エピローグ フジワラの街
「よし。もう目を開けていいですよ」
俺は目の前で固く目をつぶっていた、40歳くらいの見た目のダークエルフの男にそう声を掛けた。
「はい……ああ……見える……目が……顔の火傷も無くなって……あ……ありがとう……ございます」
「ルインヘンさん。泣くことができてよかったですね」
俺はフワフワのラグの敷かれた病室の床に膝を付き、頭を下げ涙を流しているルインヘンの背中を撫でながらそう声を掛けた。
すると後ろで見守っていた治療済みの男たちがルインヘンへと駆け寄った。
「ルインヘン! 」
「ルインヘン殿! 」
「ルインヘン私だ! 覚えているか!? 」
「ハハハ、ダイロン。声でわかるさ……だが随分と老けたな」
「お前が飛竜の火球を浴びてから百年だ。年を取って当たり前だ」
「そうか。もうそんなに経つのだな……二度と光を見ることも、お前の顔を見ることもできないと思っていた。勇者様……本当にありがとうございます」
「「「「「ありがとうございます。勇者様」」」」」
「だから勇者なんかじゃないと言ったはずです。世界を救う使命なんて与えられていませんので。それよりこれで全員治りましたね。里に行って元気になった姿を皆に見せてあげてください」
「はい。勇……リョウスケ様も一緒に」
ルインヘンは立ち上がり、仲間とともに玄関に向かいながら俺も一緒にと誘った。
「俺はいいから早く行ってください。付添いの女性の皆さんもお疲れさまでした。また誰か怪我をした時にお願いします」
俺は誘いを断り、廊下で見守っていた女性たちにそう言って頭を軽く下げた後にソファーへと腰掛けた。
「大丈夫ですか勇者様? かなりお疲れのようですが……」
「ええ大丈夫です。少し疲れただけですから。さあ、病院はもういいですから皆を連れて行ってあげてください」
心配そうにする中年のダークエルフの女性にそう答えると、彼女は頷き頭を下げたあとルインヘンたちと共に部屋を出ていった。
「リョウスケ。大丈夫か? 」
すると彼女たちと入れ替わるようにクロースが玄関から駆け寄ってきて、俺の隣に腰掛け心配そうにそう口にした。
「ああ、短時間に精神力を使いすぎて力が入らないだけだ。少し休めばまた動けるようになるよ」
さすがに重度の障害を持つ人間を12人連続で治療したからな。めちゃくちゃ怠い。
でもまあみんな治る日を楽しみにしていてさ。そんな彼らに二日に分けてとは言えなかったから仕方ない。
「そうか。ならば回復するまで私がその……ひ、膝枕をしてやろう。こ、婚約者だからな! 」
「お、おいクロース」
力の入らない身体を強引に倒され、俺の頭はクロースの膝の上に置かれた。
彼女の今日の服装は、胸元の開いた黒い厚手のシャツと黒いキュロット姿だ。俺の頬には褐色ですべすべの生足の感触があり、見上げると大きくシャツを押し上げるおっぱいがある。もちろんノーブラだ。
そんな大きなおっぱいの向こう側には、頬を染め恥ずかしそうに目を背けているクロースの顔が見えた。
やっぱ可愛いよな。
喋らなければだけど。
「な、なんだ。そんなにジロジロ見るな。ハッ!? やっと欲情したのか!? ルイヘンおじさんの使っていた部屋だがまあいい。ベ、ベッドに移動しよう」
「欲情してねえよ! 」
「アイタッ! 」
立ち上がろうと腰を浮かせたクロースの尻をバチンと叩いて抵抗すると、彼女は尻を押さえ再びソファーへと腰掛けた。
まったく、なんでいつもこうなるんだよ。
彼女がうちに来てから5日ほど経つが、初日以外はずっとこんな感じだ。シュンランとミレイアと一緒に風呂に入っている時や、俺の部屋で二人と愛し合おうとしてる時なんて合流しようとさえしてくる。
おかげで三人で風呂に入れなくなり、監視役として一人置いておかないといけなくなった。二人と愛し合う時も魔物探知機を気にしながらじゃないと落ち着かない。
はぁ……ヤりにくくなっちゃったなぁ。
「痛い……リョウスケはサドというやつなのか? 私は叩かれても気持ちよくないぞ? でもリョウスケが望むなら我慢しよう。そのうち私も目覚めるかもしれないしな」
「サドじゃねえよ! はぁ……少し黙っていてくれ」
俺がSM好きな男のように言うクロースの言葉を否定した後、俺は疲れたように彼女の膝に顔を埋めた。
クロースの相手をしていると全然精神力が回復しねえ……
「わ、わかった。私と二人きりのこの時間を大切にしたいのだな。家ではシュンランたちがいるからな。あ、頭を撫でてやろう」
「……好きにしてくれ」
相変わらず盛大に勘違いをしているクロースだが、俺は静かにしていてくれるならと彼女のしたいようにさせた。
しかし最初横向きの俺の頭を撫でていたクロースの手は腕から背に。背中から腹部。そして腹部から股間へと移動していった。
「アイタッ! 」
そんなクロースの手を俺はペシリと叩き、彼女の目をじっと見上げた。
「ちょ、ちょっと手が滑っただけだ。もう大丈夫だ」
クロースは手を押さえ、明後日の方向を向いてそうトボけた。
疲れる……というか男女逆だろ。
俺はため息を吐きながら精神力の回復に努めるのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
「もう大丈夫だ。帰ろう」
クロースの膝の上で小一時間ほど休んだ俺は、立ち上がりながら彼女へとそう言った。
部屋から見える空は夕焼けに染まっている。そろそろハンターたちが戻ってくる頃だろう。
「どうだ? 私の膝枕で回復が早くなっただろ? 」
玄関へと向かう俺の腕を抱きしめ、クロースが横から俺を見上げながら得意げに言った。
「ああそうだな。ありがと」
「そうか! ならまたしてやろう。だが家ではシュンランたちに悪いからな。二人きりの時だけしてやる。そ、そういえば裏の岩山の頂上に別荘があるらしいな。あ、明日こっそり二人で行ってやってもいいぞ」
「明日はダークエルフの里の皆に仕事を教えないといけないだろ? 忙しくてマンションを抜けることなんてできないだろ」
ダークエルフたちも落ち着いたらしく、明日からさっそく人を派遣してくれることになってる。警備の仕方は棘の警備隊が教えることになっているが、受付や清掃に関しては俺たちが教えないといけない。彼ら彼女らが慣れるまでは忙しくなるだろう。
「そうだった……なら里の皆が仕事を覚えてからだな。私もつきっきりで教えよう」
「助かるよ」
クロースは計算がイマイチ怪しいから受付は任せられないが、掃除やマットレス干しに消耗品の補充に関しては一生懸命やってくれるから教育係には適任だ。ダークエルフたちも同胞に教えてもらう方がやりやすいいだろうし。
「なに、私とリョウスケとシュンランとミレイアの街のためだ。こ、婚約者として当然の行いだ」
「街? 」
婚約者というフレーズをすスルーしつつも、街という単語が気になったので聞き返した。
「なんだ? ほら、ギルドもあって中には酒場もある。商会だって出入りしていて必要な物を買うことができる。それに私たちダークエルフが定住しているんだ。規模こそまだ小さいが、砦というよりは街だろう」
病院とマンションの敷地を繋ぐドアを潜ると、クロースがマンションの敷地内の建物を指差しながらそう答えた。
彼女の指差す先には正門を潜り帰ってきたハンターたちがギルドに向かう姿や、荷車を引いてショッピングモールに向かう姿が見える。
「確かに……そうか、街か」
確かにもう街だな。
「あっ! そうだ! ここを『フジワラの街』と名付けてはどうだ? ここのことを知らないハンターたちがフジワラマンションなどと聞いても、まさかこんな壁に囲まれた街があるなんて思わないだろう? ちゃんとわかりやすくした方がいいと思うぞ」
「フジワラの街ねえ……まあいいか。看板でも作って正門に掲げておくかな」
まあそれでお客が増えるならいいか。募集図面で新しいマンションを建てたら部屋も増えるしな。今から宣伝しておくに越したことはないだろう。
「やった! 私が名付け親だから私が作るぞ! な? 私は役に立つ女だろ? 」
「そうだな。家のことといい、いつも助かってるよ」
率先して料理を作ってくれるし部屋の掃除もしてくれるので、シュンランとミレイアが家事をする負担が減ったからな。おかげで家で二人と過ごす時間が増えた。
俺の部屋のゴミ箱の前で屈んで何かしてるのは気になるけど……
「そうか! こんなにスタイルが良くて気の利く女を独り占めできてリョウスケは幸せ者だな! 」
「ははは、そうだな」
俺の腕をギュッと抱きしめ、満面の笑み浮かべながら嬉しそうに。それはもう本当に嬉しそうに口にするクロースが可愛く見え、自然と笑みを浮かべそう答えた。
ほんと、ずるい子だよな。
ここまでストレートに愛情表現をされて、拒絶する男なんているわけ無いだろう。
そんな事を考えながら、俺はクロースと一緒にマンションの受付に座っているシュンランたちの元へ戻るのだった。
―― シャオロン魔王国 最北部 竜王城 魔軍元将軍 リキョウ――
10月になり暑さも和らいできた頃。私は竜王様の様子を見るために魔国の最北部にある竜王城へとやって来ていた。
ここへは月に一度は来ている。
竜王様が魔王様より勇者様と同じ存在がいることを聞いた当初は毎日のように来ていたがな。あの時はそれはもう大変だった。勇者様のところへ行こうとする竜王様を私と魔王様で必死に止めたものだ。
勇者様に会いたいという竜王様に、王子の一件があり会いたくないと言っている勇者様のところに押しかければ怒りを買うと諭し続けた。その結果、なんとか引き止めることができた。
その後もご機嫌伺いに来る度に王子に対しての恨み節を聞かされはしたが、それもここ最近は口にしなくなった。
今日も世間話をして終わるだろう。
5階の客間で出された茶をすすりながら、遠くに見える滅びの森を眺めそのようなことを考えておると、竜王様の側付きの侍女が部屋へと入ってきた。
「リキョウ様。朱雀の間にて竜王様がお待ちです」
「わかった。すぐ参ろう」
私は侍女の言葉に頷いたあと、湯呑みをテーブルに置き立ち上がった。そして侍女の後ろを付いていった。
そして朱雀と呼ばれる鳥の絵が描かれている
「竜王様。リキョウ様をお連れしました」
『入れ』
「失礼します」
侍女が開けた襖を通り中に入ると、竜座に座り戟の手入れをしている竜王様の姿が目に映った。
私はその竜王様の持つ、薄く青白い光を放つ戟を目の当たりにしてその場で固まった。
あれは青龍戟!? なぜ滅多に外に出されない神器を宝物庫から出されたのだ?
「リキョウか。何を固まっておるのだ。はよそこに座らぬか」
「は、はい……失礼いたします」
私は竜王様の重く押しつぶすような声に圧倒され、その場にあぐらをかいた。
竜人族の平均寿命である300歳を遥かに超え、既に800歳を迎えているというのになんという威圧感。白髪でシワだらけの身体になろうとも、さすがは初代シャオロン魔王国の魔王であり勇者様と戦場を共にしたお方だ。
「よい時に来た。そろそろ出掛けようとしておったところじゃ」
「お、お出掛けにですか? 街へ行かれるのでしたら馬車を用意させましょう」
私はどうも機嫌の悪そうな竜王様へ、恐る恐るそう答えた。
「馬車は必要ない。籠に乗るつもりじゃからの」
竜王様は鋭い視線を私に向けたあと、少し口もとを緩ませそう口にした。
「か、籠でございますか? もしや王都に向かわれるのでしょうか? 」
籠は長距離を移動する際に使う物だ。籠に乗った竜王様を側近の者たちが籠の四方に繋いだロープを持ち上げ、空を飛んで運ぶために使う。
この他国の紛争の仲裁に出向く時以外で使うことがなかった籠に乗るということは、魔王様のもとに行くとしか考えられない。しかし魔王の地位を後継者に譲って以降、王都に行くことはなかった竜王様がいったい何の用があって……
「違う。滅びの森じゃ」
「滅びの森……ですか」
なぜ滅びの森に行くのに籠を?
魔国の領土は縦長で、他国と違い滅びの森に近い。いや、この竜王城のある北部は森の一部と言っていいだろう。竜王様がここに城を築いたのも、滅びの森の魔物の盾となり国民を守るため。それゆえ少し北に向かえば、すぐにBランク魔物が闊歩する森に出ることができる。
だから滅びの森に行くのに籠は必要ない。短時間なら竜王様は飛ぶことができるゆえな。
それなのになぜ籠を……ま、まさか!?
「うむ。勇者の元へ向かう」
やはりか!
「りゅ、竜王様。それはおやめくださいと申し上げたはずです。勇者様は来るなと言っていたのです。そこへ竜王様が行けば怒りを買うことになりましょう」
やはり竜王様は諦めていなかった。だが行かせるわけにはいかない。これ以上勇者様の怒りを買えば関係の修復が困難となる。
「来るなと言われていたのは魔王じゃろ。ワシは言われておらん。それでもバガンの馬鹿のしたことで、しばらく会いに行かないほうが国のためだと思い我慢していたんじゃ」
「ではなぜ今になって……まだあれから半年しか経っていないのですぞ? 」
「リキョウよ。勇者の砦に王国の王女とエルフが出入りしていたようじゃの? そのうえ獣王の息がかかったギルドの支店もできたとか」
「……はい」
クッ……隠していたというのに竜王様は知っていた。
だがなぜだ?
竜王城から西街は遠い。この城にいる側近の者がハンターたちと接する機会などあるはずもない。ならどうやって竜王様の耳に砦の内部の情報が?
「『影竜』から聞いたんじゃ」
「影竜……まだ存在していたのですか」
竜王様専属の隠密部隊がまだ存在していたとは……
影竜は建国後、竜人族の精鋭とサキュバスと魔人。そして魔国に奴隷として連れてこられ、帰る場所を失った人族などの様々な種族によって構成されたと聞いたことがある。
彼らの忠誠心は高く。命を惜しむことなく、あらゆる情報を当時魔王であった竜王様のもとへ持ってきていたと聞く。
その影竜が未だに存在していたとは……
「竜王となって数は減ったがの。代替わりを重ねながらも未だにワシのために働いてくれておる」
「そうでしたか。その影竜を砦へ? 」
「フジワラの街という名になったそうじゃがな。まあ王国の王女とエルフは口止めされておるようじゃし、獣王も野心のない男じゃから問題ないじゃろ」
「ではなぜ勇者様のもとへ行こうと? 」
私も問題ないと思ったから報告をしていなかった。竜王様も同じ考えならなぜ?
「ダークエルフの一部が移住したからじゃ」
「ダークエルフが!? 」
私は竜王様の言葉に驚愕した。
ダークエルフが移住した? そのような話は始めて聞いた。それが本当なら少々不味いことになる。
「うむ。しかも勇者とダークエルフの女はデキているようじゃ。あの傲慢なデーモン族と仮にも勇者に選ばれた者が繋がっておるとは思えんが、ダークエルフと勇者が懇意になるのはちと不味い。このままではワシらが勇者に討たれることになるやもしれんからの」
「むむ……可能性は低いとは思いますが無くはないかと」
勇者様は争いや面倒ごとをなるべく避けたいと考えている御仁だった。が、魔国に残っているダークエルフを解放するために、獣王国とアルメラ王国に協力を要請し攻めてくる可能性がないとも言い切れぬ。
デーモン族はダークエルフを奴隷のように扱っているようだからな。巻き添えで我らも共に滅ぼされる可能性もある。
かといって竜人族に次ぐ勢力を誇るデーモン族へ、ダークエルフを解放しろと言っても聞かぬだろう。貴重な労働力だからな。強要すれば日頃から何かと反発し、不満を溜めているデーモン族のことだ。下手をすれば内戦になるやもしれぬ。そうなればダークエルフも戦場に駆り出されよう。それを知った勇者様は、結局はダークエルフを救うために攻めてくることになるかもしれぬ。
そもそも王子の一件で勇者様の魔国に対しての心象は悪い。
このままでは魔王様と竜王様が、700年前に勇者様に討たれたデーモン族の魔王と同じ目にあう可能性も捨てきれぬ。
「じゃろう。だが魔王は行くことを禁じられている。ではワシが動くしかなかろう。幸い竜人族の血を引く女が勇者の恋人だと聞く。勇者とワシらの橋渡しになってくれことを期待できるやもしれん。リキョウ。面識のある貴様も同行せよ。ダークエルフに取り込まれる前に、なんとしても会わねばならんのだ」
「ハッ! 身命をとしてお供させていただきます」
こうなったらやむを得ぬ。ダークエルフに抱き込まれる前になんとか関係を修復しなければ、取り返しのつかないことになるやもしれん。
「うむ。ククク、青龍戟よ。もうすぐ真の主に会わせてやろう。待っておるのじゃぞ」
私は嬉しそうに青龍戟に話しかける竜王様を見て、一抹の不安を覚えた。
まさか勇者様に会う口実を見つけるために、そのためだけに影竜を使ったわけではあるまいな?
「ほれ、何をしておる。はよ準備せえ」
「ハ、ハッ! 」
私は拭いきれない不安を胸にしまいつつ、魔王様への報告と籠の用意をさせるため急ぎ朱雀の間を出たのだった。
※※※※※※※
作者より。
次週から第4章です。
他国が色々と動き出します。
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