第18話 招かれざる客 中編
——シャオロン魔王国 第三王子 ロン・バガン ——
「こりゃすげえ……まさかここまでのもんだとは思わなかったぜ」
オレは5メトほどの高さの壁に囲まれた広い敷地と、そこに建ち並ぶ見たことのない5棟の変わった建物を見て素直に感心していた。
チョウギに滅びの森の中に小さな街があるって聞いた時は、塀に囲まれた屋敷程度に思っていたがまさか本当だったとはな。
確かに壁自体の高さはそれほどでもねえが、それにしたってこの広い敷地を囲うほどの壁だ。チョウギが言っていた通り、ここの宿屋の店主は相当な大地のギフトの使い手だ。こんなのことのできる奴は、人族の国にもいねえかもしれねえ。
「へへへ、だから言ったじゃないですかバガン様。俺は嘘は言ってねえって」
「ああ、そうだったな。お前の言ったとおりだった」
オレはここに来るまで疑った配下のチョウギに笑いながらそう言った。
「お前らもさんざん疑いやがって。俺の言った通りだったろうが」
「いやぁこれは参ったわ。悪かったよチョウギ。アンタのいう通りだったわ」
「悪かった。お前のいう通りだった。まさかこんな場所にこんなモンを作っていたとはな。昔この辺を飛んだ時にはこんなのなかったのにいつの間に……」
勝ち誇った顔のチョウギに、オレの女であるユウファも配下のテイギも感心したように頷いている。
確かに昔この辺を飛んだ時にはこんなものは無かったな。人族のハンターたちもいつの間にかできていたと言っていたみてえだし、恐らく相当な短期間で作ったのかもしれねえ。
「ここは使えるな……ここに親父の魔王軍を配備したらおもしれえ事になるな」
魔王国とも西街とも離れているが、ここを拠点にして西街とここの間の土地を手に入れることができるかもしれねえ。西街の北にある魔王国の旧領は険しい山が多いうえに魔物も強い。そんな土地を取り返すより、この辺り一帯を手に入れた方がいいに決まっている。
そうなればオレの功績は計り知れねえ。親父もオレを見直すだろうし、兄貴たちを差し置いてオレが次期魔王になれる芽も出てくる。
そんなことを考えていると、後ろから嫌な奴の声が聞こえた。
「王子。また馬鹿なことを……この辺りは人族の帝国と王国が領土を主張している土地だ。そのような土地に魔王軍を配備などできるわけがないだろう。また人族との国との火種を作るつもりか? 」
「……チッ」
オレは最後尾で呆れた顔をしている元魔王軍将軍のリキョウへ、舌打ちをして応えた。
いちいちオレのいうことに突っかかってきやがって、目障りなジジイだ。
この男は親父に謹慎を解いてもらう条件として監視役のを受け入れたが、まさかこのジジイが来るなんてな。
コイツは相手が王族だろうがなんだろうが関係なく、昔からオレを殴り飛ばしてくるような奴だ。昔からぶっ殺してえと思っているが、残念ながら俺たちが束になっても勝てる相手じゃねえ。それでもいつか隙を見て必ず殺してやる。
しかし魔王軍で敵なしと呼ばれていたあのリキョウも、軍から離れ老いて臆病になったみてえだな。こんな臆病な老害がいるから魔王国が人族なんかに舐められるんだ。たかが人族の国の下級貴族を殺したくれえでオレを二年も謹慎させやがって!
ヴァンパイア族やデーモン族の奴らが言っていたように、親父もこの監視役の元将軍も弱気すぎて駄目だな。やはりオレが次期魔王になって人族どもを滅ぼさねえとな。
そのためにも今はこの屈辱に耐える時だ。親父にオレが兄貴たちより使える男だと思わせねえといけねえ。
ここが軍の駐屯所として使えないならそれはそれでいい。ここを作った半魔野郎をこっちに引き込めばいいだけの話だ。ここと同じ物を西街の北に作らせれば、オレの評価も上がる。抵抗するなら無理矢理でも連れて帰ればいい。
将軍はオレが人族の貴族と揉めないよういるだけだ。それ以外のことで、魔王国のためになることなら口を出さねえはずだ。
「で、でもさ。これだけのものを作れる大地のギフト使いだろ? さすがに片手で持てるほどの小型の温風の魔道具や、ゴミを吸い取る風の魔導具に、凍えるほど冷たい風が出る冷風の魔道具まで作ったてのは嘘じゃないの? 」
オレと将軍の間の険悪な雰囲気を和ませようとしたのか、ユンファが話題を宿屋にあるという魔道具の話へと変えた。
「そうだぜチョウギ。外壁に囲まれた広い敷地に宿屋があるってのを疑ったのは悪かったけどよ。半魔ごときがだぜ? さすがに魔導技術じゃ頭ひとつ抜けている帝国にも無いような魔道具を作れるとは思えねえ。人族のハンターにホラ吹かれたんじゃねえのか? 」
「ユウファにリョテイもまだ疑ってんのかよ。俺は娼館目的で来たほかの人族のハンターも捕まえて裏を取ってんだ。間違いなくここには凄腕の魔導技師がいるって」
「そこは未だに信じられねえが、まあ中を見ればすぐにわかんだろ。もしも本当だったならオレたちの拠点にしてやってもいい」
そんな王宮にある以上の魔導具があるとはさすがに信じられねえが、本当にあるならここを俺たちの拠点にするのもいいな。
森の中だが、ここにくる途中は広い道ができていた。西街から商人や娼館とハンターたちを呼べば不自由はしねえだろう。
しかし本当に帝国以上の魔道具まで作れるなら、ここでオーナーとか呼ばれている半魔野郎は確実に確保しねえとな。数ばかり多い人族を一網打尽にできる魔道具を作れるかもしれねえ。
そこまでの物を作れば、デーモン族もヴァンパイア族もオレの後ろ盾になるはずだ。そうなれば親父もオレが次期魔王にせざるを得ねえだろ。
ククク……これはとんでもねえお宝をチョウギは見つけてきたもんだぜ。オレが魔王になった時には将軍にしてやるか。
「お? あの男がリョウスケとかいうやつか……本当に人族そっくりだな」
オレは岩山の下の洞窟の入口のような場所で立っている黒髪の男の姿を見て、ずいぶんと魔人の血が薄い奴だと思った。
確かに髪の色は黒竜種や魔人のように黒いが、肌の色は俺たちに近い。しかし魔人のように角もなければ目も赤くない。髪が金髪で目が青ければ人族と言われても信じちまいそうだ。
「なんか弱そうね。よくここを維持できてるわよね」
「この辺りはどういう訳かEランクの魔物しかいないからじゃねえか? 飛竜が来ればあの洞窟に逃げ込めばいいんだしよ」
「ますます拠点にはもってこいだな」
オレはユウファたちにそう答え、黒髪の半魔の男の前へと向かった。
「我らと同じ肌の色に黒目に黒髪……」
その時、背後から将軍が何やら呟いていたが、オレはそれを無視して黒髪の半魔の元へと向かうのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「よう、お前がリョウスケとかいう半魔野郎だな? 」
「はい。私が涼介ですが? 」
集団の先頭を歩いていた、くせ毛の強い赤髪の竜人の男にそう答えた。
いきなり半魔野郎呼ばわりか……もしかしたら穏便に行くかもなんて思ったが、これはご退場確定だな。
「お前本当に魔人の血が入ってんのか? 近くで見るとますます人族そっくりだな。その前髪でちっこくなった角でも隠してんのか? 恥ずかしいもんなぁ? わかるぜその気持ち。ギャハハハ! 」
くせ毛の男がそう言って笑うと、後ろにいた竜人と魔人たちも追従して一斉に笑い始めた。いや、一人だけ俺を真顔で見ている初老の竜人がいるな。なんかまともそうだけど、この男の仲間だしな。中身は似たようなもんだろう。
「そうですね。それで当マンションに何か御用ですか? 」
俺は笑っている男たちを気にも止めず淡々と対応した。
恐らくコイツが第三王子のバガンて奴だろう。
こういう馬鹿の相手はまともにしたら駄目だ。事務的に対応するのが一番だ。
「チッ、つまらねえ野郎だ。聞いた話じゃお前腕利きの大地のギフト使いなうえに、魔導技師らしいじゃねえか。嘘くせえ話だったが来てみてビックリしたぜ。こんなでかい敷地一面に壁を張り巡らせるなんてよ。半魔のくせにやるじゃねえか」
「それはどうも」
「王城にもないような家具や魔導具がよ? この宿屋にはしこたまあるって話じゃねえか。オレが泊まってやるからとっとと部屋を用意しろ。気に入ったらここをオレたち滅竜の拠点として使ってやる」
「お断りします。お帰りください」
俺はバガンの言葉に即答で答えた。
「あ゛? テメェ今なんつった? オレの聞き間違いか? 」
「いえ、お部屋は用意できません。お帰りくださいと申し上げました」
「なんだとテメェ……オレが誰だかわかってんのか? 」
「はい。シャオロン魔王国の第三王子であるバガン様とお見受けしております。色々問題のあるお方だということも。当マンションでは他のお客様のご迷惑になる方や、人種差別をするような方はお断りしております。それがたとえ魔国の王族であってもです」
「……いい度胸だ半魔野郎。このオレにそんな舐めた口聞いておいて、まさかただで済むなんて思ってねえよなぁ? 」
バガンはお眉をしかめ、口もとを歪ませながら手に持っていた
「敷地内での武器の使用も禁止しております。お帰りください」
俺は矛先を突きつけられながらも、変わらず淡々と帰るように告げた。
「この野郎! スカした顔しやがって! 」
俺がビビらなかったからか、バガンは激上し戟を後ろへと引き突き出そうとした。
しかしその時。バガンの後ろから低い笑い声が聞こえてきた。
「ククク……王子、やめよ。日頃の行いのせいだな。我らはこの宿には相応しくない客のようだ。人目も多い、魔王国の王子として恥をかきたくなければおとなしく帰るんだな」
初老の竜人の老人が、笑いながらバガンの戟を手で押さえそう言った。
「しょ、将軍!? コイツは貴族じゃねえぞ! 国には迷惑が掛からねえだろうが! 止めるんじゃねえ! 」
「魔王国に泥を塗るなと言っているのだ。宿を断られてその店主を殺したなどと広まれば、王子が恥をかくだけではなく魔王国も恥をかくということがなぜ分からんのだ。もっと自分が取った行動により、周囲からどう思われるのか考えることだな」
おや? もしかしてマトモな奴だった? バガンもなんかビビってるみたいだし、貴族を殺したことでお目付役でも付けられたか? だから謹慎が解けたってことかな?
「ぐっ……でもコイツは王子であるオレに恥を……」
「王子が勝手に恥をかいたと思っているだけだ。店主は真っ当なことを言っている。宿屋を営んでいる以上は、ほかの客に気を配るのは当然のことだ。西街の宿屋は王子という肩書を恐れ、今までそれを口にしなかっただけだけのこと。ここは西街ではない。王子という威光はここでは通用しないということだ。宿泊を断られて店主を
「くっ……テメェ……このままで済むと思うなよ……」
バガンは将軍と呼ばれた男の言葉を受け、構えを解き憎しみのこもったその黄色い目で俺を睨みながらそう言った。
俺はその目をただ無言で見つめ返した。
助かった……あの将軍と呼ばれた男は相当な実力者なのだろう。この馬鹿王子を言葉一つで諌めることができるんだからな。
しかし今後あの将軍に隠れて色々とやってきそうだな。面倒な奴に目をつけられたもんだ。
そんなことを考えながら内心でため息を吐いていると、何かに気付いたのかバガンは視線を俺の後方へと向けた。
「なんだあの半竜女はよ。ずっとオレを睨んでやがって……ん? お前!? シュンランじゃねえか! 」
「え? 」
俺はバガンの言葉に振り向き、受付に座っているシュンランに視線を向けた。
すると受付机を守るように囲んでいたカルラたちの隙間から、バガンを睨みつけているシュンランがいた。
隣にいたミレイアもシュンランの様子に初めて気付いたのか、俺と同じように驚いた顔で彼女を見ている。
なんだ? シュンランはバガンと顔見知りだったのか? いや、あのシュンランが睨むような相手だ、ただの顔見知りじゃないだろう。
過去に二人に何かあった? ミレイアが知らないってことは、2年以上前ってことになるか……2年以上前にあのシュンランが睨むような出来事……まさか!?
「オイオイオイ! まさかこんな所で会えるとはな! あのあと人族の狩場に行って探したんだぜ? 残りの角とお前の身体を求めてよぅ? 」
残りの角!? 間違いない! シュンランの角を折ったのはこの男だ!
この男がシュンランの角を……この男が彼女の誇りを……
俺は拳を堅く握りしめ、恋人を傷つけたこの男を睨みつけた。
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