藤次郎-13
「カシラ」
男が奥屋敷のとある部屋の中で、せわしなく動く三人の黒装束に目を配らせていた。
部屋は香が焚きしめられ、かぐわしい匂いで満たされており、貴重な書物がいくつかあってこの部屋の主が書を読むことが好きなのだろうと伺い知れた。
カシラと呼ばれた男は外からやって来た黒装束に耳打ちされていた。
「わかった。すぐ行く」
発端は巡視の新入りが戻らなかった事だ。警護組頭から報告が上がり、念のためにと奥屋敷を確認したところ大殿の重要な客人とやらがいなくなっていたことが判明した。その報告を受けた大殿が、話を聞くなり顔面蒼白になって秘蔵の間者部隊を躊躇なく投入し客人の捜索が始まったところである。
「この門を誰か通らなかったか?」
黒装束の男が門番に聞いている。
「はんじゅうろ~。それではダメだ。
おい門番、一時間前にここで見たことを全部話せ」
「へい。一時間くらい前に子供が出ていきました。その10分くらい後に佐々木がここの前を通りました。その後10分くらいで老中様一行が六名出ていきました。後は誰も通ってはおりません」
カシラは腕を組んで考えている。
「はんじゅうろ~。警護の男が襲われた場所は何処だ?」
「ここです。巡回時限に戻らなかった為、組頭が探したところ折れた槍と、この様に地面に血があったとのことです」
「槍の柄は刀で斬られているな。ちょっと持て」
そう言うとカシラは斬られた柄を半重郎に渡した。
「いくぞ! その柄で防げよ。せいっ!」
カシラは半重郎が頭の上で横一文字で止める動作をした。その少し上で、刀を寸止めにしている。
「な。変だよなぁ。この斬れ方。斜めだろぅ。へんだよなぁ。このまま切ったらまっすぐ切れてるよなぁ。でも、切れ口は竹やりの先みたいだよなぁ……」
カシラは刀を鞘に収めると、
「はんじゅうろ~。槍」
新しい槍を持って来させて“お前とお前持て”と近くにいた黒装束二人に槍の柄を地面と平行に両端を持たせ、
「せいっ!」
刀で柄を斬った。
鈍い金属音を轟かせ、柄は斬れず刀の衝撃で跳ね返った。
「切れねぇじゃねぇか。はんじゅうろ~。塀に立てかけろ」
「もう少し寝かせて、行き過ぎ、そぅ! そこ! その角度。おめぇ~ら、この槍の先の高さと同じ高さで塀に傷がないか見ろ! ここの塀だけでいいぞ~」
「カシラ!」
「あったろ?」
「はい」
50mほど先の白壁の塀に何かでえぐったような傷跡があって、黒装束が手招きしてた。
「じゃぁ~あ。この槍を持ってって立てかけて見ろ! その傷のところに」
「どうだ?」
「は~……」
「なんだ。血の巡りが悪い奴らだな~。下、下見て見ろ。柄の先」
そこには柄と同じ幅で15cm程えぐれた痕が地面にあった。
「はんじゅうろ~。その槍を少し移動。同じように置け。そうだ、それでいい。
それでは、折れた槍と同じところを斬るぞ~! 地面を見てろよ。せぃっ!」
地面を指さしたかと思ったら瞬間、刀を抜いて斬りかかる。
槍の柄は竹やりの様な斬れ跡を残し両断され、地面には隣と同じようなえぐれた痕を作った。
「……はんじゅうろ~。馬の数調べてこ~い」
少し周囲を伺い、低く呟いた。
カシラはそこから5mほどの所の血だまりに口をつけ血を大きな音を立てて啜った。
「んふふっふふ、ハハハハハっ。我らを騙せるとでも思ったかぁ~。これは人間の血ではないわ!いずれ馬の数が足りないと報告も来るであろう! 兵太! 二班編成しろぅ! 東と西に追手をかける!」
「お前たち俺がいつも言っていることを言ってみろ!」
「……」
いつも言われていることが多すぎてどれの事やらわからないので誰もが黙りこくっている。
「どうした? しょうがないな。お役目中に敵地で人を殺めたらどうする? 死体とそれに付随する物を消し去る。だよなぁ。なぜだぁ? 発見を遅らせるためだ。なぁ? そうだったよな?
でもこれをみろ! まるで見つけて欲しいみたいじゃないか? そうだろ~。見つけさせたいんだな~。
死んだと思わせたいんだよ。なんでかなぁ~?」
「カシラ! 馬が一頭いなくなっております」
「はんじゅうろ~! 遅いぞ! あと少しで話のネタが無くなるところだわ!
対象は10歳くらいの女の子と佐々木藤次郎だ。佐々木藤次郎は夜会で顔を覚えているだろう。奴らは最大でも1時間半前に移動を開始している。馬に大人と子供が乗っている。せいぜい進んでも20km程度だ。あとはいいところ時間10km程度の移動しかできない。馬を支城ごとに乗り換えて全力で追いかけろ3時間もすれば追いつける。領内でケリをつけろ。男はその場で始末。子供は無傷で連れ戻せ! 領内で見つからない場合は二の手をかける。無理はするな。質問はあるか?」
……
「無いようだな? 我らを欺こうとした報いを受けさせろ! よし! 行け!!
半重郎、お前は二の手だ。佐々木藤次郎の家中での身元引受人から事情を聞け! 出身、親兄弟、親戚、好物何もかもだ」
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