第11話 尊ちゃんは料理上手?
「別にニンジン求めてないけど~横に置~いとくと美味しそう~♪」
若者の間で流行っていると噂の歌をパクリながら、包丁で野菜をトントンとリズミカルに切っている雨宮。
その歌声と音をソファで寝っ転がって聞きながら、ボケーっとスマートフォンでネットショッピングサイトをチェックしている俺。
なんとも平和な時間だ。
あれから大量の洋服を購入した後、生活雑貨店を数件ハシゴし、最後にスーパーで冷蔵庫がパンパンになるほどの食材を購入して帰ってきていた。
絶対に食い切れないと心配する俺に対して、雨宮は「ふたりなんだからよゆーよゆー」なんて言ってポンポンと買い物籠に食材を入れていった。
一人暮らしで自炊もほとんどしてこなかった俺には、まったく狂気の沙汰にしか見えなかったが、「食べきれなかったら弁償する」とまで言われたのだ。俺は渋々と会計の半分を出すことにした。
「いや、違いますよ? さすがに俺だって、『食費くらいは気にするな』ってカッコつけようとしたんですよ?」
「ハイタツくん? 誰と話してるの?」
俺のセルフ弁明が聞こえたようで、キッチンから雨宮の訝しげな声が聞こえてきた。
「なんでもないです」
「そー?」
俺が適当に答えると、少しだけ首をひねっていたが、すぐに鼻歌クッキングに戻っていった。
食費折半のこともそうだが、雨宮は意外と俺にお金を出させることをしない。
服や雑貨なんかも俺に払わせるのではなく、かわいらしい水色の財布から諭吉さんを取り出して、雨宮が自分で払っていたのだ。
正直に言えば、なにもかも俺に払わせるつもりだとばかり思っていた。いま流行りのパパ活ってヤツだとか、ATMにしようとしているのかと思っていたのだ。
ここまで何もないと、逆に拍子抜けというものである。
「服とか雑貨の金はほんとにいいのか? 雑貨なんか俺も使うし、ちょっとくらい……」
「女子に情けは無用!」
「いや、武士っぽく言われましても……」
「あはは、よく分かったねハイタツくん。またまた10尊ちゃんポイント獲得です! 今日は飛ばすね~!」
うぅむ、本人がいいと言っているし、いいのかな。
楽しそうに笑って会話しながらも、雨宮の野菜を切る手は止まっていない。おそらく付け合わせのサラダにするのだろう、キュウリやニンジンなんかが、まな板の上で綺麗に切り揃えられていた。
最近の女子高生ってこんなに料理に手慣れてるものなの?
「んー? ああ、あたし居酒屋でバイトしてるからさー」
俺がじーっと手元をみていることに気がついたようで、勘の鋭い雨宮は、知りたかったことをピタリと答えてくれた。
雨宮が居酒屋でアルバイトか。想像がつくけど、想像がつかないぞ。こんな雰囲気の店員さんはいそうだが、そこら辺の居酒屋でバイトするには、さすがにかわいすぎる。
「そんなにじーっと見てても、料理の味は変わらないぞー?」
「いや、上手いものだなぁと」
「ふふん、ちゃんと味も美味しいからねー。ハイタツくんの胃袋、ゲットしちゃうよ!」
そう言いながら、なぜか包丁をキラリと構える雨宮。胃袋をゲットするって、そういう物理的なことじゃないよね。
メニューにモツ料理を一品追加するつもりですか?
「しかし、居酒屋でアルバイトね……だから意外とお金も持ってるんだな」
「うぅん、それもあるけど、一番は臨時収入があったからかな?」
「臨時収入?」
両親が夜逃げしたのに、臨時収入とはどういうことだろう?
俺が首をひねっていると、雨宮は自分が着ているピンク色のかわいらしいエプロン(いつのまにか買ってた)をペロンとめくった。
「ほら、これ」
「なるほどね」
「……冷静を装ってるけど、ものすごい勢いで鼻血が出てるよ。ハイタツくんのえっち」
仕方ないじゃないか。こんなところにも、素晴らしいチラリズムがあるのだから。
もちろん裸エプロンなんて粋なコスチュームはしていないが、小柄な雨宮が大きいエプロンを着けていると、一瞬「あれ? これ、どっち!?」と脳が騙されるのだ。
そんな状態でエプロンをペロンとめくられてみたまえ。そんなもの、一種の事件じゃないか! こんなに素晴らしい露出狂なら大歓迎です!
「……別にどんな想像したっていいけど。ハイタツくんにもらった15万円があるから、そこそこ余裕はあるんだ~」
ペロンとめくったエプロンの下にあったのは、なぜか俺が購入したにも関わらず、雨宮が部屋着として使い始めた『ベーズ20周年記念ライブTシャツ』だった。
「取引は成立したワケだし、そのTシャツは俺の物では……」
「たまにハイタツくんも着ていいからさ!」
雨宮が着ているあのTシャツを俺が着る……ダメだ、考えただけで緊張する。
冬の寒い日に手袋をつけず外出していたら、それを見た阿武名さんが「寒くないですか? これ私のお古ですけど、男の人がつけてもおかしくないので」なんてことを言って、その時に付けていたブラウンの手袋をくれたことがあった。
俺はその手袋にも緊張してしまい、結局ほとんどつけることもないままに冬を越してしまったのだ。いまは玄関の棚に奉り、守り神としてこの家を守っていただいている。
ありがとう、阿武名さん。そしてごめんなさい、阿武名さん。
ああ、優しい阿武名さんが恋しい……。
「まーた変な顔してる。ほら、夜ご飯できたよ! 尊ちゃんの手作りフルコースで元気を出しなさい!」
雨宮のデデーンというセルフ効果音とともに俺の目の前に置かれたのは、左から白飯がこんもり盛り付けられたお茶碗、色とりどりの野菜で作られたサラダに大きいハンバーグが2つの大皿、そしてなめこが入ったお味噌汁。
まさにおうちごはんのフルコースというラインナップだった。こんな豪華な料理が並ぶことなんて、あぶな荘202号室史ではじめての大事件じゃなかろうか。見てるだけで口の中がよだれいっぱいになってきた。
「う、うまそう……ッ! いただきま――」
「ちょっと待ったぁ!」
俺は手を合わせて、さっそくハンバーグにかぶりつこうとしたが、雨宮が歌舞伎の見得のようなポーズで遮ってきた。いったいなんだというのか。俺の腹も大声をあげて抗議しているし、早く食べたいんですけど。
「食べるには、条件があります!」
……なんですと?
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