幕間 SIDE N
「それ以上近づいてみろ――――殺すぞ」
アタシの前にかばうようにして立ち上がったのは、さっきまでボロボロにされていたはずのセン――千太だった。
制服のあちこちにアスファルトのちりが付いていて、シャツははみ出し満身創痍のセン。
それでも、その背中は不思議と心強かった。
「あ? なんだてめえ、さっきまでボコボコにされてたくせによお」
「――謝れ」
「あぁ?」
さっきとは別人の声。
小さいはずなのによく通る声に、男たちも一歩たじろぐ。
だがその距離をおかまいなしに詰めていくセン。こぶしをギリギリと握りしめていた。
「早く謝れ。鳴に謝れ」
「なんだこいつ? 頭湧いてんのか?」
笑いながらも少しずつ後退しているリーダーの男。
センの威圧感にビビりながら、多分プライドのためだけに嘲笑をしている。そんな感じだ。さっきまで高圧的に出ていたのが嘘みたいに、借り物の笑顔だけが鎧として張り付いている。
でも、アタシの幼馴染は違う。
「おい、さっきからなに生意気な言葉使ってんだァ?」
丸刈りの男の一人がセンに向かって近づく。その瞬間に、
「――は?」
その男は吹き飛ばされた。
一瞬のうちにして屋上に設置されているフェンスに背中を打ち付けられ、気絶している。
「今の……千太がやったのか?」
信じられないという顔で見ているのは勝くん。そっか、彼はまだこういうセンを見たことがないんだっけ。
「おい、てめえ何やった?」
「あいつが鳴にきたねえクソみたいな目を向けたから殴った」
淡々と答えるセン。
こういう時のセンの口は、いつもの温和なセンが嘘みたいに消えてなくなり、強い言葉を使うようになる。
目は獣、殺人者、あるいは超一流のスポーツマンのような――相手を押さえつけて、動くことすら許さないような憎悪に染まる。
「おま、テメエェ‼」
もう一人の丸刈りがセンに殴りにかかるが、その拳はセンに触れることすらできずひらりとかわされ、おなかを思いっきり殴られた。
みぞおちに入っていたので、多分あの男ももう動くことができないだろう。
「な、なんだお前……」
さっきまで威勢よくセンのことを殴っていた男が、いきなりの不利に戸惑う。
いや、センの豹変ぶりに狼狽しているのだ。
それもそうだ。さっきまで三対一で戦って、リンチするだけだったはずが、いつの間にか一対一になっている。
歯向かってくるはずのなかった人間が、自分の目の前に恐怖の対象として立っているのだから。
――たしかに、私もちょっとだけ怖い。あれが自分に向けられたらと思うと、いろいろな意味で怖くなってしまう。それだけの感情をセンにぶつけられたら、アタシなら立っていることすらできない。
でもそれ以上に………………嬉しかった。
アタシが傷つけられたことをセンが自分のことのように、いや自分がやられた以上に怒ってくれることが嬉しい。
我を忘れてしまうくらいに怒ってくれるのが、自分が大事にされている気がして嬉しかった。
「鳴に手出したんだから、分かってるよな?」
センがアタシの前に立つ。アタシの姿を隠すようにして。
昔から、何度こうやってセンに助けられたか覚えがない。
小学校の頃はいじめられっ子だった。上履きを隠され、水をかけられ、嘲笑われた。何回も何回も。
でもそのことにセンが気が付くと、いつもこんな感じで怒ってくれたんだ。相手が上級生でも中学生でも関係なく、時には先生とも対立してアタシを守ってくれた。
小学生があんな目を向けられたら、普通はトラウマになってしまう。そうやってアタシに対するいじめはどんどん減っていったんだ。
「いいか、二度と鳴に近づくなよ」
「わ、分かったから‼ 分かったからやめてくれ‼」
――――やっぱ、だめだよセンは。
だって…………かっこよすぎるもん。
困ったときは手を差し伸べてくれて、そのくせ強くなっちゃうなんてどこの主人公だよって感じだし。
自分よりアタシのことを大事にしてくれるし。……アタシの気持ちには気づいてくれないし……。
それでも、たぶんアタシは何度でもセンに惚れちゃうんだろうな。だって、かっこいいから。
「――死ね」
乱暴だし荒っぽい鈍くさいしいつもは頼りないけど、それでも。
アタシ――信楽鳴は成瀬千太のことが好きだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます