肆場 一

「我が源九郎義経である! 源氏の棟梁を継ぐ者と知っての狼藉か? 場合によっては一族郎党皆殺しの憂き目に合うことと心得よ」


「おい! 弁慶! お前のご主人様だってよ。何とかしろ。霞、屋敷に帰るぞ~」


吉右衛門が後ろを振り返り半笑いどころか腹を抱えて笑っている。

弁慶は口を開けたまま微動だにしない。霞が心配そうに弁慶の顔を見上げ腕をちょんちょんつついているが反応が無い。


今まで必死に探していたのがこんな奴。見たところ二十歳くらいだろう。ひょろっとした男でとても戦場で戦えるような身体つきではない。武家の棟梁……ここまで源氏は落ちたのか。吉右衛門が心で呟いていた。


部屋を出た吉右衛門は、


「ははははは~ひ~」


屋敷中に聞こえる声で大爆笑中だ。しかし、考えるにつけ笑いたくもなる。あれだけ必死に捕まっていると言われて救い出そうとしていた男がそもそも、依頼主の屋敷にいた。それだけでも十分すぎるくらいに操られていた証なのに、それが見つけてみれば、青瓢箪あおびょうたんみたいなやつが女と真っ最中で、そこを霞の術で止めらえている。しゃべらせれば威勢だけはいい。ただのガキだ。久しぶりに自分史に残る迷勝負と言わざるを得ない。


「ちょっと吉右衛門。笑い過ぎよ。弁慶が可哀想」


後ろの霞が吉右衛門を諫めるように言っている。

それにしても不憫なのは弁慶だ。霞が言うのも、もっともだ。吉右衛門は、


『まあ、最悪、俺が雇ってやる。それで、手打ちだ。こんな奴の家来になるくらいなら。悪い話じゃないだろう。いずれ話をしよう。でも……今は面白そうだからしばらく見てよう』


「ちょっと吉右衛門。意地悪いわよ」


心を読んでいた霞が右腕を拳骨で殴ってきた。

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