第56話「球場で語る①」
試合が終盤戦へと向かう頃になり、ようやく神谷が現われた。
今日、この場所へ来るよう適当な理由をつけて俺の事はふせ、佐伯から神谷へと話してもらったのだ。
神谷は当然ながら私服だった。
ボリュームのある無地のファーが襟と袖についた、ベージュのコートを着ており、長い足には黒のストッキングが曲線美を描いて、足元はショートのキャメル色したエンジニアブーツをはいていた。
一度、姿を確認したら、容易には視線を外す事のできない存在感は学外であっても変わらずだ。
いつ誰にでもそう思わせる神谷の持ってうまれた性だ。
佐伯は災厄レベルだといった程の絶対的価値。
神谷はまだこちらに気づいた様子もなく、俺は一つ息を吐いてから覚悟を決め、神谷へと近づき声をかける。
「……神谷」
恐ろしく整った顔がこちらを向くが、俺の存在を認めた途端、立ち去ろうとする。
実は呼び止めるのは簡単で、神谷に絶縁されてから、あえて口にしなかった禁句を述べる。
「制服は見慣れているけど、私服姿もきれいなもんだよな」
神谷が敵意をむきだしにして俺を見た。
ようやく俺をまともに認識した。
「私をきれいだというんじゃない!」
神谷は俺に即座に近づき、ボディーブローをめり込ませる。
俺は久しぶりの痛みに、頬をひきつらせながら、神谷の顔を正面から見る。
近距離から見るその顔には一切のしみがなく、陶磁器のような冬の空には不釣りあいな程つるりとした肌。長いまつげが整然と整い、意志の強いどの宝石よりも勝る輝きを見せる瞳で俺をにらみつけている。
息をのむ。
常識外れで、埒外で、もう一層の事、暴力的といってもいい程の美しい容姿。
なのに神谷はその事を恩恵として授かれない。
神谷は舌打ちをして、視線を俺から外しながら、久しぶりに俺へと向かって言葉をかけてくる。
「……佐伯叔父さんまで利用して私を呼びつけて、あんたどういうつもりよ」
「神谷にお願いがあるんだよ」
「お願い? なにをいっているのあんた? なにをいっても無駄よ。いったわよね。もう私になにもメリットがないって、放っておいてくれないかしら? あの担当教師に何を言われたのか知らないけど、勝手に私の事を判断しないでくれる?」
そういった神谷の目は敵意に満ちていた。
けど、俺は神谷の言い分を否定する。
「違う。今日は俺の弟が出てる野球の応援にきてもらったんだ」
「…………あんたなにいっているの?」
訳が分からないといった神谷の声をよそに俺は言葉を続ける。
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