第12話へんてこな侍女がいるんだが
俺を取り巻くこの世界は、子供だましの人形劇だ。
すました顔で頭を下げる使用人。揃って媚びた笑みを浮かべる貴族たち。
父である国王ですら、俺と同色の瞳に映しているのは"ヴィセルフ・ノーティス"という、その血を受け継ぐ次期国王という役柄だ。
"俺"ではない。
俺に向けられるのは、偽の誠意で丁寧に覆い隠した打算と策略。それと、醜い欲望。
書物では揃って美しいとされる"愛"という言葉ですら、俺の前では嘘を飾り立てる、生焼けのパイ生地。
口にするなんて、どうかしている。
「――ヴィセルフ、入るぞ。寝る前の紅茶を持ってきた」
軽いノックだけで扉を開き、俺の従者騎士であるダンがトレーを片手に入ってくる。
気づけば当然のように側にいたコイツは、この国で一番に時間を共有し、"人"としての温度を感じる唯一の存在だ。
だが、俺は知っている。
コイツが俺に仕えるのは、忠義心からではない。
己に課せられた責務を投げ捨てるだけの、理由と度胸がないからだ。
「まだ読み物をしてたのか?」
「……何をしようが、俺の勝手だろ」
「いやあ、ここのところ毎日だろ? 今までは寝る前に読み物なんてしなかったのに、とんだ進歩だと思ってな」
感心、感心とばかりの笑みで、湯気のくゆるティーセットが眼前に置かれる。
「うっせえ」とカップを手にすると、ダンは俺の閉じ置いた表紙を覗き込んだ。
「これは……植物の生態書? なんでまた……あ」
ダンは思い当たったという風に手を打って、
「あの子絡みか」
めんどくせえ。
反射的に顔を顰めつつも、黙っていたほうが面倒なことになると知っている俺は、渋々口を開く。
「……アイツもいちおうは貴族の端くれだ。俺が社交界に顔を出すのを利用して、選ぶ花に妙な暗号を仕込んでる可能性もあるだろ」
「相変わらず疑り深いな、ヴィセルフは。それで、結果は?」
「ねえな。アイツはたんに温室に咲く花の中から、適当に見繕っているだけだ」
カップを机上のソーサーに戻し、俺は椅子の背もたれに沈み込む。
ダンはわかっていたような笑みを浮かべ、
「そうか、助かった。俺としても、あの子には暫く城に留まっていてほしいしな」
白々しい。
どうせ俺がアイツを花付け役にした時に、アイツの身辺は洗いざらい調べ尽くしているだろうに。
それこそ、俺が報告させた範囲よりも詳細に。
いまだ俺の世話を許しているという事実が、ダンの示した"調査結果"に他ならない。
(アイツ、まさか自分が調べられているなんて、これっぽっちも考えちゃいねーんだろな)
アイツ――俺に水をぶっかけてきやがったティナ・ハローズという侍女は、おそらく今一番に、俺の世界で"生きている"人間だ。
「そういえば、花といえば」
ダンの思い出したような声が、思考に浸る俺を呼び戻す。
「ヴィセルフの影響で、近頃の夜会では婚約中の二人が同じ花や、相手をイメージした花をつけるようになっただろ? そこから
「なんだそれ。くだらねえ」
「そうか? どうやら貴族間だけじゃなく、街の方まで広まっているみたいでな。"花飾りの王子"ってことで、ヴィセルフの評判も上昇中みたいだぞ」
「…………」
さんざん人を野蛮で粗暴だのと好き勝手言っていたくせに、調子のいいこった。
だが、悪い気はしない。
あの時――初めてティナに花をつけられた時と同じだ。
着替えがどうのと言って服を脱がし始めた時は、つい、その妙な剣幕に取り乱してしまったが。
――コイツも"愛人狙い"か、と。
気づいた俺は今後のためにも、その無礼な顔をしっかり覚えてやろうと思った。
が、そういった目的で入り込んできたわりには、妙に手つきがもどかしい。
それどころか、真剣な瞳はボタンに向くばかりで、俺のことなど一切見やしねえ。
やっとのことでこっちを見たかと思えば、それは欲や媚びを含んだそれではなく、本気で困っている風だった。
「……あの、ヴィセルフ様」
「…………なんだ」
なんだ、コイツは。
あんな下手な芝居で俺サマに水をかぶせておいて、本気で着替えさせようとしているのか?
(なにが目的だ?)
ともかく、俺に無礼を働いた事実は変わらない。
目的がなんであれ、コイツも他の奴らと同様に、必死な言い訳を連ねてくるだろう。
それから尋問すればいい。
そう思った俺が、わざわざ促してやったのに。
あろうことかアイツは青ざめでもなく、今度は俺を部屋から追い出そうとした。
そして、発覚する。
「パーティー! それはとてもよろしいですね! ちょうどピッタリのお召し物ですし!」
「……なるほど。これがお前の"狙い"か」
「なんのことでございましょう? 偶然、うっかりとは時に奇跡を生むものですね」
「ほう……この期に及んで白を切るたあ、いい度胸だな」
(パーティーの関係者に雇われたのか? 雇い主が貴族となると、王家に取り入る目的か……暗殺目的か)
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