第2話 竜王



 初めて会ったときと同じように黒い漢服を着て戟を背負ったリキョウ将軍が、俺とライオットが立っている場所の20メートルほど手前で地上に降りた。


「リョウスケ殿。ご無沙汰しております。なんの連絡もなく突然伺ったことをお許し願いたい。獣王レオ殿も……まさかここにいらっしゃるとは」


 そしてライオットの顔を見て一瞬固まったと思ったら、ゆっくりと歩きだし目の前で立ち止まり耳を疑うセリフを口にした。


「獣王!? 」


 ライオットが獣王だって!?


 俺はあまりの驚きに隣に立っているライオットの顔を凝視した。


「悪りぃリョウ。獣王とか言ったら泊めてくれねえと思ってよ。偽名を使って身分を隠してたんだ。ガハハハ! 」


「ガハハって……はぁ……まさか獣王だったとは」


 ギルドからの回し者だと思っていたら、獣王だったとか。獣人の国の王様がなんでこんなとこに!?


「確かに偽名を使ったが、ハンター証は本物だぜ? 若き頃から城を抜け出してハンターをしてたからよ。それに最近はちょっと森で手に入れてえ物があってな。それを手に入れるためにギルドにはよく行ってたんだよ。そこでハンターからここのことと、リョウのことを聞いてよ。興味が湧いて来てみたってわけだ」


「そういう事でしたか」


 あ〜だからここに来た当初。俺を観察しているような感じだったのか。


 だが王なら神器のことを知ってるはず。恐らくお俺の持つペングニルが神器じゃではないかと、あたりをつけていたはずだ。


 あ〜だから獣王国のギルドや商人の誘致を勧めたのか。関係を深めるためか、それとも取り込むためか。


 今思えばサーシャがやたらライオットに対して腰が引けた態度をしていたのも、獣王だって知ってたからなんだろうな。リーゼロットだけは変わらなかったけど。


 しかしまんまとライオット。いやレオ王か。この男の手のひらで踊らされたな。まあ別に不利益なことはなかったけど、まったく気が付かなかったのはショックだ。まさか王という身分の人間が、ハンターに成りすましているなんて思わなかった。だって王だよ? 最近は顔を見せなかったけど、ギルドを誘致する前はライオットは2ヶ月もここにいた。獣王国の王って暇なのか?


 結果的にはギルドや商人が来てみんな喜んで満足度を稼げたけど、なんだかなぁ。


「まさか秘密にしておられたのか? それは済まないことをした」


 俺が驚いている姿を見て、将軍が失敗したという表情でライオットへと詫びた。


「まあな。だが気にするな。いずれ話すつもりだったしな」


「もういいです。別にレオさんが王だろうと関係ないですし。ただ、ここではハンターのライオットさんとして振る舞ってもらいますから」


 バガンといいサーシャといいライオットといい、やたら王族が来るよな。平和だからかもしれないが、腰が軽すぎだろ。


「わかってるって! 俺もこんなところで国民にかしずかれるのはゴメンだしな。リョウも今まで通り頼むわ」


「ええ、そうさせてもらいます」


 本人も秘密にしたいならもういいか。それより……


「それで将軍。確かに竜王は連れてくるなとは言っていないが、いったいどういうつもりだ? 」


 俺はライオットから視線を将軍へと向け、睨みつけるようにそう言った。


 魔王を連れてくるなと言った意味を理解していれば、竜王ならいいとは思わないはずだ。そんな目立つ存在がここに来れば、人族の国や教会の注目を浴びる可能性がある。その意図がわかっていないはずがない。それでも竜王を連れてきたのはなぜだ?


「も、申し訳ございません。ずっとここへ来たいという竜王様を引き止めていたのですが、ダークエルフがリョウスケ殿へと身を寄せたと聞き、いてもたってもいられなくなり……デーモン族に囲われているダークエルフとは、少なからぬ因縁がございましたので……」


「……俺がダークエルフの味方につくことを恐れたってことか? 」


 確かに竜人族と、前魔王と同種族であり勇者が現れるまでは魔国の支配者であったデーモン族は仲が悪いと聞いている。勇者が率いた竜人族とデーモン族。そしてその配下のダークエルフは相当激しい戦いを繰り広げたらしい。その後もダークエルフは竜人に従わず、勇者が元の世界に戻ったあともデーモン族と一緒にことあるごとに反抗したのだとか。


 時が過ぎデーモン族もかつての勢いが無くなり争いはなくなったが、それでもダークエルフはデーモン族から離れず新魔王に忠誠を誓う事はなかった。竜王はそのダークエルフに俺が味方するのを恐れたということだろう。


 しかしこんなにも早く竜王にダークエルフのことが伝わるとはな。客の魔人の中に密偵でも潜んでいたか? まあ普通は潜ませるよな。俺でもそうする。 


「……はい。王子の件についてリョウスケ殿に言われたことは実行いたしましたが、完全に関係を修復していない状態です。ここでリョウスケ殿がダークエルフを救うため、アルメラ王国や獣王国と結束されてはたまらぬと……竜王様はそうお考えになりこうして直接お会いしようと……」


「そんなこと……はぁ……俺が甘かったか」


 俺がダークエルフ族すべてを救うために、魔国に攻め入るとかありえない。俺が救いたいのはスーリオンとクロースの一族だけだ。だがそんなことは竜王や将軍が知る由もない。


 ダークエルフたちを受け入れたことは後悔していない。だがデーモン族の動向ばかり気になり、竜人族に与える影響に関してはそこまで考えが及ばなかった。


 バガンの馬鹿を放置していたような奴らと関わり合いたくなかったが、連絡を取れる体制を築いておくべきだったのかもしれないな。そうすればダークエルフを受け入れることと、その理由を伝えることができた。


 今となっては後の祭りか。


 竜王が動いたことを人族の国や教会が気付いてないことを願いたいが、気付かれたと想定して動いておいたほうがいいだろう。


 となれば各国に影響力のある竜王を門前払いはまずいな。個人的には竜人族のことは好きではないが、この街のためにはちゃんと和解して味方につけた方がいい。そうすれば他国もここに手を出し難くなるだろう。


「わかった。取り敢えずここじゃ目立つ。竜王に入口の守衛所まで来るように言ってくれ。だが中に入っていいのは装備を外した竜王と数人の伴の者だけだ。他の者は森で隠れているように伝えろ。それができないなら帰ってもらう」


「ハッ! 受け入れていただき感謝いたします。必ずやそのようにさせましょう。では竜王様に伝えてまいります」


 将軍はホッとした顔でそう言ったあと、後方で滞空して見守っていた竜王のいる集団へと飛び立っていった。


 そして将軍から俺の要望を聞いたのだろう。籠を持つ4人と将軍のみ残してほかの者たちは森の中へと降下していった。


「ククク、あの猛将リキョウに一目置かれ、関係修復のために竜王まで直々にやってくるとはな。やはりリョウは勇者だったか」


「ちょっと違いますけどね。それより中に戻りましょう。ライオットさんも会談に同席してください」


 俺は全て予想通りといった感じで得意気な顔でいるライオットにそう告げたあと、後方の橋の向こう側で様子をうかがっていたシュンランとミレイアに会談の用意をするよう頼んだ。そしてスーリオンとクロースにも同席するように言って守衛所内の休憩室へと向かった。


 さて、とりあえず勇者を知っているという竜王と話をするか。



 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎



「リョウスケ。来たぜ」


「ああ、入ってもらってくれ」


 玄関を開け竜王がやって来たことを告げるカルラへ、中に入ってもらえるように伝えた。


 休憩所は広く、大型のソファーセットが向かい合うように置かれている。そのソファーの片側に手前からライオット・俺・シュンラン・ミレイアと座り、スーリオンとクロースはもしもの時のためだと言って俺たちの後ろに立っている。


 テーブルにはクロースがいれてくれた、緊急避難セットに入っていたインスタントコーヒーが置かれている。最初クロースはこんな泥水を飲むのかとか言っていたが、今ではかなりハマっていて毎日飲んでいるよ。


 そんな事を考えていると、玄関に漢服姿のリキョウ将軍の姿が現れた。そしてその後ろから、恐らく長柄の武器か何かだろう。金色の布に包まれたそれを大事そうに抱きかかえる腰の曲がった老人が現れた。


 その老人は所々に金の昇り竜の刺繍が施された、豪華な赤い漢服を身にまとっており、身体は大きいが顔はシワだらけで髪はなく、燻んだ赤色の長い髭を生やしていた。曲がった腰といいシワだらけの顔といい、どうみても高齢の老人なのだが、しかしその眼光は鋭く一分の隙もないように見えた。


 凄いな……レベルアップをしていないはずなのにこの威圧感。こりゃ本当に勇者がいた時から生きてたっぽいな。


 老人は部屋に入るなり俺へと視線を向けるとカッと目を見開いた。そしてフラフラとソファーの前までやってきて、震える声で話しかけてきた。


「お、おお……黒い髪に黒い目。そしてその顔立ち……『你是一个来自明朝的勇敢者吗? 』《貴方は明の国かやってきた勇者ですか?》 」


「『不,不是的。 我来自一个叫日本的岛国,在明朝中国的东部。 而且我不是一个勇敢的人。《違う。明国の東にある日本という島国から来た。それと勇者ではない》 』」


「なんと! 本当に言葉が……間違いない。じゃがニホン……確か昔勇者が鬼武者が数多くいるという国のことをそう言っておった記憶がある。そこから来たということか……しかし似ておる。そ、そうじゃ勇者殿。これを」


 俺を勇者ロン・ウーと重ねているのか目をうるませていた竜王は、突然思い出したように抱きか抱えていた長柄武器を包んでいた金色の布をほどいた。


 すると包みからは、槍の先端の両側に半月状の刃の付いた銀色のげきが姿を現した。その戟の柄には龍の彫刻が彫られており、戟全体からは薄っすらと青白い光が発せられていた。


 この光……まさかこれは勇者が使っていた青龍戟か!?


「ん? なんだ? 」


 俺が竜王が持つ戟に驚いていると、スーツの胸ポケットに差していたペン状態のペングニルが光りだした。それはまるで目の前の戟が発する光に共鳴しているようだった。


「そ、その光は……まさか……」


「ああ、その戟と同じ神器だ」


 俺はそう言ってペンと胸ポケットから取り出し、ペングニルの状態に変形させた。


「おお! なんと! 形を変える神器じゃったとは! 」


「うおっ! いつも胸に差していたそれがあの槍だったのかよ! 」


「ええ、しかしまさか勇者の神器をここで見れるとは……」


 俺は驚く竜王とライオットのそう答えつつ、青龍戟を観察していた。


 なんだろう? 俺よりレベルが高いはずの勇者が持っていた神器にしては、光ってる以外は普通の豪華な戟にしか見えないな。進化しても見た目が変わらない系なのか? 


「勇者が使っておった時はこれよりも大きく、そしてもっと装飾がなされておった。それはもう壮厳な戟じゃった。しかし勇者が神器を元の世界には持って行けぬと言い、ワシらに神器を託しこの世界を去るとこのような形になってしまった。恐らく主がいなくなったからであろう。しかしそれでも投げれば確実に当たり、あらゆる物を斬る能力は残っておる。これのおかげで勇者がいなくなった後も国を治めることができたのじゃ」


「なるほど。そういうことか」


 竜王がどこまで知っているかはわからないが、神器はレベルアップに比例して進化する武器だ。恐らくその勇者がいなくなって一番最初の姿に戻ったんだろう。それでも投げれば確実に当たるというとんでも能力は残っているのなら、この世界にあるどの武器よりも強力だろう。


「それより竜王。いつまでも立ってないでとりあえず座ってくれ」


 俺はペングニルをペンの状態に戻し、竜王に座るよう促した。


「こ、これは失礼した」


 俺に座るように促された竜王は青龍戟を再び布に包んだ後、ソファーへと腰掛けた。その後ろに将軍と護衛の屈強な竜人が立ち、やっと落ち着いて話ができる態勢となったのだった。



 ※※※※※※※


 作者より。

 すみません。区切りが悪いですが、かなり長くなったので分けます。

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