第52話「カフェにて②」
そんな俺の思考をよそに、おもむろに佐伯さんは次のような事を話し始めた。
「俺はさ、正直君がここまでやるとは思わなかったよ。ユッキーの選択には間違いはなかった訳だ」
「――へっ?」
俺は突然出てきた人名にとっさに頭が働かない。ユッキーって、うちの担任の名前が何故ここで出てくるんだ?
まぬけな顔をしている俺がさぞおかしいのかクスクスと佐伯さんは笑い、こんな事をいった。
「ああっ、俺の婚約者なんだよね。君の担当教諭」
「はあっ!?」
俺は思わず立ち上がりかけるが、俺の声に人目を集めているのに気づき、どうにか自重する。
神谷の叔父がうちのクラスのユッキーの婚約者?
一体どうなっているんだ、これは?
混乱する俺の様子を楽しそうに見て、佐伯さんは話を続ける。
「かえでが転校するにあたって、あの学校をすすめたのは俺だけど、そこで担当が彼女になったのは有り難い偶然だったよ。そこでまあ、当然、かわいい姪っ子の事をよろしく頼んだ訳なんだけどさ」
俺はあまりの展開に言葉もはさめない。
「かえでは前の高校で一悶着あって、元々の人間嫌いに拍車がかかっていた。特に学級委員のような事をやっているクラスのリーダー的な役割をしているような子を毛嫌いしている傾向があったから、ショック療法とはいわないけど、前の学校のような事が当たり前だと思われたくなくてだね。君のような子に神谷の面倒をみてもらえるよう頼んだ訳だ」
その言葉を俺の脳が理解するには暫く時間がかかった。
………………………………………………………ようするに。
今までの俺の苦労の元凶はあんただって事じゃないか!!
それを知ったからには、このさわやかな笑顔がとてつもなく汚くみえてくる。この人絶対性格悪いぞ。吉崎といい勝負だ。
俺が憤りでワナワナ震えてるのもどこ吹く風で佐伯さん、いや佐伯は話しを続ける。
「だから、今回何故、あんなにもかえでが落ち込んでいるのかは理由は知っているし、責任の一端は俺にもある訳だ。それが俺としては堪えるね。正直なところ、別に穏便にそれなりに、かえでに接してくれればよかったんだけど、君はそうじゃなかった。本当、計算外だったよ」
そういって黒幕が溜息をつく。
このおっさん絶対いい性格している。
神谷の血筋だという事を理解させられる身勝手さだった。
「大した奴じゃない、所詮クラス委員なんて、こんな者だとかえでが思ってくれたらよかったんだけどね」
そろそろコーヒーで、そのさわやかな笑顔を内面の腹黒さと同様に黒く染めてやろうかと、俺はカップを持つ。
「でも、これを俺はチャンスだと考える事にした」
そういってゆるんだ表情から一転、腹黒さわやか佐伯は真剣な表情へと切り替わる。
「俺も近々、結婚して家を出るから、かえでの事を任せられる奴が必要だと思っていたんだ。あの子はきれいすぎるからね。それが問題の元だ。もう一種、災害レベルといっていいくらいトラブルを呼び込む。だから、それから守りえる、かえでの信頼を得られる奴に託す事にしようと思ったわけだ」
先ほどまでとは違い、ぴんと張りつめた緊張感に俺は息を飲み、ぶっかけるはすだったコーヒーを一口飲み、気を少しでも落ち着かせる。
――この人はその資格が俺にあるといでもいいたいのだろうか?
神谷の美しさや才能に嫉妬している俺なんかが。
「ただし」
言葉を区切り、佐伯は一層厳しい表情を形作る。
「それはこれから話すかえでの事を聞いた上での事だ。ただ、それを知ったら君にはもう降りる権利は発生しないよ。あの子の為に馬車馬のように働いてもらう事になる。何分、あの子のプライベートの事だ。それなりの覚悟をしてもらう」
その言葉には真実味が感じられ、多分、無視すれば、ユッキーからきついペナルティーが課される事になるんだろう。
でも続く言葉には選択肢が一つだけではないという事が示されていた。
「ただ、話をそもそも聞かないというならそれもいいだろう。かえでとはこれから一定の距離を保ち、ただのクラスメイトとして過ごせばいい。強制はしない。中途半端な事はもっともかえでにとって残酷だからね」
普通に考えれば、断った方がいい、俺に特などなく、これで神谷の面倒事からおさらばできるラストチャンスといっていい。
俺が待ち望んだ学校での平穏が手に入るのだ。
はちみつ柚子茶を飲み、ちづる先輩と話して癒されるそんな日常が戻ってくる。
それに引き換え神谷と関われば波乱万丈のトラブルだらけ、しかも神谷からは殴られ罵られいい事なんてない。
ただ、神谷との今までの事を思い出すと一つの事を認めざるをえなかった。
――神谷と一緒にいると飽きないのだ。
目まぐるしくて、一日があっという間に過ぎていく。
面倒事はご免だが、それでも朝霧を打倒した時の達成感はピッチャーをやっていた頃以来の充実感だった。
そしてその感覚は俺にとって、とても大事な事だ。
過去に失われた感情の再生。
だから俺の選択は決まっていた。
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