第25話「話し合い③バカな取引」
嵐のような神谷の攻撃がやんだ。
顔には『なにいっているんだ、こいつは』という未知のものを見るような目で見てくる。神谷が殴ったり叩いたりしてくるせいで変な顔になっているだけだ。普段はもう少しマシな顔をしているはずだ。まあ、そういう意味でないのは分かっている。
けど、これで話が続けやすくなった。
しかし、本当好きに殴ってくれやがって、おー、
「もちろんふりをするだけだ」
俺は説明を続ける。
「ああいう特殊な性癖というか変わった奴らの集まりとはいえ、あれだ、いわば、アイドルのファンクラブみたいなもんだから。男ができたら退会者が増えて、運がよければ自然消滅するだろう。おまけにあれだ。お前にいいよってくる男の風避けにもなる。大体あれだ。お前だって別に好き好んで怒りたいわけじゃないだろうから、なにもないのが一番だろう。こういうところで一人で飯食べてるくらいだし」
俺は神谷に本音をぶちまけた。どうせ何をいっても無駄だし、変な腹芸を用いようとしたところで、それで神谷が傷ついてしまうのは本意ではない。個人の好き嫌いの問題ではなく、俺自身のモラルの問題だ。
どうせ俺に彼女ができる予定もないし、吉崎の馬鹿はむかつくし、神谷の面倒をみなくてはならないのだから、これは俺にとってもメリットのある取引だと思っている。
当然、神谷が最終的にうんといえばの話だが……。
とうの神谷は何故か半眼で俺を凝視している。
裏がないかどうかを探っているのかもしれないが、そんなものはない。
どうせ破れかぶれなのだ、どんと来いである。
「……ふん、あのさ、あんたがさっきもいってたけど、私が一番嫌いで疎ましく思っているのはKKMとかいうキ○ガイ連中じゃなくて、あんたなんだけど。それはどうしてくれるわけ?」
鼻から破綻しているじゃないかと神谷は指摘する。
そうだな、脅威と感じる勢力があるからといって、自分の一番嫌いな奴と組むというのは頷けない事なのかもしれない。
俺もそれは思った。
思ったからには対抗策は考えてある。
考えてあるんだけど……本当いいのかな。
いやいや、今さらだ、もう覚悟を決めているじゃないか、俺は。
俺は口の中にできた傷口をなめ、話を続ける。
「神谷は俺が一番嫌いなんだよな」
「そういってる」
「という事は一番腹ただしい奴って事だな」
「そうね、腹立つわね」
「さっき、そんな俺を殴って叩いて気分はよかったか?」
「そうね、最高だったわね。もっと殴らせてもらいたいくらいかしらね」
「分かった。じゃあそれだ」
「……はぁっ?」
神谷は何をいわれたのか分からないという顔をする。
だから俺はちゃんと伝わるようにしっかりとした声でいってやる。
「俺と付き合うふりをしたら、お前が一番嫌いで疎ましく思っている俺をお前の機嫌が悪ければ好きなときに殴ったり、叩いたりしてかまわない」
神谷はまたぽかんとした表情をして、俺を見ている。訳が分からないといっているようだった。
「ただし、俺を殴っていい代わりに、他の奴には金輪際手を出すなよ、腹立って我慢できなくなったら、俺を殴れ、いいな?」
神谷はしばらく固まったままでいて、馬鹿みたいに俺を見ている。
その後、顔を伏せ、徐々に肩を震わせていった。
「――はっ」
その震えが息として吐き出され、そして――。
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!! あんた馬鹿じゃないの!! なにをいっているの!! 絶対、頭がおかしいし!」
……あれっ? なに、これ? シミレーションのどれにも入らない。高確率で今すぐ抹殺される可能性を考慮していたか、狡猾に猫が獲物を弄ぶように痛ぶられると思っていたのに。ちょっと反応に困るんだが……。
そんな事を考えていた俺も、神谷がお腹を抱えて笑っている姿をみて、すぐに思考が停止した。
なぜなら神谷の表情がとても無邪気だったからだ。
楽しそうに愉快で、こんな風にまるで、感情を解き放ってみせる表情はいつもとは比べ物にならないほど――。
「――きれいだ」
ぽつりと自然に禁句が飛び出してしまった。
ぴたっ、と神谷は笑うのをやめる。
ギラリとよく馴染みのある殺意を宿す瞳が現れた。
そうして俺は自分のいった言葉を思い出し、即後悔した。
「私をきれいだなんていうんじゃない!」
強烈な右の張り手を左頬に受けて、もう体力が残っていなくて、しかも無防備だった俺は勢いのまま芝生に倒れこんだ。
神谷は倒れた俺を放っておいて、そのまま去ってしまう。
俺は最後の最後で、失敗した。
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