《 第42話 はじめてのおつかい 》

 ドラミは、とてもすごいことをしている気分だった。


 なにせジェイドじきじきの依頼を、たったひとりでこなしているのだ。


 冒険者デビューをした子どもたちを見て、不安だったけど――


 楽しい冒険を繰り広げ、いつかドラミの冒険譚を退屈に感じるんじゃないかと心配だったけど――


 そんな不安は、吹き飛んでしまった。


 このおつかいをやり遂げれば、これまで通り堂々と冒険譚を語れる!


 ……本当はもうひとつ悩み事があったけど、どうせ叶わぬ願いだ。それは考えないようにしよう。



「到着なのだ~!」



 迷子になることなく仕立て屋に到着する。


 店に入り、カウンターの呼び鈴を鳴らすと、店の奥からお爺さんが出てきた。



「おや、ジェイドさんは一緒じゃないのかい?」


「ひとりで来たのだ! なんとドラミ、ジェイドにおつかいを頼まれたのだ!」


「そうかい。立派だね」


「それほどでもないのだ……」



 ドラミはニヤニヤしてしまう。


 70年以上も生きてそうなお爺さんに『立派』と評されるなんて……。


 やっぱり自分はすごいことをしているんだと、あらためて実感する。


 ――だけど調子に乗っちゃだめなのだ!

 ――ドラミはまだおつかいをやり遂げてないのだ!


 表情を引き締め、お爺さんに告げる。



「ワンピースを取りに来たのだ! もうできてるのだ?」


「できているよ。ちょっと待ってておくれ」



 店主が店の奥へ引っこむ。


 そわそわしつつ待っていると――



「うおおお! そ、それ、ドラミのワンピースなのだ!」



 お気に入りのワンピースと瓜二つの衣装の登場に、テンションが跳ね上がる。


 さっそく試着室でワンピースを着てみると……ぴったりだった。



「着心地はどうかな?」


「サイコーなのだ! これ、お金なのだ!」



 自分でお金を支払うと、ちょっぴり大人になった気分だ。


 お爺さんに笑顔で手を振られ、ドラミは凜々しい顔で店を出る。



「……」



 その場で立ち止まり、きりっとした顔つきのまま知り合いを探す。


 なにしているのかと聞いてほしいのだ。ドラミが「ジェイドにおつかいを頼まれたのだ」と言えば「す、すごい……!」と言ってくれるに違いないから。


 しかし知り合いは見当たらず、ドラミは少しがっかりしつつ道を進む。


 洗濯屋を訪れたのは一度だけだ。もしかすると迷子になってしまうかも……。


 ちょっとだけ不安になりつつも見覚えのある道を歩き――



「やったー! 見つけたのだ~!」



 洗濯屋を発見!


 さっそく入店すると、お婆さんに出迎えられた。



「いらっしゃい。あら? 今日はジェイドさんは一緒じゃないのかい?」


「ひとりで来たのだ! なんとジェイドにおつかいを頼まれたのだ!」


「あらそうなの。立派ねぇ」


「それほどでもないのだ……」



 ゆるゆると頬を緩ませ、お婆さんに服を預ける。


 そしてお金を支払うと、ドラミは店をあとにした。



「思ったより簡単だったのだ……!」



 あとはもう帰るだけ。迷子にならず、スムーズにおつかいをやり遂げたと知れば、ジェイドもびっくりするに違いない。


 ジェイドに褒められるのを楽しみにしつつ、ドラミは家に帰ろうとして――



「……むっ」



 と、路地裏から猫の鳴き声が聞こえてきた。


 喧嘩をしている様子だ。


 ちらっと路地裏を覗きこんでみると……



「あ!」



 小さな猫が、大きな猫にいじめられていた。



「こ、こら! 弱い者いじめはだめなのだ!」



 ぎろっ。


 大きな猫が、鋭い眼光で睨んでくる。


 ドラミはたじろいだ。だが、逃げだすわけにはいかない。


 ドラミはポーチにつけていたドラミソードを握り、猫と対峙する。



「そっちがその気なら、こっちにも考えがあるのだ! ……でも一番は話し合いでの解決なのだ! さあ、おとなしく降伏するのだ……!」


「フシャアアアアアアアアア!」


「ぎゃああああああああああああああああああああ!?」



 猫が飛びかかってきた!


 ドラミはとっさにあとずさり、しりもちをついてしまう。


 猫はドラミのお腹の上で暴れまわり、さらにドラミソードを咥えると、走り去ってしまった。



「こ、こらー! 返すのだあああああああ!」



 ドラミは慌てて追いかけた。


 路地裏を抜け、小道を走り、さらに路地裏に入り、入り組んだ道を駆け抜け――


 気づけば猫を見失い、おまけに迷子になっていた。



「ど、どこなのだ、ここ……?」



 薄暗い通りだった。


 記憶を思い返してみたが、ここへ来たことは一度もない。



「そ、そうなのだっ。こういうときは情報収集なのだ!」



 おあつらえ向きに、近くに酒場があった。


 酒場は情報収集に打ってつけだとジェイドが言ってたし、あそこで家までの道のりを聞くとしよう。


 はじめての酒場。ちょっと怖いけど、勇気を振り絞ってドアを開けた。



「し、失礼しま~――」


「がははははは!」


「ぎゃっはっは!」



 ぱたん。


 怖い感じのひとたちしかいなかったので、そっとドアを閉めた。



「と、とにかく、歩くしかないのだ! 歩けばいつかは帰れるのだ!」



 とはいえ、やみくもに歩くのは危険だ。さらなる迷子になってしまう。


 どこをどう走ったかは思い出せないけど、路地裏を通ったのは間違いない。ならば路地裏に入らなければ――



「……」



 薄暗い路地裏を前にして、立ちすくんでしまう。


 あのゴミ箱の裏や、木箱の裏から、なにかが飛び出すかも……。



「や、やっぱり違う道を通ってみるのだ! ぐるっとまわりこめばいつかはお家に――」


「あらぁ~?」


「ひぎぃ!?」



 ふいに背後から声をかけられ、心臓がびくっと跳ねる。


 ゆっくり、ゆっくりと振り返り……


 ドラミは、心の底から安堵した。


 そこに立っていたのは、見知った女性――



 薬師のスゥリンだったのだ。



 そんなに話したことはないし、薬屋では恐怖体験をしたけど、彼女はガーネットのために頑張って薬を調合してくれた。


 良いひとに決まっているのだ。



「ドラミちゃんだよね~? こんなところでなにしてるのかなぁ~?」


「じ、実は迷……お散歩の途中なのだ」



 恥ずかしいので、迷子とは言い出せなかった。



「お散歩楽しいよね~。でも日が暮れるから危ないよぉ~」


「た、たしかにそうかもなのだ。ドラミはお家に帰るのだ。だからスゥリンもお家に帰るといいのだ! ……それともお出かけの途中なのだ?」


「いまは夕食の帰りだよぉ~」



 ――やった! 薬屋からなら帰り道がわかるのだ!



「だったらお家についていくのだ! だって、ひとりで夜道を歩くと危ないのだ!」


「そうだね~。お姉ちゃんと手を繋いで帰ろっか~?」


「繋ぐのだ!」



 がっしりと手を繋ぎ、ドラミは薬屋へ向かう。


 道中、ドラミは見事におつかいをやり遂げたことや、大きすぎる猫と勇敢に戦った話を聞かせた。



「すごいねぇ~」



 スゥリンに褒められ、薬屋にたどりつく頃にはすっかり上機嫌になっていた。


 それから薬屋の前でバイバイすると、ドラミは小走りに家路についたのだった。



     ◆



「た、ただいまなのだ……!」


「おかえり。ずいぶん遅かったね……って、どうしたのその服?」



 真っ白なワンピースに猫の足跡がついている。


 帰りが遅いから迷子になったのかもと心配してたけど、どうやらそれ以上のことが起きたようだ。



「子猫をいじめてたボス猫と戦ったのだ……そしたらドラミソードを盗られちゃったのだ……」



 ドラミはいまにも泣きだしそう。


 毎日握り心地を確かめたり、ぴかぴかに磨くくらいお気に入りだったもんね。



「また見かけたら買ってあげるから元気出しなよ」 



 なんて励ましてみたけど、ドラミは落ちこんだままだ。


 憂鬱そうにため息をつき、



「ドラミ、もっとできる子だと思ってたのだ……まさか住み慣れた王都で迷子になるとは……これじゃ冒険譚を語る資格とかないのだ……」


「そんなことないって。道に迷うのも、武器を失うのも、冒険者なら誰もが通る道だよ」


「そ、そうなのだ?」


「うん。僕だって迷子になったことあるし、武器が壊れたこともあるからね。つまりドラミは、より冒険者らしくなったんだよ」


「冒険者らしく……」



 じわじわと顔に笑みを広げていく。


 よかった。元気になってくれたみたいだ。



「にしても、迷子になったのによく無事に帰れたね」


「スゥリンのおかげなのだ!」


「スゥリンさんの?」


「うむ。あのときスゥリンに出会わなければ、まだ迷子のままだったのだ……」


「そっか。じゃあ今度お礼を言いに行かないとね」


「そうするのだ! お礼にぎらぎら星を聴かせてあげるのだ!」



 力いっぱい叫び、腹の音を響かせる。



「大冒険したらお腹ぺこぺこになったのだ!」


「そろそろガーネットさんの仕事が終わる頃だから、合流したらご飯にしよっか」



 ドラミはうなずき、水で喉を潤す。


 そしてガーネットさんの家に行こうとしたところ、ノック音が響いた。


 ドアを開けると、僕の恋人が立っていた!



「いらっしゃいガーネットさん! どうぞ入ってください!」


「お邪魔するわ」



 ひとまず食堂へ案内すると、ガーネットさんがドラミに植木鉢を渡す。



「お世話してくれてありがとうなのだ~……って、モモチが成長してるのだ!」


「ほんとだ。小さな芽が出てるね」


「可愛すぎるのだ!」



 植木鉢を抱えて跳びはねるドラミに「落とさないようにね」と告げる。


 そんな僕たちを見て、ガーネットさんが微笑した。



「ふたりの元気な姿を見ることができて嬉しいわ」


「僕もガーネットさんに会えて嬉しいです!」


「ドラミもなのだ~! 明後日の帰省、楽しみなのだ~!」



 緊張するけど、僕も楽しみだ。


 できれば帰省の際にオニキスさんも連れて帰りたかったけど……



「すみません……オニキスさん、過去12年で一度も王都のギルドを訪れてなかったそうです」


「そう……」


「ただ、14年前にギルドを利用したことがあるみたいです」



 元々は過去12年の訪問履歴を調べてもらうはずだった。


 だけどギルドのひとたちが頑張ってくれたおかげで、予定より早く調べ終わった。


 僕が来るまで時間があったので、さらに遡ってくれたのだとか。



「これってつまり、オニキスさんは世界を股にかけて旅してたってことですよ!」



 世界中を旅してるんじゃないかと思ってたけど、確証はなかった。


 普通、冒険者は国を跨がない。自国のクエストを攻略するのに忙しいから。


 だけどオニキスさんは冒険が大好きだ。


 14年前にリーンゴック王国を旅したように、いまも他国を旅していてもおかしくない。



「あなたがそう言うなら、いまもどこかで旅をしているような気がするわ」


「はいっ! だから僕も世界中を探します! そしてぜったいに見つけてみせます! そしたら一緒にオニキスさんの冒険譚を聞きましょうね!」


「ええ。その日を楽しみにしているわ」


「今日のところはドラミの冒険譚を聞かせるのだ! なにせドラミ、ついさっきまで大冒険をしていたのだ!」


「どうりで服がすごいことになっていると思ったわ」


「これは名誉の負傷なのだ……。ドラミの冒険譚、聞きたいのだ?」


「聞きたいわ」


「だったら聞かせてあげるのだ~!」


「お腹空いたし、歩きながらにしよっか?」


「さんせーなのだ~!」



 そうして身振り手振りを交えつつ冒険譚を語るドラミとともに、僕たちは食事処へ向かうのだった。

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