第4章 タワーマンションへの第一歩

第1話 予想外の客




 ダークエルフが移住してきて1ヶ月が経った。


 スーリオンを筆頭とした、ダークエルフ街区と名付けた地区から貸し出された50名もだいぶ仕事を覚え一生懸命働いてくれている。


 貸し出された人員の配置は30名が警備要員で、20名がマンションの管理要員だ。警備要員は全て男性で、管理要員は女性となっている。女性はみんな若くて美人だ。ハンターたちからも滅多に見ないダークエルフの女性が、20人も受付や清掃をしていることで評判はいい。


 クロースも最初は評判が良かったけど、彼女を知る度に人気は影を潜めていったからな。それに比べ他の女性たちは愛想こそ俺以外にはあまりないが、中身は普通の女性たちだ。それでいて見た目もスタイルも良い。そりゃ人気も出るさ。


 そんな微妙な目で見られるようになったクロースだが、相変わらず深夜に俺の部屋を覗きに来ようとする。しかも魔物探知機に引っかからない精霊を使ってだ。最初気づかずシュンランとミレイアと愛し合っていたんだけど、ある日俺の部屋の棚に見たことのない土人形があったことで気付いた。


 クロースに注意をしたんだが、何度言ってもやめないからもう土人形を放置している。精霊を通して見られているわけではなく、そして聞かれているわけでもないしな。10歳くらいの知能の精霊から、翌朝にクロースが精霊が見たり聞いたりしたことを聞き出しているだけみたいだし。もう好きにさせているよ。


 ただ、精霊から俺がシュンランとミレイアの裸エプロンが見れなくなって残念がっているというのを聞いたのか、朝にクロースが裸エプロンで朝食を作っている姿にはビックリした。さすがに紐パンは履いていたが、それだってほぼTバックみたいなものだ。そんな紐パンに包まれた大きく張りのあるお尻を丸見えにしてキッチンに立つ彼女が、顔を真っ赤にしておはようと口にするんだ。もうさ、思わず後ろから襲い掛かりたくなった。


 その後も俺の横に座り、裸エプロンから横乳を覗かせながらご飯を食べさせようとしてくるし。元気になった俺の股間を見て『もう少し寝るか? なら添い寝してやろう』とか言ってくるし。毎日のようにそんな誘惑をしてくるクロースに、俺の理性もそろそろ限界だ。


 何度言っても裸エプロンをやめないし、シュンランとミレイアは苦笑して見ているだけだ。二人はどうもクロースの味方っぽい。一緒に住むようになってからというもの、クロースを置いて夜の狩りに行けないということもあり、シュンランとミレイアとクロースだけで過ごす時間が多いのが原因かもしれない。


 俺が入っていないのはハンターたちの熱烈な要望で、蒸留酒の生産を夜遅くまでするようになったからだ。三人は俺が留守中にしょっちゅうダーツやオセロなどゲームをして遊んでる。岩山の別荘に行って三人でお風呂に入ってたり、そこでクロースはシュンランと二人でよく飲んでるらしい。クロースは結構飲める方だしな。そのことから三人は以前より格段に仲が良くなっていることが、はたから見ていてもわかる。


 まあことクロースに関しては、家に俺の味方はいないということだ。


 はぁ……どうしたもんかなぁ。


 そんな事を考えながら蒸留装置を眺めていると、ホースから滴り落ちる酒がコップに貯まった。


 俺はそれを持って一旦蒸留所を出て、裏庭へと向かった。


 するとそこには久しぶりにマンションに来たライオットと、今日は狩りを休みにしているレフが設置してあるテーブルと椅子に座り話し込んでいた。


「お待たせしましたライオットさんにレフ。できたての蒸留酒ですよ」


「できたか! ギルドじゃ売り切れだったからな! ここに来て正解だったぜ! 」


 俺がテーブルに置いてあった二つの小さなコップに酒を移し替えようとすると、ライオットが俺が手に持っていたコップを奪い取り一気に飲み干した。


「カァァァ! キクゥゥゥゥ! これが蒸留酒ってやつか! しばらく来なかった内にこんなもんまで作っていたとはよ! さすがリョウだぜ! 」


「お、おいライオットさん! 俺の分は!? 全部飲むなよ……俺だって飲みたかったのによぉ」


 そんなライオットの姿を隣で見ていたレフが、恐る恐るといった感じで文句を言った。


 どうも獣人たちは皆、ライオットだけじゃなく副リーダーのキリルを始めパーティメンバー全員を恐れているんだよな。まあ彼らは限りなくAランクに近いらしいし、強者のオーラみたいなのが漂ってるんだろう。そのうえライオット以外はあんましゃべんないし、他のハンターと一線を敷いてるように感じる。そんな独特の雰囲気を出している彼らを怖がるのも無理はない。


 そんなライオットと一緒にここにレフがいるのは、酒場で蒸留酒が売り切れになりカルラに文句を言っているライオットにレフがここでなら飲めるかもしれないと誘ったからのようだ。


 俺も友人のレフの頼みなら断れないしな。


「ガハハハ。悪りぃ悪りぃ。匂いを嗅いでたら我慢できなくてよ。しかしこんな酒精の高い酒をどうやって作ってんだ? 」


「秘密です。この街の特産物にしたいので」


 作り方は簡単だから教えたらすぐに作られるだろう。けど、俺はこの技術を秘匿するつもりだ。だから恋人と警備隊以外の人間は蒸留所には立入禁止にしてある。


 最近はこの酒を求めて、ここに寄るBランクのハンターも増えてきてることだしな。どこでも飲めるようになって、あんな金払いのいい客が来なくなったら早くマンションを建てたい俺としては痛手だ。


「そりゃそうだよな。こんなキツイ酒を造れるんだ。タダで教えられるわけねえか。しかしこれならドワーフたちもここに来るだろうな」


「ドワーフがですか? やっぱり酒好きなんですか? 」


「ああ、酒を買うために色んな街で働いているような奴らだ。ここじゃアイツらが飲むほどの量の酒を手に入れるのは厳しいから呼べなかったんだけどな。こんな酒精の高い酒があるなら飛んでくるだろうな」


「なるほど。ドワーフがいれば武具の修理が今より短時間でできますね」


 現状は壊れた武具を修理できる人間はいないので、長期滞在者は商人のカミールに皆預けて街で直してもらっている。


 原状回復のギフトの実験の結果。武具も直せることがわかったが、今のところシュンランやミレイア。そして警備隊の武具しか直していない。一ヶ月以上滞在した人間のしか直せないからな。なかなかハンターたちに直せることを言えないでいる。


 今のところは稼ぎの良いCランクのハンターたちは壊れたらカミールのところで買い替えたりしているみたいだが、Dランクのハンターたちはそうもいかない。そのため、修理中に安い武器を使い大怪我を負う者も少なくない。


 その事を考えたらドワーフがこの街に来てくれるのは願ってもないことだ。


「前に誘った時は滅びの森の中なんかで、しかも酒なしで鍛冶仕事ができるかって突っぱねられたが、この酒を飲めば飛んでくるだろう。手土産の小樽を一つくれりゃあ俺が連れてくるぜ? 」


「是非お願いします」


「おいおい、ただでさえシュンランが結構な量を確保してるってのに、ドワーフの分まで持っていくのかよ。酒場に回ってくる酒がどんどん少なくなっていくじゃねえか」


「ははは、レフにはうちが保管している分を後でやるから」


「マジか!? それなら文句はねえや。シュンランに怒られたりしねえよな? 」


「しないさ。そもそもシュンランは独り占めなんてしてないだろ? ベラや仲の良いハンターたちを呼んで一緒に飲んでるはずだ」


 シュンランは一人ではあまり飲まないからな。色んな人を家に呼んだり、または部屋に行ったりして飲んでる。


「俺には回ってこねえけどな」


「あはは、ベラも酒好きだしな」


 レフに飲まれて量が減るのが嫌だからベラも家に来るんだろうな。


「アイツばっかりいい思いしやがって」


「まあまあ。そのうち増産するつもりでいるから、冬には好きなだけ飲めるようになっているさ。それまで待っててくれ」


「おっ!? 増産するのか!? 」


「ああ、ダークエルフに作らせようと思ってる」


 さすがに昼も夜も酒造りに追われる生活はもう嫌だ。それにダークエルフはここで農業を行うことができない。土木工事などできる能力はあるので、今後道の拡張を頼もうと思っているが、それだけじゃデーモン族の領地にいた頃とやってることは変わらない。だったら産業として酒造りをさせようと考えている。


 道具は俺が作り与えればやってくれるだろう。森で狩りができない老人たちは暇してるみたいだし。なにより香りの良い木を見つけて樽にして、何年も寝かせたりなど酒造りは奥が深い。長寿のダークエルフに合っている産業だと思うんだよな。


「ダークエルフか……クロースだけならともかく、リョウスケもよくあんな物騒な種族を里ごと引き込んだよな」


「俺もダークエルフを里ごと引き込んだと聞いて驚いたぜ。しかし魔国辺りに目をつけられねえか? ダークエルフっていや魔王に逆らってばかりいる種族だって聞くぞ? 」


「デーモン族はどうか知りませんが、魔国は大丈夫ですよ。ちゃんと言い聞かせてありますので」


 心配そうにしているレフとライオットに、俺は自信ありげにそう答えた。


 あれから竜人族がやって来ることはなくなった。俺の忠告をリキョウとかいうあの将軍が魔王にちゃんと報告したんだろう。ここに来る魔人やサキュバスたちからも、バガンとパーティにいた者たちがそれぞれ別の寺に送られたらしいと言っていた。それはつまり俺と敵対する気がないというメッセージにほかならない。だから魔国は大丈夫だ。魔王に反抗的なデーモン族は知らないが……


「確かにバガンをとっちめた時に和解はしていたけどよ。本当に大丈夫なのか? 」


「そこまで自信があるってことは……そうか。そういうことか……なら問題ねえな」


「……ええ、問題ありません」


 なんだ? ライオットが妙に納得しているな。レフみたいにもうちょっと疑ってくると思ったんだけどな。


 俺がライオットの反応に拍子抜けしていると、突然正門の方から鐘の音が響き渡った。


 カーーン カーーン カーーン


「ん? なんだ? また飛竜でも来たか? 」


「そうかもしれませんね」


 俺がそう言って魔物探知機を取り出し確認しようとした時だった。


「オーナー! 竜人族だ! 竜人族の集団が南の空からこちらに向かってきている! 」


 蒸留所と解体所の間の道から焦った様子のスーリオンが現れ、耳を疑う言葉を放った。


「なんだって!? 」


 なぜ竜人族がここに? 魔王には来るなといったはずだ。


 スーリオンの言葉に慌てて魔物探知機を見ると、確かに50ほどの青い点の塊がこちらへと向かってきているのが見えた。その速度は飛んでいるという割には遅く感じたが、Bランク以上の竜人族が50もやってくるなど戦闘を目的にしているとしか思えない。


「和解できてなかったってことか? それかあの時殺したバガンの取り巻きの一族かもな」


「その可能性はあるか」


 レフの言葉に俺は納得した。


 魔王じゃ押さえきれなかったってことか。いいぜ、なら相手をしてやるよ。


「どこにでも跳ねっ返りがいるもんだな。どうするリョウ? 助太刀するぜ? 」


「俺もだ! 」


「助かります。スーリオン! ダークエルフ街区の女性や子供たちを避難させ、男たちは街区を守るように言ってくれ! 棘の警備隊は街の中に! ダークエルフの警備隊は壁の上に! 俺が遠距離からなるべく堕とすから援護を頼む! 」


 俺は竜人族相手でも臆すること無く助太刀してくれると言ってくれたライオットとレフに感謝しつつ、スーリオンへと矢継ぎ早に指示をした。


「承知した! この街は我々が必ず守ろう」


 スーリオンは俺の指示にそう言って頷き正門へと走っていった。


「ライオットさん行きましょう! レフは休みで別館や解体所に残っているハンターたちに、本館に避難するように言ってくれ! 」


 俺はライオットやレフにそう告げ、正門へと急いで向かった。


 するとそこにはシュンランとミレイアとクロースが既に来ており、カルラたちの手を借りて装備を身につけているところだった。


「涼介! 」


「涼介さん! 」


「シュンラン、ミレイア。装備を身に着けたら外に! クロースはスーリオンと一緒に行動してくれ」


 俺は装備を身に着けている彼女たちにそう告げ、ライオットと共に外へと出て橋を渡り南の空を見上げた。


 すると南の空から隊列を組み翼をはためかせた集団が、こちらへとまっすぐ向かってくる姿が確認できた。が、その集団は何やら大きな荷物らしきものをロープで吊るし運んでいるようだった。


「なんだ? 荷物? 」


「ゲッ! あの籠は! オイオイオイ……マジかよ。竜王様までやって来やがった」


「は? 竜王? 竜王がなぜここに? 」


 俺は参ったという感じで手を額に当てているライオットの横でそうつぶやいた。


 竜王って確か勇者がいた時に一緒に戦い、初代魔王になった竜人だとサーシャに聞いた。勇者と共に戦った者で唯一生き残っている竜王にだけは、帝国の皇帝以外の各王は尊敬の念を抱いているらしい。


 最初は700年前に生きていた竜人がまだ生きているということを信じられなかった。だって竜人族の寿命は300年て聞いていたからな。倍以上生きるとか流石にないと思っていた。だが、その後リーゼロットから長寿の秘薬の事を聞いて、もしかしたら本当に存在するのかもしれないなとは思っていた。


 その竜王がここにやってくるということは……やはり勇者と同じ存在である俺が目的か?


 確かに将軍には竜王を来させるなとは言っていない。シュンランとミレイアですら知らなかった竜王の存在を俺が知るはずもない。どうも王族とか一部の者しか知らないらしいんだよな。まあ普通700年以上も生きている竜人がいるとは思わないだろうし。


 でもなんでライオットが竜王の存在を知っているんだ? 一般人は知らないと聞いたんだが……


「参っちまったな……そりゃあリョウがいりゃ来るよな」


「…………」


 俺はライオットの言葉にじっと彼の目を見つめた。


 なんだ? 蒸留所でのことといい、何を知っている? もしかしてライオットはただのハンターじゃない?


「ククク、そんな目で見るな。すぐに分かるさ。ほら、先触れの兵が来るぞ」


 ライオットの言葉に南の空を再度見上げるとこちらへ向かっていた集団が停止し、一人の兵が集団から離れ単身でこちらへと向かってくる姿が見えた。


 その兵士は壮年の竜人で見覚えのある男だった。


 あれはリキョウ将軍? 


 やはり彼が竜王を連れてきたのか……ということはやはり。


 俺はリキョウ将軍が一緒にいることで、竜王は俺が目的で会いに来たことを確信した。


 竜王という災厄を連れてきたリキョウ将軍がこちらへと向かってくる姿を、俺は舌打ちをしながら見つめるのだった。




 

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