第54話素敵な贈り物を頂いてしまいました
うーん、学園入学前の出来事は、正直情報不足だからなあ……。
最近気づいたことだけど、どうやら前世でプレイしていたゲームでの記憶は、ある一定の条件が揃わないと思い出せないようになっているらしい。
その条件というのがおそらく、"対象キャラとの遭遇"に"相手の名前"。
だから今の私には、他の攻略対象キャラがあと何人いるのかとか、まだ解放されていないキャラについての知識はさっぱりなのだ。
なんともゲームっぽい! けれども、現実問題としては非常に不便すぎる。
「ご無理はなさらないでくださいね、ヴィセルフ様」
私はベッドサイドに置かれていた、ナイトティーに使われたのだろうカップを回収して、
「近頃特にお忙しくされていらっしゃるのは承知しておりますが、お身体を壊されてしまっては、出来ることも出来なくなってしまいますから」
何はともあれ、攻略対象キャラが着実にエラの周囲に集まってきている現状、ヴィセルフには慎重かつ早急にエラとの強い絆を築いてほしいところ。
うっかりヴィセルフが倒れて身動きがとれない間に、他のキャラと急接近……なんて事態は避けたい……!
すると、ヴィセルフは傾けたカップをソーサーに戻し、
「……出来ること、な」
じっと私を見据える、揺らがない炎の瞳。
気づいた私がしどろもどろに「な、なんでしょうか」と尋ねると、
「そうやって俺に"出来ることがある"と当然に言うのは、ティナくらいなもんだ」
「へ?」
「なんでもねえ」
視線を切ったヴィセルフは、再び紅茶に口をつけ、
「ところでだ、ティナ。俺の執務机の上を見たか?」
「執務机……ですか? いえ、まっすぐ寝室に参りましたので……」
「んじゃ、見てこい。お前に渡したいモノが置いてある」
「え……? 私に、ですか……?」
ほら、と視線で急かすヴィセルフに、戸惑いながらも「えと、はい!」と扉に早足で向かう。
「あの、どのようなモノなのでしょう?」
探すにも目星がなければ……と尋ねるも、
「見ればわかる。……はずだ、たぶん」
え、なんかヴィセルフにしては珍しく弱気なんですけど。
(ノーヒントで私にわかるかなあ……)
ヴィセルフの机の上って、基本的に色々置いてあるし……。
戦々恐々としながらも寝室の扉を開け放ち、執務机へと向かう。
暗いからまずは明かりを、と椅子後ろのカーテンを開いた。その瞬間。
「――っ!!」
視界に飛び込んできたソレに、息が止まった。
朝の白い陽光を受けてもなお、くっきりと浮かぶ黒い四体。
同色のつるりと反射するつぶらな瞳を向けるソレは、鼻先からおでこにかけてと四本の足先だけが真っ白で、その姿はまるで靴下を履いているような。
「く、くーちゃん……?」
震える手で抱き上げると、もふりと優しい手触りが伝わってくる。
本物よりも軽やかで、けれども見た目は確実に――。
「……あの熊よりも耳が三角で、鼻先も尖ってて、身体は長いのに短足。額から鼻先にかけてと手足だけは真っ白で、真っ黒な色とつぶらな目をした犬、だったか」
声に振り返ると、扉にもたれるようにして背を預けたヴィセルフが。
「その様子だと、要望通りだったみたいだな」
くあ、とあくびをしながら、のんびりと告げるヴィセルフ。
「ヴィセルフ様、これ、どうして……」
「言ったろ。お前にやる。ったく、俺も人形なんてどうかと思ったがな。それでも一番に反応良かったのは、"ソレ"だろ」
――街に出た時だ!
(もしかして、帰り際にいなくなったあの時、店に注文に――?)
思い当たった私に気が付いたのか、ヴィセルフはニヤリと口角を吊り上げ、
「どうだ。嬉しいだろ?」
ご機嫌に鼻を鳴らして歩み寄ってきたヴィセルフが、ぽんとくーちゃんの頭に手を乗せる。
「誰にも負けねえ贈り物をするんなら、一番に喜ばれるモンじゃねえとな。つっても、半分賭けみてーなもんだったが……俺の勝ちだな」
「――っ!」
陽光を頭後ろに受け、覗き込むヴィセルフの嬉し気な笑み。
常とは違う、無邪気さの滲むその姿に、心臓がドクンと強く跳ねた。
(――って、しっかりしろ私!!!!!!)
脳内で自身の頬を思いっきりひっぱたく。
(ヴィセルフはエラが好き!!!!! ヴィセルフとエラは幸せな結婚をする!!!!!!!)
よし! 大丈夫!
私は二人をくっつけるモブキューピット!!!!!
ふう、危ない危ない。まんまと乙女ゲームの魔力に付け込まれるところだった……。
まあね、ヴィセルフも当て馬とはいえ、主要キャラなワケだからね……。
そりゃあ、こういうトキメキポイントを持ってても、おかしくないってことですよ。
(ふむ。なるほど分かった。エラの前でもこんな風に笑えるシチュエーションがあったら、二人の恋心も更に加速するってことじゃ……)
問題はどうやって、ヴィセルフがエラに笑いかけるシチュエーションを作るかってことだけど……。
「オイ、また妙な勘違いしてんじゃねえよな」
「いえいえ、問題ありません! 私はいつだってヴィセルフ様のためを思って行動しておりますから!」
「それが斜め上なんだが……まあ、いい。ともかく、受け取ったな」
「はい! 本当にありがとうございます、ヴィセルフ様。大事にします……っ」
両手で抱きしめると、やはり心地よい柔らかな感覚。
そんな私の様子を満足げに双眸を緩めて見遣ったヴィセルフは、執務机へと歩を進め、「よし。いいか、ティナ」となにやら四つ折りの用紙を手にした。
首を傾ける私に、今度はいつもの企み顔でにたりと笑む。
「今日からこれまで以上に、俺サマと働いてもらうぞ」
「……はい?」
ばさりと広がり宙を舞った用紙が、執務机へと華麗に着地する。
白の陽光を金の髪に透かしながら、我儘横暴王子様は高らかに宣言した。
「『王室御用達』の菓子店を作るぞ!」
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