藤次郎-5
頭の上?
藤次郎は白壁の上、丁度2mくらいの所に引っかかる人影を見つけた。どうやら、その引っかかっているものが人ならざる者の声の正体だった。しかし、曲者とはいえ、ここまできれいに塀の切れ間に引っかかっては、とんだおまぬけだと感心して見上げると、それはおそらく女だ。見えているのは塀のこちら側に出ている下半身だ。それを見る限り着物と腰と足首からそれが女であることは明白であった。藤次郎は持っている槍の柄で塀から出ている尻を突っついてみた。
「ちょっと、誰?そんなとこ突っついてないで手伝って!」
塀の反対側にあると思われる上半身から声が聞こえてきている。どうも塀のすぐそばに生えている木を登りそこから塀に飛び移った際にそこにあった塀と塀の継ぎ目に挟まったらしい。
『むちゃするなぁ……』
藤次郎はあきれながらも同じように木に登って塀に飛び移った。
「おい。大丈夫か曲者」
「誰が曲者なの?」
『いやお前だろう。』
藤次郎の心の声がそう言った時、今まで下を向いていた曲者は頑張ってエビぞりになり藤次郎の方へと向き直った。
「何よ! 藤次郎!」
透き通る声に聞き覚えがあった。あの満月の夜に言葉を交わした黒髪の少女,
佳宵だ。
「佳宵様。なぜこのような事に?」
藤次郎は塀の上にまたがり佳宵の肩辺りを抱き上げて
「私の首に手を回してください」
佳宵の上半身を引き上げた後に太腿の裏に手を回し塀の継ぎ目からサルベージした。
「よっ」
そこから肩に佳宵を担いで塀の上から飛び降りる。
どん!
飛び降りた高さが高かったのか藤次郎は佳宵を担いだまま地面に仰向けに倒れてしまった。
思いのほか二人の重さが重かったのだろう。
「あいたたた」
「藤次郎、大丈夫?」
目を開けた藤次郎の顔のすぐ上に大きな黒い瞳が見えている。
「は、はい。このように頑丈だけが取り柄ですので。そ、それよりも佳宵様は大丈夫ですか?」
藤次郎は自分でも赤面してくることが解って慌てて佳宵の肩を持って自分だけ立ち上がってみせた。
「藤次郎のおかげでこの通りですよ」
佳宵は遅れて立ち上がり一回転してみせる。腰まで伸びた艶髪がふわりと広がり藤次郎の鼻に甘い香りが届いている。
「佳宵様? なぜこのような真似をされましたのか?」
「え? うん。ちょっと」
佳宵は少し俯いて言い淀んだ。
「それより藤次郎。なぜこんなところに?」
「答えない気ですね? 今、私はお役目中です。今夜迄、夜の警備でこの辺りを警戒しているのです」
「へ~。それでは、夜にここに来れば藤次郎が通るという事?」
「その通りです。それが私の務めですから。佳宵様、もしかして、お屋敷から無断で抜け出してきてますか?」
藤次郎が佳宵を見つめて質問すると佳宵はそのまま見つめ返し、
「そうなんだ」
と言って微笑んでいる。
「だから、聞いているのですが」
「ん? わかったって。帰りましょう。送って行ってください」
そう言うと大手門の方を指さして歩き出した。
『なんだ? 人の話聞かない奴だな』
「ねぇ? 藤次郎。私、人の話は聞かないように見えて、ちゃんと聞こえているのよ……驚いた?」
少し先を歩いていた佳宵は振り向き、藤次郎に藤次郎の心の会話の続きを継いできた。
藤次郎はもしかしたら俺はつい呟いてしまったのかと戸惑っているのだが、
「だから、藤次郎が私を好いているから、心の声が聞こえるのよ。全部オミトオシなの。わかる?」
「え?……」
「そう。私の事、好きでなのでしょう? ダメですよ。私には隠せませんから」
「え? はい。え?」
「私はね、前に言いましたよね。あなたの心が見えているって。私を好きになればなるほど心の声がはっきりしてくるのです。前にあった時より今ははっきり聞こえます。
今は……すごく驚いている。それから戸惑っている。なぜかな?……そうね、私の事を好きなのがバレてしまったから」
藤次郎はどうしていいかわからなくなった。佳宵の言った事は本当で、どうしようも無く本当の事でお屋敷の奥に住む佳宵に恋心があることなどばれたらここで生きていく事が出来ない上にせっかくの食い扶持すら失ってしまう。
「わかりました。藤次郎からすれば、ものすごく切実ですものね。でも、安心してください。この事は私とあなたの秘密ですから。
それと。藤次郎、あなたが私の事を好きになればなるほど。遠くにいてもあなたの声が聞こえてきます。私に会いたければも~っと私を好きになってください。あなたの声が聞こえたらまた、会いに来ますね」
そう言って佳宵は大手門の中へと消えていった。
藤次郎は正直信じられない思いがいっぱいなのだが、しかし、佳宵の言っていたことは全て心のなかにあったもので、それに佳宵が答えてきただけなのだ。
それにしても、理解を超えている。
「そうだ! 藤次郎! あなたの気持ちとても嬉しかった! ありがとう!!」
大手門の中に入って行ったはずの佳宵がまた門から半身出して嬉しそうに手を振っている。
藤次郎はあの晩以来、佳宵の事が忘れられなくなってしまっていた。解りやすく言えば初恋の様だ。いつもいつでも佳宵を思ってしまう。一方、佳宵はこの屋敷の奥に住むおそらく身分の高い女性だ。とても、つり合いが取れそうにない。思っては忘れよう。忘れようとしては思い出し。その繰り返しになり、想いの辻々にため息を交えている。
『そういえば、想いが強くなれば心の声が届くと言っていたなぁ。届いているのだろうか。いや、ダメだ。そんな事を考えては』
「ふぅ」
ため息と起きている間は全部佳宵の事を考えている自分をどうにか元に戻したい。そればかりだ。
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