参場 五

 霞の具合が悪そうなので一旦、庭の岩の上に霞を置いて吉右衛門は残りの仕事にとりかかっていた。吉右衛門は会敵した敵を絶対に生かしては置かない。理由は再戦だ。二度目の敵は学習してくる。それを防ぐ意味で決して生存者を残さないのを自分に言い聞かせている。それが例え戦う事が出来ない者たちであろうとも。それを防ぐための黒ずくめだったのだが……


今夜は戦闘にならなければ殺生などは、するつもりなど無かったのだが、意図せず戦端は開かれてしまった。こうなってしまっては館中の者の未来を奪うしかなかった。気が重い仕事であって、出来れば避けたい事態でもある。弁慶には霞の世話をお願いした。いくら弁慶でもこれだけの大人数を殺めさせるわけにはいかないと吉右衛門は考えての事である。


悪鬼だ。吉右衛門は悪鬼になる。身動きの取れないものを斬っていく。心の善良な部分を残していてはとても出来ない悪鬼の所業。だから、決して忘れない。自分の手で殺した者たちの事を。


………………


一番奥の部屋までたどり着いた吉右衛門の身体は、返り血を浴びて頭から足先まで血まみれで、とても常人には直視など出来るものではない。


奥の襖に手を掛けて最後の部屋に入った時に、霞が慌てて追いかけてきた。


「ちょっ……。この部……にいる……」


吉右衛門は誰かに何か話かけられた様な気がした。後ろを振り返ると霞と弁慶が立って必死に吉右衛門を止めようとしている。霞は太刀を持つ右腕に弁慶は背後から羽交い絞めにしていた。


「お……おぅ。どうした? 二人とも血相変えて」


二人が吉右衛門を制止して、しばらくすると、吉右衛門の視線がようやく焦点があって、会話も繋がり始めた。


「どうしたではないぞ! お主こそどうした? 焦点が定まらない視線で。もう大丈夫か?」


「あぁ。大丈夫だ。」


「ならいい。この部屋の者は殺してはダメだ」


「なぜだ? 弁慶」


「そうとも。この俺を殺すことは出来ないぞ! 下がれ下郎ども!!」


部屋の奥から男の声が聞こえてくる。行燈の火が落ちていて、よく見えないが何人か部屋の中にいるようだ。


「話せるようにしてあげたわ」


霞が付け加える。


「灯りをつけろ!」


吉右衛門が霞に指示した。


……行燈の灯りに照らされた部屋の中央に四人。全員が布団の上にいて霞の術中にあり、話が出来るのは中央の男だけだ。


声の男が中央に、男の右腕に一人女が。男の首に手を回している。左手の方にも一人。男を背にして、男の左手が女の乳房を掴んでいる。そして、男の上に騎乗する女が一人。全員が全裸だ。


「我が源九郎義経である! 源氏の棟梁を継ぐ者と知っての狼藉か? 場合によっては一族郎党皆殺しの憂き目に合うことと心得よ」

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