藤次郎-3

かなりの時間、飲んでいた。それでも、周りの者は切り上げる様子も無く延々騒いで飲んで歌って身分の区別なく盛り上がっている。


藤次郎は酒が嫌いではないが強くは無かった。自分の飲める量も理解はしていたが、やはり、新参者と言うだけで、そこかしこからご指名を受け、そのたびに酒を注がれ、それを飲み干す。これではどんな酒豪気取りもやられるのに時間はかからない。藤次郎も同じだった。


「ちと、厠に」


そう告げるとふらりと場を離れ静かな離れの方に移動し一人何処ともなく腰を下ろしていた。


「酔いが回った……」


涼しげな風が吹く渡り廊下を渡った先の庭に、横になるのにちょうどいい庭石をみつけて、そこへ倒れこむように寝そべった。


どこからとなく虫の音が聞こえてくる。虫は何処でも同じ声で鳴くものなのだなと当たり前に感心して、庭石の上で仰向けになると満点の星空が目に入ってくる。その星の光を消し去る様に満月が天頂から藤次郎を見つめていた。


「今夜は満月か……


虫の音も月の光も風音も……」


なんとなく知っていた和歌を口にした。


「我が恋ますは秋にぞありける……


どなたか恋しいお方がおありなのですか?」


爽やかな、虫の音にも負けないような透き通る声が頭の方からかけられた。


咄嗟に起き上がり、声のする方を振り向くと、そこには少女がにっこりと微笑み藤次郎の方を見ていた。はっきりした瞳が印象的で黒髪を眉の所で切りそろえた。18歳くらいの少女だ。


「これは失礼いたしました。姫のご在所でしたか。知らぬとはいえ、とんだご無礼を」


藤次郎が深々と頭を下げると。少女は、


「ふふふ。私はここの姫ではありませんよ。それに、ここはただの渡り廊下です。誰でも通る事が出来るのですよ。でも石の上に寝てる人は見かけませんけどね」


そう言うと少女は藤次郎の寝そべっていた庭石に近づき、手でどけてと合図をすると隣に座った。


「あ~。月がきれい。だから、あなた、月の歌を詠んでいたのね? そういう事か。私、こういう儚げでふとしたことで壊れてしまいそうな月夜が大好き。月はいいわね。いろんなものが見れて。でも、自由なのかしら? いつも同じところを回っていますものね。案外、お月様は不自由に思っておられるのかも知れませんね。ふふふ。

それにしても、今晩は賑やかですね? 何の宴ですか?」


「はい、跡継ぎ様の元服のお祝いでございます。」


「そうなんですか……

そうなんですね」


少女の表情が陰るのを見て取った藤次郎は


「いかがされましたか? ご気分でも?」


少女の顔を覗きこむ様に聞くと


「何でもありません。……あなたは心がおきれいですね」


少女は覗き込まれている顔を覗き返して、いたずらっぽく言った。


「急に何ですか?」


「ふふふ。私には見えるのです。あなたの心が」


「本当ですか?」


「そう。見えるの。でもそれだけ」


また、少女は月を見ながら顔を曇らせる。


「…………」


「さて、部屋に戻るとしましょうか」


少女がぴょんと石から飛び降り庭を歩きだしたとき、


「あの、お名前を教えていただけませんか?」


藤次郎が少女の背中に声をかけた。もっとその少女と話をしてみたかった。出来ればつながりを求めたかったのだ。


「え? 私の?」


そう言うと藤次郎の顔をしばらく見ていたが


「そうなのね。わかった。

私は佳宵かしょう。美しい夜という意味よ。あなたは?」


「さ、佐々木藤次郎です。」


「そう、藤次郎。あなたとは、またどこかで縁がありそうな気がするわ。風邪などひかない様に」


そう言うと佳宵は手を振って奥へと消えていった。

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