第12話 うなぎの蒲焼き①/武田信玄×上杉謙信×信長

 残暑がまだまだ続く季節。

 我が御角家の縁側では、武田信玄さんと上杉謙信さんの二人が来たいた。


 すだれで作った日陰があって暑くはない。

 それに夏の間は常に涼しい風も入ってくるし、暑い日を過ごすにはもってこいの場所なのだ。

 床もひんやりとして、居心地がいいのだよ。


「ビールお待たせしました、信玄さんっ」


 キンキンに冷えたガラスジョッキに、これまたキンキンに冷えたビール。


「おお、これじゃこれ! この黄金色の麦酒を待っておったよっ」


 めちゃくちゃ嬉しそうにしてジョッキを手に取ると、信玄さんはゴキュゴキュと喉を鳴らし、一気にビールを飲み——


「ぐわっはっはっ! うむ、旨いのぉ!」


 にぱっと美味しそうな表情をしてみせた。

 立派な鼻ひげの上にビールの白い泡を乗せたままで、だ。


 目の前でビールを美味しそうに飲んでいる恰幅のいい人が武田信玄さん。

 強面の顔立ちをしてるけれど、笑うと笑顔が可愛いおじさまだ。


『風林火山』でも有名な戦国武将さん。

 戦国最強の騎馬軍団を率いて勇名を轟かせた人物でもある。


 金山を持っていたのと関係があるかどうか分からないけれど。

 ビールのキラキラとした黄金色こがねいろを妙に気に入っている節がある。


 その隣では上杉謙信さんが冷酒を静かに飲んでいた。


 堀が深くて渋い顔立ちの素敵なおじさまなのだけれど。

 口数も少なく、笑っているとこを一度も見たことがないんだよね。


 もちろん上杉謙信さんも有名人な戦国武将さん。

 自らを毘沙門天の化身と名乗り、神がかった戦いから軍神と呼ばれた人だ。


 信玄さんと川中島で幾度も戦ってはいたけれど。

 敵ながらも奇妙な友情があったと言われている。


 実はこの二人、お爺ちゃんの飲み友達。

 わたしが小さい頃から、この家によく来ていたのだ。


 あまりにも良く来ていたから、物心つくまでの間ずっと、二人は近所の人だと思っていたくらいだ。


 とまあ、以前はそれくらい頻繁に訪れていたんだけれどね。

 わたしが中学生になったくらいからかな。

 二人が我が家にあまり顔を出さなくなっていた。


 理由は分からないけれど、なんだかんだ云っても二人は戦武将さんだし、忙しかったのかなって。

 

 それに——

 お爺ちゃんが去年亡くなってからは、全く顔を見せなくなっていた。


 今日は本当に久しぶりの来訪なのだ。

 だから、わたしは嬉しくてたまらないのだよ。


「のう、謙信よ。オヌシもこの麦酒を飲んでみるべきと思うんじゃが……どうじゃ?」


「……問題ない」


 仏頂面で素っ気なく答えると、クイッと冷酒を口に含んだ。


「なんじゃ、つれないのぅ」


 素っ気なくされたのが気に入らなかったのか。

 信玄さんはプイっとそっぽを向くと、ジョッキの底に少し残っていたビールを飲み干した。


「倫のお嬢ちゃん。すまんが麦酒のおかわりを貰えんかのぅ?」


「は〜い。じゃあ待っててくださいね。えっと、謙信さんもおかわりどうします?」


 謙信さんの膝の前に置かれたガラス製のちろりの中身も空になっている。


「……頼む」


「えへへ。じゃあおかわり持ってきますね〜」


 二人から空になった容器を受け取って、キッチンへと向かおうとした、その瞬間——


「おう、倫。ここに居たのか。悪いがお前に頼みがあってな。ちょっとこれを見てくれないか?」


 言って、信長さんは竹で編んだ「ビク」をわたしの顔先に突き出してきた。


「ええと……これは——」


 ビクの中黒くて細長い何かが、ウネウネと動いているのが見える。

 しかも一匹どころじゃなく数匹分はいそうだ。


「……これってウナギです?」


「おう。正真正銘、鰻だな。家の者が今朝川で取ってきたばかりでな。精力をつけるにはいいんだが……どう料理しても鰻は旨くはないしな。で、お前のところに持ってきたと云うわけだ」


「ええと……もしかして、頼みって……」


「おう。お前の腕なら、この旨くもない鰻を美味く料理してくれるだろ? そういうことで頼んだぞ、倫」


「うえ、ちょっと信長さん——!?」


 ビクをわたしに押し付けると、信長さんは信玄さんと謙信さんの真ん中に、どすんと腰を落とした。


 そしておもむろに背中から一本の瓶を取り出して、自分の前に置いた。


 封がまだ一度も開けられたことが無い一本のワインボトル。


「——ほう」


 謙信さん、床の上に置かれたワインボトルを一瞬驚いたようにして目を見開いた。


 ラベルが貼られた透明のボトル。

 ボトルから薄めた薔薇色の液体が透けて見える。


「ほほう……これはまた懐かしいのぅ」


 信玄さんは鼻ひげを撫でながら、遠い目をしてる。

 なんだか懐かしそうにワインボトルを眺めていようだけれど……

 どうしちゃったんだろう、謙信さんも信玄さんも?


 そんな二人には目もくれず。

 信長さんは瓶口のシールを必死に指で破ろうとしていた。


「またお爺ちゃんの秘蔵のお酒ですか? もう勝手に持ってきて——」


「まあいいじゃないか。酒は飲んでこそ在るのんだ。暗所でダメにするほうが俺には我慢できんが……しかし、なんだな。この酒の蓋、なかなか開かんぞ」


 爪を立てて引っ掻いたりしてるけれど、シールが破れる気配はない。


「ああ、もう焦ったいっ。わたしにそれ貸してください、信長さん——」


 焦ったくなったわたしが、信長さんからボトルを取り上げようとするよりも速く。

 信長さんの手からボトルを奪い去ったのは、信玄さんだった。


「おい、あんたっ! 何を勝手に——」


「いいから、黙って見ておれ小僧」


「ぐっ……」


 シールを剥ぐのにあれだけ苦労した信長さんの目の前で、いとも簡単に瓶口のシールを剥いでみせると——


 どうじゃ? と言わんばかりに勝ち誇ったような笑顔を信長さんに向けた。


「ぐぐ……ずいぶんと簡単に封を開けたじゃあないか、おっさん……あんた何者だ?」


「ワシか? ワシは武田信玄じゃ。オヌシの横にいる無愛想な男が上杉謙信じゃが……それでオヌシはどこの誰なのかねぇ?」


 問われた信長さんはフッと不適に微笑んだ。


「俺は尾張の織田信長だ」


「ほほう。オヌシがあの今川を破ったと云う噂の織田信長か」


「おうよ。あんたがあの甲斐の虎・武田信玄と越後の龍・上杉謙信か……あんた達とは一度会って話してみたいと思ってたんだがな……よしっ、倫っ! 武田と上杉に美味い鰻を是非に振る舞ってやってくれっ」


「ええと……」


「俺が持ってきた鰻をさっそく料理してくれっ」


「ええと……」


「なんだ、なんだ? そんな辛気臭い顔をして……いつもどおりに腹が減ったーとか言って、ちょちょいっと料理したらいいだけだろうが」


「いえ、あのですね。わたし、ウナギを捌いたことなんて無いんですよね……」


「な、なにぃっ!? 倫、お前……鰻を料理したことがないと言うのかっ!?」


「ええ……まあ、はい」


 わたしの言葉に、信長さんは肩を落としてめちゃくちゃガッカリした表情をしてみせている。


 なんか信長さんには申し訳ない気分がいっぱいだ。

 でも、わたし自慢じゃないけれどウナギを捌いたことが一度もないのだ。


 お爺ちゃんは一からウナギを捌いて蒲焼きを作ってくれたことがあるんだけどね。


「う〜ん……見様見真似でできなくもないかもしれませんが……あまり期待しないでくださいね?」


 ウナギを焼くのは手伝ったことがある。

 焼くのとタレに漬けるのは問題ないのだけれど……捌くとなると別問題。


 一回捌くのをやらせて貰ったことがあったけれど、上手に捌けなかったんだよね。


 さてと……本当に困ったな。

 商店街に鰻屋さんがあるから、捌くのをお願いしてもいいけれど……


「……倫。鰻を捌く道具はまだ残っているな?」


「ええと……はい、包丁に針金に……炭焼き台。はい、全部揃ってるはずですけど……謙信さん?」


「……そうか。ならば——」


 謙信さんは急に立ち上がったかと思うと、くるりと背を向けてキッチンの方へと歩き出した。

 かと、思ったら、突然立ち止まって首だけ振り返ると——


「……信玄。貴様は炭火を起こせ。やり方は覚えておるだろ?」


「お〜お〜もちろんじゃよ。ここの爺さんに嫌と言うほど手伝わされたからのお。確か土倉にも道具があったはずじゃな……どれ」


 信玄さんも立ち上がると縁側から降り、

庭の奥にある蔵へと向かって行く。


 何がいったいどうなっているのか。

 二人が急に行動を取り始めたものだから、わたしと信長さんは、口をぽか〜んと開けて見ているしかできないでいた。


 二人の会話から、もしかしてウナギを捌いたことがあるのかな。

 わたしは手元にある竹ビクに目をやった。


「って、あれ? 謙信さん、ウナギを忘れてるし」


 ウナギも無いのに、謙信さんはキッチンに行っちゃったんだけれど。


 う〜ん……謙信さんは以外と天然さんだったのか。

 付き合いが長いけれど、初めて知ったよ、わたしは。


「って、感心してる場合じゃなった。ええと、信長さんは信玄さんの手伝いしてくださいっ」


「なっ!? この俺にも手伝えって言うのか!? あのなぁ——」


「いいんですかぁ? 美味しいウナギ料理を食べれなくても知りませんよ?」


「ぐっ……仕方がない。信玄を手伝ってきてやるが……そのかわり必ず旨い鰻料理を喰わせてもらうからなっ。絶対にだぞ、倫っ」


 と、まあ。

 不満そうな表情で、ぶつぶつと何かを呟きながらも信長さんは蔵の方へ歩いていく。


 まあ多分、アレは文句を言ってるんだろうけど。

 嫌々ながらも手伝ってくれるんだからね。

 絶対に美味しいウナギの蒲焼きを食べさせてあげないとだ。


 縁側から信長さんを見送った後。

 わたしはウナギを届けるために、急いでキッチンへと向うことにした。



 後編へ続く。

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