンゲルスも、その言葉に同調。


「全くだ。失礼だと思わないのか」


「そうだそうだ。いい加減負けを認めろ」


「この生意気な、悪役令嬢が!!」


 周囲からも大声でやじの声が聞こえだす。全員ではない。しかし、エンゲルスが言葉にしている以上、センドラーの言葉が正しいと思っていても、簡単に声を上げるのは難しいだろう。



 それでもセンドラーはそんなヤジなど気にも留めない。そして私はハーゲンの後ろへと視線を向けた。


 そこには──。


「センドラー様。流石に言いすぎじゃありませんか?」


 ライナがいた。センドラーに気を取られていたハーゲン、ライナの接近に気付かず、ライナはバッグを奪う。


「おい貴様、何をする!!」


 ハーゲンは血相を変えてライナにとびかかるが、ライナは警戒にステップを踏んでひらりとかわす。


「あそこまで言われて悔しいでしょうハーゲン様。だから見せてやりましょうよ、そして、無罪を証明してやりましょう(棒)」


 ニッコリとライナは言い放つ。

 そして私に向かってカバンを投げる。


「じゃあ、お言葉に甘えて調べさせてもらうわぁ」


 センドラーはすぐにカバンを開ける。そして小物類を机に置くと、中にある書類たちを引き出し、一つずつ確認。私も、横に移動してどんな内容なのかを見てみる。どれどれ……。


 内容は、ひどい有様だった。



 商人や商社を介して魔王軍に武器を売り渡したり、金目の物を受け取ったりしている証拠。

 魔王軍の地から生まれた人間をラストピアの兵士や官僚に就職させる。そしてその引き換えに、多額の利益を受け取ったり、そんなことをやり取りしていた書類がこれでもかというくらいあったのだ。


「あるじゃな~~い。あんたが、この国の裏切り者だっていう、確固たる証拠がねぇ!!」



 中には、魔王軍の奴らから多額の金を受け取り、土地を売ったという書類もあった。


 これは、明確な証拠だ。こいつらと、ハイドや魔王軍のつながりを持っていることの。


「ふん。武器の売買、賄賂の受け取り、極めつけは──、土地の売却。どういうことだか、説明してもらおうじゃないのぉ~~」


 バン!!


 そしてカバンをハーゲンに向かって投げつけた。

 言い逃れができない証拠に、静まり返るこの場。


 ハーゲンは言葉を失い、固まってしまう。そして──。



 ニコッ──。



 二ッと開き直ったように笑いだした。気味が悪いことこの上ない。


「おい、誰だ。こんなことをして俺をハメようとしていたのは。出てこい!!」



「出てこいつってんだよ。誰だよ誰だよ誰だよ誰だよ──!!」


 思いっきりのハーゲンの頬をひっぱたく。


「いい加減にしなさい。そんなことをしたって、誰も助けてなんてくれないわぁ」


「う、うるせぇぇ。俺は悪くねぇぇんだよぉ!!!!」



「これで言い逃れはできないはずよぉ。いい加減に自分の罪を認めなさい!!」


「うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!!」


 ハーゲンは怒り狂い大暴れしだし始めた。


「証拠を出してみろよぉ。俺ははめられたんだ。誰かが俺に隠れてこの書類をカバンに入れたんだ。俺は被害者なんだ、無罪だぁぁぁぁっっっっ!!」


 あくまで自分の罪を認めないハーゲン。センドラーは蔑むような目で


「証拠なら、あるわ。ライナ!」


 センドラーがライナに向かって叫ぶと、ライナはポケットからダイヤルを取り出した。そう、闇市で買った録画機能のある貝の一種。

 そしてカチッとボタンを押すと──。




「なあ、お前だってハイドの部下だったんだろ──。裏切っちゃえよ」


「えっ? そんな──。できませんよ、そんなこと」


 ダイヤルからハーゲンとライナの音が聞こえだす。

 騒然とするこの場。


 そしてハーゲンは、私を見たままぽかんと口を開けて絶句している。


「いろいろ裏工作や根回しをして、センドラーに全部罪を擦り付けて、あとは側近の寝返りだけだ。お前が寝返るとなればセンドラーの動揺はすごいものになるだろう」


「で、でも──」


「簡単だ。今度の議会、センドラーが調子づいたときに叫べ。『私は見ました。センドラーが私の隣であくどいことをやっていました』ってな」


「そうだ、お前が寝返ったとなれば、センドラーだってあきらめるだろう。金はたくさんやる。だからお願いだ」


「エンゲルス様まで──」


 そしてライナはダイヤルのボタンを押し、録音が終わる。


 この声は明らかにハーゲンとエンゲルスの声だ。


「──皆さん。そういうことですぅ。二日前の夜、二人に突然呼び止められてのことでした。もちろん、おことわりしましたけど」



 その言葉。自分が言った言葉にエンゲルスたちは言葉を失う。


「これは紛れもなく、あんたたちの声。そして自分たちの罪を認めた声。もう言い訳出来ないわよねぇ。何か言いたいことがある?」




 勝利を確信したようなどや顔の笑みを浮かべるセンドラー。

 対してエンゲルス。観念したのかどっと椅子に座り込み、大ききくため息をついた。


「──ふぅ。完敗だセンドラー。お前の言う通りだよ」


 どこか焦点があっていない、空の向こうの遠くを見ているような虚ろな視線。

 自分のキャリアが終わったということが理解できたのだろう。


 ハーゲンにいたっては口からブクブクと泡を吹き始め、その場にへたり込んでしまう。


「あびびびびびびびびびびびびび……」


 どこの言葉かわからない、うめき声のような言葉を発しこの場から動かない。

 よほどのショックだったのだろう。


「とりあえず、正式な裁きはリムランドの結果待ちにするとして、まずは、下げてもらわないとねぇ──」


 その言葉にエンゲルス。拗ねたような、冷めたような口調で言葉を返す。


「下げる──なにをだ?」


「決まっているでしょう。この私に押し付けた免罪の数々、この場で罵倒した数多の言葉。全部間違いでしたって言って、頭を下げなさい」


「それは、後で書類でおくr──」


 エンゲルスの言葉、センドラーは机を叩き、強い口調でかぶせるようにして返す。


「今この場でしなさい。じゃないと、ここにいる人たちがわからないでしょう。あんたたちが私達を侮辱したことと、擦り付けた罪が、全て濡れ衣だったということがぁ」


 その通りよね……。仮にも私をハメようとしていたんだし。



 この場にいる人たちはさっきまでとは打って変わり、何も言わなくなる。

 暗い、沈黙の時間がすこし立った後、エンゲルスとハーゲンがゆっくりと立つ。

 そしてうつむいたまま口を開いた。


「す、すまなかった……」


「──悪かったよ」


 視線をそらし、下げる頭もほんの少しだけ。

 心の中で「ふざけるんじゃねぇよ」とか言っているのをなんとなく感じる。本心じゃないのが私にもわかる。


 それでも、こいつらはこの場で自分たちの罪を認めた。


「──まあ、後は本国への報告。そして行った行為に関しての処罰を待つだけね……」


 その言葉に、私は思わず胸をなでおろす。

 取りあえず、この騒動は収まったのだ。大変な事はこれからもあるだろうけど、シベリナ送りだけは避けられそうだ。


「──ふぅ」


 センドラーが腰に手を当てため息をつく。ここでうまくいかなければ追放確定、おまけに怒号が飛び交う中で一人戦ったのだ。


 とても疲れているのだろう。


(わたしに変わって──。疲れたでしょう)


(……そうね。少し休憩。でもどうするの?)


(いいからいいから。私に任せて!)


 そして私はセンドラーの背中をポンと押し、半ば強引に交代。


「じゃあ、ここでの話はおしまい。これからは法案の審議に入りましょう」


 今のやり取りで私の無罪は晴れた。ここからは本国リムランドの意向も関わってくるため、これ以上話を続ける意味は薄い。


 それはこの時間は本来国民達のために、いろいろ話し合う場だ。私達が、醜い足の引っ張り合いをする時間ではない。

 そして私達は再び席に着き、本来の仕事につき始めるのだった。

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