第83話王子様がなんだか妙でございます

「並べる商品決めてる時、これはお茶会を嗜む婦人向けだの、こっちは複数人数で買いにきたやつらが分ける用だのと細かく客層を想定してたからな。ティナのことだ。予測に対しての結果も知らねえと気が済まねえだろ」


「ヴィセルフ様……っ!」


 思わず感激に瞳が開く。

 と、次いでダンが「ティナ、これも」と用紙を私に差し出し、


「厨房で料理長が気にかけてた内容を記しておいた。調理のタイミングが被るメニューがあると、どうしてもスピード感が落ちるな。とはいってもまだ初日だし、これから改善されていくだろうけど……。これも今後のメニュー選定に役立つだろ?」


「ダン様まで……! あ、ありがとうございます……!」


「いーや。ティナに喜んでもらえて何よりだ」


 爽やかに笑むダンの隣。思案するような瞳で、ヴィセルフがじっと私を見下ろす。

 おや? と思った刹那、ヴィセルフはおもむろに両腕を軽く開き、


「ん」


「……はい?」


「……感激したら、抱き着きたくなるもんだろ」


「……へ?」


 あーと、これってつまり、抱き着いてもいいぞっていうお許しポーズということで???

 混乱したのは私だけではないようで、エラやレイナス、なんならダンも「な……!?」と言葉を失っている。


 ええ、ええ。これまでの所業を思えば、皆が心配するのもよくわかります。

 けれどいくら衝動で動くことが多い私とはいえ、さすがに諸々わきまえてはいます……っ!


「ええと、確かにとても感激いたしましたが、それは大丈夫です……」


(なんだ!? 開店早々の大盛況っぷりに、ヴィセルフもテンション上がってるとか!?)


 あ、わかった!

 わざわざ駆けつけてくれたエラに、包容力アピールをしておこうって魂胆だったり!?


(駄目駄目ヴィセルフ……! 気持ちはわかるけれど、やり方が悪手すぎるよ……!)


 ふう、私がちゃーんと状況をわきまえられる人間でよかった……。

 ヴィセルフの面子を守ろうとか変に忖度して抱き着こうものなら、ヴィセルフの真の意図とは反対に、エラに嫌な思いをさせることになってただろうし。


 我ながらあっぱれと満足に頷く私。

 ヴィセルフはおもむろに腕を戻しながら「……これじゃねえのか」と呟いていたから、自分の失敗に気づいてくれたのならいいのだけれど。


 ――どうにも、ヴィセルフが妙だ。


 例えば毎朝の起床時。

 基本的にヴィセルフの寝起きはあまりよろしくなく、布団に籠城されたり、二度寝をされたりなんてしょっちゅうだった。


 なのに、ここ最近はすんなりと起きてくれる。

 なんなら私が入室する時には既に、上体を起こしていることだってある。

 おかしい。絶対に、おかしい。


「ヴィ、ヴィセルフ様……? 近頃、うまくお休みになられていないのでしょうか……?」


「あ? 普通に寝れてるぞ」


「それなら良いのですが……。その、朝にお強くなられたのですね」


 本日のモーニングティーは、ヴィセルフの不眠を仮定して、緊張を和らげてくれるレモンバームを配合したハーブティーだ。

 たっぷりの蜂蜜を混ぜてから渡したそれを、ヴィセルフは「あー? まあ、そうだな」とリラックスした様子で受け取り、


「別に、元々朝に弱いってわけじゃねえしな」


「いいえ、これまでの寝起きの悪さは、決してお得意とは言えないものかと」


「それには別の理由が……。いや、なんでもねえ。そうだな、ティナの言う通りだ」


 おや? なんだかいつにも増して素直な反応では……?

 面食らった私を、どこか探るような赤い瞳が見上げる。


「こうして朝にすんなり起きる俺サマは、偉いと思うか?」


「はい! とても素晴らしいことだと思いますし、私としましても大変ありがたく感じております」


「褒めるに値する行為だってことだよな」


「へ? は、はい! 大いに褒められて然るべきかと!」


「……そうか」


 途端、おもむろにヴィセルフが頭をこてりと下げた。


「ん」


「……ん、とは?」


「褒める時ってのは、頭を撫でるもんだろ」


「…………へ?」


 つまり?? これは頭を撫でてもいいぞっていうポーズだと???


(あ、あのヴィセルフが?? 頭を撫でて褒めろと要求している?????)


 いや、ちょっとキュンとかしている場合じゃないでしょ私……!!!!

 撫でるべき!? 断るべき!?


(ど、どうするのが正解なのこれ!!!???)


 よし、ちょっと冷静になって整理しよう。

 たしかにこの場には私とヴィセルフしかいない。なんならこの頭なでなでは、ヴィセルフの要望ともとれる。


 けれど相手は!! どんなに寝起きで無防備とはいえ、一国の王子なわけでして!!!!

 この頭は決して私のような使用人がうっかり手を伸ばしていいような御頭ではないのですよ……!!!


(ん? もしかしてヴィセルフ、最近慣れない早起きを頑張ってたから、まだちょっと寝ぼけてるとか?)


 あー、なるほど。納得。

 ぱっと見きっちり起きているように見えて、まだ頭は寝ぼけているやつだコレ。

 よくよく考えてみたら「撫でろ」とは言われていないし、なんなら疑問形にもとれるし。


(もしかして、この間の件もあって、エラのために最近流行りの恋愛小説を読んでみたりしてるのかな……)


 誤解を避けるためにも他の女性と実地とはいかないだろうし、こっそりと乙女心を学ぶには一番の教材だしねえ。

 よし、ここはモブ令嬢キューピットとして、さり気なーくお手伝いいたしましょう!


「頭をお上げください、ヴィセルフ様。確かにおっしゃる通り、褒める際に頭を撫でたり、軽くぽんぽんと叩くといった技巧がございます。が、それが有効とされるのは、あくまで"お相手が自身に好意を持っていた場合"に限ります。決して誰それとむやみに頭を撫でたり、撫でられたりする行為自体が、相手の心に響くというわけではありません」


 ですので、と私は胸を張り、


「ヴィセルフ様も、"この方ならば"と思われるお方だけに、お許しになられたほうがよろしいかと」


 よし! 決まった!!

 これなら"頭なでなで"を求める相手が違ってますよーって、いいい感じに伝わったでしょ!


 つい興奮に鼻息が荒くなってしまった私に呆れたのか、自身の失態を悟ったのか。

 ヴィセルフは額に手を当てながら項垂れて、


「だからだな……ったく、これでも駄目なのか」


「さ、ヴィセルフ様! こちらのホットタオルでスッキリお目覚めください!」


「あのな……とっくに目は覚めてんだよ」

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