第6話 酒造所建設と来客


 11月も半ばになり、冷たい風に身を震わせるようになった頃。俺はダークエルフ街区に新たに建てた倉庫の中に立っていた。


「よし。とりあえずはこんなもんかな」


 倉庫に並べた20台のキッチンに設置した蒸留器を眺めながらそう呟いた。


「リョウスケ殿。これが蒸留酒を作る装置というものなのかの? ただの鍋と管にしか見えんが……」


 竜王が隣で怪訝そうな顔をして話しかけてきた。


 俺が昨夜建てたこの倉庫に蒸留器を設置すると言ったら、飛び上がって喜んで付いて来たからな。まさかコンロの上に圧力鍋と長い管が乗っているだけとは思わなかったんだろう。


「そうだ。これで葡萄酒を煮立てて酒精のみ抽出するんだ。やり方は既にダークエルフの老人たちに教えてある。大量に発注した葡萄酒ももうそろそろ届くからすぐにでも造ることができる」


 俺がシュンランとミレイア。そしてクロースと日中に狩りにいっている間。作り方を教えたダークエルフの老人8人に、マンション横の蒸留所で毎日夜遅くまで作ってもらっていた。正直火加減を調整する以外にやる事はない。5台に増設した蒸留器から、蒸発して溜まる酒精を回収するだけだ。蒸留酒は造ることよりも造ったあと、どれだけ美味くするかの方が難しいと思うんだ。


 ちなみに燻製肉作りもダークエルフに全部任せた。おかげで弁当に使う肉に不足することは無くなったよ。


「そうか! それならいいんじゃ! これで浴びるほど強い酒が飲めるのう! 早速今日から造らせよう! リキョウ! 護衛などいらぬから葡萄酒を運び込むんじゃ! 」


 竜王は建物の外で護衛に立っているリキョウ将軍たちに、倉庫から葡萄酒を持ってくるように指示をした。護衛はいらないと言われた将軍は竜王に何かを言いかけたが、無駄だと思ったのか首を横に振り竜人の女性を二人だけ残して4人の兵を連れて倉庫へと向かった。


「まだ浴びるほどは飲ませないぞ? ハンターたちや今回来てくれたドワーフたちに安定した量を供給しなきゃいけないし、寝かせる用にも取っておかないといけないからな」


 俺はホクホク顔の竜王にそう言って釘を刺した。まったく、シュンランを見ていてそうなんじゃないかなとは思ってはいたが、竜人族も相当な大酒飲みだよな。竜王が戻って来たのは酒が目当てだったんじゃないかと思うほどだ。


 そうそう、先週オルドとソドというドワーフの親子が、鍛治道具一式と資材を持ってこの街に来た。彼らは東街で鍛治仕事をしていたのだが、ライオットの側近の黒豹族のキリルがうちの蒸留酒を土産に誘ったら速攻で承諾してくれたそうだ。そして俺からの支度金を受け取った彼らはその金を全部使って工場を引き払い、荷物を何台もの荷車に積んでハンターを護衛に雇ってここまでやって来た。ライオットもこんなに早く来るとは思わなかったって驚いてたよ。俺も来年くらいになると聞いていたから驚いた。


 ちなみにオルドは結構な腕の鍛冶士で、息子のソドは見習いだそうだ。オルドは40歳くらいで、ソドは20歳くらいに見えた。実際の年齢は知らない。ドワーフも人族より寿命が長いから、見た目よりは歳がいってるとは思う。オルドもソドも東街に奥さんを置いて来たそうだ。まあ滅びの森の中にある街にはそうそう連れてこれないよな。


 オルド親子は武器の打ち直しや研ぎを依頼しにくるハンターたちから、この街の事はそれとなく聞いていたらしい。そのうえキリルからも安全だと言われたみたいだけど、実際に見てみないことには妻たちを連れては来れないと思ったのは無理もないと思う。


 そんな二人なんだけど街に着くなり俺に挨拶をしたあと、荷物の整理よりも先にギルドの酒場へと向かった。カルラが怒ってたよ。納品したばかりの蒸留酒を全部飲む勢いだったって。俺ももっと飲みたいというオルドたちを抑えるのが大変だった。帰って来たハンターたちも楽しみにしてるからこれ以上は勘弁してくれって、すぐに増産するからと約束してやっと諦めてくれた。


 そんな彼らには、ショッピングモールの横に用意しておいた住居付きの広めの倉庫を鍛冶場として提供した。住居の設備に驚きつつも、今は炉作りをしている。年内には営業を始めることができるといっていた。


 まあそういうこともあり、予定を前倒しでダークエルフ街区に酒造所を建て、俺が夜なべして作った装置を設置したというわけだ。これで生産力が4倍になる。もうギルドの酒場でカルラに竜王やドワーフ。そしてハンターたちからクレームが行く事は無くなるだろう。竜人は竜王だけではなくリキョウたちも結構飲むからな。


 新しい蒸留所も完成したことだし、もうダークエルフに蒸留酒造りは任ることにした。ダークエルフの老人たちは色々な木を使って樽を楽しそうに作っていることから、蒸留酒造りが彼らの生きがいになればと思う。



「ぐぬぬ、ドワーフが来たのは誤算じゃの。しかし寝かせる必要などあるのかのう」


「いい香りのする木の樽に何年も寝かせておくと美味くなるんだよ」


「そういうもんかの」


「そういうもんだ。ほら、ここで待っていてもすぐにはできないんだから来賓館に戻って中国民謡でも聞いててくれ。俺は細かいところの調整をするから」


 俺はイマイチ納得していない竜王に、来賓館で有線でも聞いていろと言った。


 竜王に勇者の故郷の音楽だと教えたら興奮して聞いていたからな。竜王は中国語がわかるからよく歌ってるよ。俺もあの二胡にこ三弦サンシェンとかいう、三味線の長いやつみたいな楽器が奏でる独特な音は結構好きだ。


「そうじゃの。じゃがすぐに作らせるんじゃぞ? リキョウたちを使ってよいからの」


「はいはい。発注していた葡萄酒が届いたら頼むことにするよ」


 まあ老人とはいえ皆が熟練のダークエルフだ。土人形に運ばせるから将軍の手伝いはいらないと思うけどな。


 その後、俺は蒸留器の微調整をしたあと、昼頃に長老と今まで蒸留酒作りを頼んでいた老人たちに施設の受け渡しをしてマンションへと戻った。



 ☆☆☆☆☆☆



「おかえり涼介」


「おかえりなさい涼介さん」


「あっ! リョウスケ! もうできたのか? 」


「ただいま。ああ、長老たちに引き渡して来たよ」


 昼食を食べに部屋に戻ると部屋着姿のシュンランとミレイア。そしてメイド服姿のクロースがテーブルにピザを並べている所だった。


 今日はピザか。ビールや炭酸ジュースが飲みたくなるよな。


「そっか。爺様たちも楽しみにしてたからな。今まで里のために何もできなかったけど、これでまた役に立つことができるってさ」


「そんなことを考えてたのか」


 歳を取り思うように動けなくなり、困窮する里の若い者たちを見ることしかできず歯痒かったんだろうな。


「爺様たちのあんなに楽しそうな顔を見れるとはな。これも全てリョウスケのおかげだ。ここは婚約者として感謝の気持ちをベットで……」


「背中を流してもらってるだけで十分だ」


 俺はクロースの言葉を遮りそう言って席に着いた。続いて飲み物をテーブルに置き終わったシュンランとミレイアも俺の向かいに座り始めた。


「本当に背中だけではないか。ミレイアみたいに前も洗いたいぞ」


「クロース。昼間からそんな話をするな。ほら、早く食べよう。お? これはトーコシの実とマヨネーズか。今日のトッピングは美味しそうだな」


 ピザを片手に昼間からシモの話をしようとしているクロースの尻を軽く叩き、早く隣に座るように促した。するとクロースは口を尖らせつつもピザをテーブルに置いて腰掛けた。


 シュンランとミレイアは笑ってる。二人はクロースを受け入れているからな。俺の味方はいない。そのおかげで徐々に俺の理性が崩壊してきている。


 はぁ、やっぱり一緒に風呂に入るのを許可したのが失敗だったな。


 1週間ほど前のことだが、風呂でミレイアが入ってくるのを待っていると、なぜかミレイアはクロースと一緒に風呂に入って来た。


 俺が頬を染めタオルで股間だけ隠して入ってくるクロースの身体に目を奪われていると、ミレイアが申し訳なさそうに一緒に背中を流させてあげてくださいと頼んできた。


 日中に狩りに行くようになってからミレイアとクロースはますます仲が良くなった。そんなこともあって断れなかったんだろうなと思い、背中だけならと受け入れた。するとクロースは満面の笑みを浮かべて胸で背中を洗って来てさ、俺は前を隠しながら必死に耐えたよ。


 その日を境にミレイアと風呂に入る時は、クロースがセットでついてくるようになった。クロースはシュンランとも仲は良いが、ミレイアに比べると遠慮する所もあって彼女と風呂に入っている時は乱入はしてこないのが救いだ。


 そうはいっても二日に一回は全裸のクロースに背中を流してもらっている。いや、乳で洗ってもらってると言った方が正確か。当然クロースが俺の背中を洗うだけで満足するはずもなく、昨日なんて背中から胸。そして股間へと後ろからクロースの手が伸びてきて危なかった。


 もうさ、クロースのおかげでミレイアとお風呂でイチャイチャできなくなるし、湯船に浸かってる時なんて興奮した顔で俺の元気になったペニグルをガン見するしで散々だよ。アレさえなけりゃなぁ……


 俺は隣で切り分けたピザを、それはもう美味しそうに頬張るクロースの横顔を見てため息を吐くのだった。


 するとそんな俺の姿を見て笑みを浮かべていたシュンランが、食べていたピザを置いて話しかけて来た。


「そういえばさっきハンターたちが話してたんだが、アルメラ王国とラギオス帝国の国境での紛争は帝国が兵を退いたことで収まったらしいぞ」


「ん? ああ、そういえば王国の西の国境で揉めているとか言ってたな」


 以前その話をハンターたちから聞いた時は、その戦力を滅びの森へ向ければいいのにと呆れたもんだ。南にある各国と森の間には緩衝地帯があるとはいえ、過去に大陸を呑み込んだ森を放置して人族同士で揉めるとか本当に懲りてない。


「私もそのお話を聞きました。どうも王国の国王が神器を纏って戦場に向かう姿勢を見せたら帝国の兵が退いたそうです」


「そういえば王国には神器があるんだったな。かなりとんでもない代物だとは聞いていたが、戦わずして帝国が兵を退くとはな」


 確かあらゆる攻撃を防ぐ鎧だったか? 俺の火災保険のギフトの上位互換の能力だが、さすがにそれは最大進化後の能力だろうな。でなきゃ無敵すぎる。多分上限耐久値か何かがあるんだろう。でも帝国はそんなことは知らず、勇者が使っていた時の能力だと思って逃げたんだろう。


「確かにな。恐らく国王が神器を纏って戦場に来るとは思わなかったのんじゃないか? 」


「アルメラ王国の王様は平和主義者で有名ですから」


「サーシャがよく愚痴ってたよな。まあこのままではまずいと思ったんだろう。やる時はやる王様だったってことか」


 俺がそう答えると、隣で何の話しか分からず目をパチクリさせているクロースの口の端にマヨネーズが付いているのが見えたのでそれを指で拭った。するとクロースは何を思ったのか俺の指にパクりと食い付き、そして口内で舌を艶かしく動かした。そのあまりにもイヤらしい舌使いに一瞬背中がゾクリとして指を引っこ抜こうとしたが、クロースの唇にしっかりロックされてしまい抜けなかった。


 俺はだんだん目がトロンとしてきたクロースにため息を吐きつつ、もう片方の手でクロースの鼻を摘み指を引っこ抜いた。そしてべっちょりとなった指をタオルで拭い、何事もなかったかのようにシュンランたちへと視線を戻した。二人ともクスクスと笑ってる。


 まったく、これさえなければいい女なんだけどな。


 それにしてもなるほどな。アルメラ国王は自らが戦場に行く姿勢を見せたことで戦争を回避したってことか。帝国が国境に兵を出したのは、ただの挑発だったのかもしれないな。


 しかしあのアルメラの王がねえ……サーシャがお父様は話し合いで解決することばかり考えて、すぐ帝国に譲歩するとかよく文句を言ってた。このままでは王国は容易いと思った帝国が侵略してくるって。


 でもリーゼロットは王妃がいるから大丈夫とも言ってたな。サーシャの母親はかなり強く、臣下から頼られている存在のようでどっちが王かわからないそうだ。それを聞いて実権は王妃にあるのかと思ったけど、今回の顛末を聞くとそうでもないみたいだな。


「戦う姿勢を見せなければ領土など切り取られ放題になるだろうからな。アルメラの王もそこはわきまえていたということだろう」


 シュンランが頷きながらそう口にした。


「まあサーシャたちが戦場に行くことにならなくて良かったよ」


「そうですね。サーシャさんたちが巻きこまれなくて本当に良かったです」


 俺の安堵の言葉にミレイアも続いた。甘いもの大好き仲間だしな。


「リョウスケ。サーシャって誰だ? 」


「ん? ああ、アルメラの第三王女のことだ。前にここにハンターとして滞在したことがあって仲良くなったんだ」


 初対面の時は大変だったけどな。サーシャもリーゼロットも胸は無いけどもの凄い美女だし、二人とも好奇心が旺盛過ぎるのが厄介ではあったが性格はとても良い。リーゼロットなんて毎日パンチラしてくれて、サービス精神の塊の素晴らしい女性だ。


 しかしそうか。クロースには二人のことを話していなかったな。サーシャの話をする時は必然的にリーゼロットの話もすることになるからな。また不機嫌になられても面倒だから、彼女たちのことを話すのは自然と避けていた。でもそのうちちゃんと説明しないとな。今年はもうさすがに遠征には来ないとは思うが、来年にはやって来そうだし。


「王女がここに!? 獣王や竜王様もそうだけど王族って暇なんだな」


「ははは、確かにな」


 獣王はギルドで酒をかっ喰らってるし、竜王もこっちに顔を出さないとはいえ似たようなもんだ。仕事しなくていいのかね二人とも。


 まあ獣王はギルドや商人。それにドワーフまで連れて来てくれて感謝している。竜王も神器を貸してくれたおかげで魔物をサクサク狩ることができ、シュンランとミレイアのレベルも19と18になった。俺は42になったところだ。そう、忙しかったとはいえ4ヶ月ちょっとでレベル2しか上がっていない。


 彼女たちのレベルの上がり具合から感覚的に俺に経験値の50%が入り、シュンランとミレイアで残りを分配してるっぽいから上りが遅いのは仕方ない。前より狩りに行きやすくなったからもう少し上がりやすくはなるとは思うが、それでもCランクの魔物相手じゃレベル50になるのにあと1年は掛かるかもしれないな。


 かといってBランクの魔物がいるエリアに行くとなると往復で20日以上掛かる。いくら街が落ち着いて来たとはいえ、さすがにそんな長い期間フジワラの街を空けることはできない。それにクロースも連れて行けと必ず言うだろう。さすがにクロースを連れてBランクの魔物と戦うのは厳しい。


 結局ここで少しずつレベルを上げていくしかないというわけだ。まあ今は俺のレベルよりも恋人たちのレベルを上げることの方が大事だ。彼女たちのレベルが30くらいになってからまた考えよう。多分その頃にはシュンランに身体能力は追いつかれてるだろうな。そうなったらもう模擬戦は断ろう。


 そんなことを考えながら昼食を食べ終わり、午後は狩りに行かずにそれぞれがゆっくり休むことにした。


 俺はたまには一人で岩山の別荘でゆっくり風呂にでも入るかなと思い、付いてくるというクロースをシュンランに預けて手作りの階段を登った。


 しかし階段を上りあと少しで別荘の部屋に着くという時に、森に囲まれた南の街道に鬼馬に乗った5人ほどの姿が見えた。


 目を凝らしてよく見てみると、先頭にハンター用の装備をした見覚えのある女性たちがいた。


「ん? あれはサーシャとリーゼロットか? 」


 その後ろにいるのは俺の恩人であるエルフのルーミルっぽいな。残り二人は知らない顔だ。一人は老人でもう一人は女性のようだが誰だ?


 俺は見知らぬ顔があるとはいえ、次に会えるのは来年になると思っていたサーシャたちが来たことに少し嬉しくなり、岩山を降りて出迎えることにした。


 恐らく年末までゆっくりしに来たんだろう。サーシャたちはギルドやショッピングモールの存在に驚くだろうな。前よりずっと便利になって過ごしやすくなったからな。またサーシャの新作バーガー開発が始まるのかな? リーゼロットには蒸留酒で作ったカクテルを飲ませてやりたいな。


 あ〜しまった。クロースたちダークエルフはどうするかな。まあ俺が間に入ればそこまで険悪にはならないだろう。リーゼロットを守ってやらないとな。


 色々とにぎやかになりそうだ。

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