《 第26話 まるで夢を見ているような 》

 村で退屈な日々を送っていた僕の人生は、オニキスさんとの出会いで一変した。


 僕もオニキスさんみたいに世界を旅したい! 


 魔獣と死闘を繰り広げ、功績を上げて英雄になり、歴史に僕の名を――ジェイドの名を刻みたい!


 そんな夢を叶えるために王都のギルドにやってきた僕だけど――


 ギルドの受付嬢を一目見た瞬間、『冒険』『死闘』『英雄』への憧れは消滅した。




 めちゃくちゃ可愛かったのだ。受付嬢のガーネットさんが。




 ――ガーネットさんと仲良くなりたい! 


 ――仲良くなるにはギルドに通いつめて会話をするしかない!


 ――最初は事務的な会話しかできないけど、いつか仲良くなれるはず!


 そんな想いを原動力に10年ギルド通いを続け、多くの魔獣を倒したことで、僕は英雄になった。


 だけど10年間、ガーネットさんとは事務的な会話しかできなかった……


 なのにまさかガーネットさんと付き合える日が来るなんて!



「本当にありがとね、ドラミ!」


「なんのお礼なのだ?」


「僕がガーネットさんと仲良くなれたのは、ドラミのおかげだからだよっ!」



 僕ひとりだと話しかける勇気が出ず、事務的な会話を卒業できなかった。


 ドラミがたびたび背中を押してくれたから、ガーネットさんと仲良くなれたんだ。



「ガーネットがジェイドを好きになったのは、ジェイドが頑張ったからなのだっ! 末永くお幸せになるといいのだ!」


「ありがと! ガーネットさんを幸せにできるように頑張るよ!」


「だったらデートで楽しませてあげるといいのだ!」


「急に誘ったら迷惑じゃないかな?」


「そんなことないのだ! ガーネットも誘われるのを待ってるのだ!」


「わかった! さっそく誘ってみるよ!」



 ドラミに背中を押され、僕は家を出ようとする。


 ついてくると思いきや、ドラミはその場を動こうとしなかった。


 どうしたんだろ? いつもなら「お出かけなのだ~」って大はしゃぎなのに。



「ついてこないの?」


「ドラミに構わず、誘ってくるといいのだ」


「わかった。行ってくるね!」


「行ってらっしゃいなのだ~!」



 ドラミに手を振られ、僕は家をあとにした。


 そのままお隣のガーネットさん宅へ。


 深呼吸をしてからノックすると、ガーネットさんはすぐに出てきた。



「どうもガーネットさん、こんにちは! 今日はいい天気ですね!」


「いい天気だわ。こんなにいい天気だと散歩したくなるわ」


「で、でしたら……もしよかったら、僕と散歩しませんかっ?」


「構わないわ」



 よしっ! 上手くデートに誘えたぞ!


 陽光が降り注ぐなか、僕たちは散歩を始めた。


 幸せな気分に浸っていると、ガーネットさんがたずねてくる。



「どこへ連れていってくれるのかしら?」


「ど、どこへ?」



 そのへんをぶらぶらするつもりだったんだけど……


 デートなんだから、素敵な場所に連れていかないとだめなのかも。


 ……どうしよ。どこへ行けばいいんだ? 


 初デートで失敗したら、次のデートに誘いづらくなるぞ……。



「どこへ行くのかしら?」


「い、いえ、その……」



 不安で胸がいっぱいだ。


 心臓が激しく脈打ち、鼓動にあわせて身体が揺れているように感じる。


 ……い、いや、感じるだけじゃない。


 これ、ほんとに揺れてるよ!




「ジェイド~! ジェイド~!」




 ふいにドラミの声が響いた。


 留守番しているはずなのに、まるで耳元で叫ばれてるみたい。


 ドラミの声はしだいに大きくなっていき――



     ◆



 目を覚ますと、目の前にドラミがいた。


 な、なんだ夢か……。



「気分が悪そうなのだ。ドラミが揺らしたせいで酔っちゃったのだ……?」


「ううん。嫌な夢を見ただけだよ」



 ほんと夢でよかった。


 なにも考えずデートに誘うところだったよ。


 まだ付き合って3日目なんだ、もっと慎重に行動しなくちゃ。



「どんな夢を見たのだ? ドラミに話すと気分が楽になるのだ」



 僕のとなりに座り、小さな手で背中をさすり、ドラミが相談に乗ってくれる。



「ガーネットさんとデートで散歩する夢だよ」


「楽しそうな夢なのだ!」


「でもね、目的地を決めてなかったんだ……」


「ただの散歩でも楽しいのだ。ドラミはマリンと散歩するだけでも楽しめるのだ!」



 マリンちゃんはガーネットさんの妹で、ドラミの大親友だ。


 仲良しな相手となら、なにをしても楽しめる。


 つまりいま以上にガーネットさんと仲良くなることができれば、どんなデートでも楽しんでもらえるってわけだ!



「ガーネットさんともっと仲良くなれるように頑張るよ!」


「だったらお揃いの格好をすればいいのだ。そしたらドラミとマリンみたいに仲良くなれるのだ!」



 僕がガーネットさんの格好をマネすると変な感じになりそうだけど……


 でも、べつにマネするのは服装じゃなくてもいいんだ。


 たとえば同じ食器を使うだけでも仲良くなれそうだし、付き合ってる実感も湧いてくるよね!


 そうと決まれば買い物だ!



「ご飯を食べたら買い物しよっか?」


「さんせーなのだ! 実はお腹ぺこぺこでジェイドを起こしちゃったのだ~」



 僕たちは着替えを済ませると、家をあとにした。


 近くの店で食事を済ませ、さっそく買い物を始める。



「どこへ行くのだ? 服屋はそっちじゃないのだ」


「食器を買うんだよ。お揃いの皿を使ったら、ガーネットさんともっと仲良くなれる気がしてね」



 家にあるのは真っ白な無地の皿。お揃いといえばお揃いだけど、特別感はない。


 もっとカップルっぽい皿があればぜひ手に入れたいところだ。



「ドラミもお皿が欲しいのだ! ……買っていいのだ?」


「うん。気に入ったものがあったら買っていいよ」


「やったのだ~! ドラミ好みのお皿が欲しいのだっ! だって好みのお皿で食べるご飯は美味しいに決まってるのだ!」



 ご機嫌そうなドラミと道を進み、食器店にたどりつく。


 品数はかなり豊富だ。


 ここでなら理想の皿に巡り会えるはず!




「奇遇ね」




 皿より先に、ガーネットさんと巡り会った。



「奇遇ですね! 昨日は夕食ごちそうさまでした!」


「おかげで美味しい夢を見ることができたのだ!」


「どういたしまして。お腹の調子はどうかしら?」


「寝たらすっかりよくなったのだ!」



 ドラミはご飯を食べすぎて、お腹を痛めてしまったのだ。


 そんなドラミを介抱するため、昨日は夕食を食べてすぐに帰ることになった。



「片づけせずに帰ってすみません」


「気にしなくていいわ」



 なんて優しいんだ!


 可愛いうえに優しいとか無敵じゃないか!


 このひとが僕の恋人だなんて……いまだに信じられないよ。



「どうして頬をつねっているのかしら?」


「夢じゃないかと思いまして。ところでガーネットさん……今日はお休みですか?」


「昼休みになったから食器を買いに来たのよ。昨日、片づけをしているときにお皿を割ってしまったの」


「怪我はしませんでした?」


「平気よ」


「よかったです……。あの、もしよかったら買い物に付き合っていいですか?」


「構わないわ」


「ドラミはあっちを見てきていいのだ?」


「うん、いいよ」



 素敵な皿の気配を感じたのか、ドラミは店の奥へ駆けていった。


 僕はガーネットさんと食器を見てまわる。


 ……正直、食器じゃなくてガーネットさんを見ていたいけど。



「ガーネットさんはどんな皿が欲しいんですか?」


「柄入りのお皿が欲しいわ。そっちのほうが食事が華やかに見えるもの」


「いいですね、柄入りの皿。食事が楽しくなりそうです! となると……こういうのですか?」


「綺麗な花模様ね」


「ガーネットさん、花が好きですもんね」



 そう。ガーネットさんは花が好きなんだ。


 花畑へ連れていけば喜んでくれるかも。


 だけど近くに花畑はないし……


 いっそ近所に土地を買って花畑にしちゃうのはどうかな?


 ハート型の花畑を作れば僕の愛が伝わるよね?


 よし! そうと決まれば土地を探さないと!


 なんて考えていると、ガーネットさんが花柄の皿を戻した。



「買わないんですか?」


「やっぱり木製にするわ。陶器だとまた割れそうだもの」



 僕たちは木製食器コーナーへ。


 木製食器のほとんどは無地だったけど、なかには柄入りのものもある。


 花の焼き印が押された皿もあれば、ハートの焼き印が押された皿もある!


 まさにカップルっぽい皿じゃないか!



「こ、このハートの皿、どう思います?」


「可愛いと思うわ」


「だったら僕がプレゼントします! 可愛い皿で食べると料理も可愛く見えますし、ガーネットさんも可愛く見えると思いますから!」


「そう……」


「あっ、もちろんいまのガーネットさんが可愛く見えないわけじゃないですよ!? ガーネットさんはいつも可愛いです!」


「大きな声で言われると、恥ずかしいわ」


「す、すみません……場所をわきまえず……」


「怒ってないわ」



 ガーネットさんは薄く頬を染め、口元に微笑を浮かべる。


 と、そこへドラミが駆けてきた。


 大きな皿を持っている。



「すごいお皿を見つけたのだ! これならお腹いっぱい食べられるのだっ!」



 大盛りのご馳走を思い浮かべたのか、ドラミはよだれを垂らしている。



「今日はそのお皿を持ってうちに来るといいわ」


「今日もいいんですかっ!?」


「ええ。私もハートのお皿の使い心地を確かめたいもの」


「ありがとうございます!」



 夕食を待ち遠しく思いつつ、僕たちは店を出て、ギルドへ向かう。


 ガーネットさんは仕事があるので、ハートの皿は僕が預かることに。



「今日は一緒に買い物できて楽しかったですっ」


「私も楽しかったわ。素敵な初デートだったわ」



 えっ?



「こ、これ、デートだったんですか!?」


「恋人同士でお出かけしたんだもの。デートだと思うわ」


「そ、そうですか……」



 デートって、こういうのでいいんだ。


 しかもガーネットさん、楽しんでくれたんだ!


 初デート、大成功じゃないかっ!



「どうして頬をつねっているのかしら?」


「念のため確認しようと思いまして」



 夢じゃないことを確かめた僕は、ドラミと家路についたのだった。

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