参場 四

「さあ、どうするか? 悪党ども。おとなしく降参して俺に殺されろ。それが嫌なら、降参しないで殺されろ。お勧めは前者だが? どちらも今なら特典として、地獄の一丁目直行が確約されるぞ!」


「……ふ……」


頼嗣が息を一瞬吐いて、鋭く踏み込んで突きを入れてきた。


背後に霞のいる吉右衛門は突きをかわすことは出来ない。吉右衛門が避ければ霞に突きが入るからだ。当然、頼嗣もそこを狙っている。避ける事が選択肢から外れている吉右衛門の行動は先が読みやすい。実戦経験の豊富な頼嗣にしてみれば次の手は太刀を掃いに来るに違いないと考えている。ならば、吉右衛門の掃う太刀を避けて開いた左わきに叩き込めば終わる---


瞬間、頼嗣の後方で人が倒れ伏せる重い音がした。


思わず音の方を見る頼嗣。後ろで倒れている男の首に折れた太刀が刺さっている。


刹那、頼嗣に衝撃がはしりそのまま畳の上に飛ばされて、偽頼嗣の隣に並ぶように倒れこんだ。


頼嗣の手にする太刀の刀身の上半分が無くなっている。


倒れた男の首に刺さっていたのは吉右衛門に折られた頼嗣の太刀だった。慌てて背後を見ると、青銀色に発光する太刀を持った吉右衛門が後ろにいた男たちに斬りかかる瞬間だった。


「すあっ」


吉右衛門が掛け声とともに扇の右半分の首を一気に斬り落とした。斬られた男たちは反応できたものは誰一人いない。見えたのは青銀色の一条の光のみだ。反応できたと言えば、それを見ていた扇の左側の一人のみ。慌てて吉右衛門に向き合ったが、そのまま横から弁慶に首を一突きされて吉右衛門が向き直る頃には畳に伏せていた。


「どうだ? 頼嗣。あんまりふざけた真似はするなよ。もう遅いがな。お前を残したのは悪党の断末魔を聞いてみたかったからだ。思う存分鳴け! お前の為に犠牲になった者たちに届くように盛大に頼む」


「くそっ。俺をやっても所詮は末端切りだ。何も変わらんよ」


頼嗣が吉右衛門に嘲笑を向ける。


「ああ、知っているよ。でもな、お前をやれば俺がスッキリする。それで、お前が死ぬ理由には十分になるんだぞ。覚えて置け。さあ、お望みの死に方は何だ?」


「月闇に」


「お! もう待てないとさ。巫女様が直々に処刑してくださるぞ」


「満る調べに」


「知ってよな? 寺がすっ飛んだこと?」


「天高く」


「それがこの技だよ。跡かたなく屋敷事死ねるぞ。見ものだな」


「おつる雷鳴」


「助けてくれ。頼む!」


「常世---」


「やめろ! 霞」


「……」


「おい!簡単に死ねると思うなよ」


吉右衛門は頼嗣に正対すると懇願して合掌する両手をそのまま斬り落とした。


「ひっ」


小さく悲鳴を上げ、うつ伏せに倒れる頼嗣。そこに背後から左の太ももを畳に串刺しにした。


「何か言えよ。頼嗣。つまんねぇだろ。あそこにいた娘たちはどんなに懇願しても許してもらえなかかったんだぞ。そ~れっ」


太刀にそのまま体重を預け太ももの半分を骨ごと斬った。


「あ! すまん。こりゃぁ死んじまうな。おい、聞こえているか? このままいくと血が無くなって死んじまうぞ~」


倒れ伏す頼嗣の耳元へ背後から大声を浴びせ、続ける。


「この巫女様ならお前を助ける技をお持ちだ。よ~く、お願いするのだな。ほら、頼め」


吉右衛門は背中で様子を見ていた霞を手で押して頼嗣の前へと誘った。霞の顔色が良くない。やはり、周りは血の海で死体と生首が転がって下手をするとこちらを睨んでいるように見えなくも無い。そこに経験のない娘が入れば当然の事と言える。


「……巫女様、どうか、どうかお助けください。私には源氏再興という使命がございます。それを果たさなければ死ぬことは出来ません。死ぬことだけは……」


「ん~どういたします? 巫女様? あ~はい。そこまで言うのなら……助けてもよいと。なんと慈悲深い」


吉右衛門が霞の口元に耳を置いてしゃべっている。


「よくわかったか? 頼嗣。もうしないと誓えるか?」


「はい、天地神明に誓って……」


「そうか、わかった。巫女様にお願いいたせ」


頼嗣を促す。


「巫女様、この頼嗣。天地神明に誓って以降の人生であのようなおぞましい事は致しません。ですからどうかどうかご慈悲を……お願いいたします」


吉右衛門が半笑いになる。


「ば~か! 巫女にそんな能力はね~よ。くされ外道、そうやって娘たちは罪も無いのに謝って死んでいったんだよ。お前が実行しなくても、お前の崇高な源氏再興とやらの目的の為にな!! 子分どもを動かしていたんならお前が罪を償え。あの世で娘達に詫びるんだな!」


……畳には追加でもう二つ、頼嗣と偽頼嗣の首が転がっていた……


吉右衛門に抱きついている霞が涙を浮かべながら顔を見上げ、


「ありがとう」


一言絞り出すように言うのが精いっぱいだった。

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