漆場 三

「は! そんなもんやろうな」


「靜華!」


吉右衛門が振り返ると今まで動かなった靜華が手を振りながら歩み寄ってくる。


「こん虫けらは、ウチの力を見て出来る様なつもりになっておったんよ。実際、人を止めることぐらいまでは出来たみたいやけどな。でも、なぁ。それを本家のウチにやって“どうやぁ。”言ははってもなぁ。やられたふりや。どんなもんやったぁ? ウチの演技は?」


「いや、でもお前も実際動いていなかっただろう?」


「あ~。それな」


と言うと胸で組んでいた両腕を広げ天を仰ぎ始めた。靜華の身体から金色の微粒子が生じ天へと舞い上がって行った。


「ウチの妹やねん。何年か前にこの虫けらを退治に降天したんよ。でもな、寸でのところであの虫屑に取り込まれてしもうた。命乞いしていたのを見て一瞬迷ったみたいやな。優しい妹やったからなぁ。経験もそれほどなかったしな。そやから、ウチが奴ん取りこまれて、妹をさがしてたんよ。同化してなかっただけでもえらいわ。さすがウチの妹や」


天を仰いで言葉を継いでいた。


「……ふぅ……」


靜華が一つ大きく深呼吸して吉右衛門をまっすぐに見ている。


「吉右衛門? あんな。ウチがここに来た理由はこいつを退治するためやねん。ウチがな、“やってやる”って勢いよく飛び出して来たんや。仇討や。あんな奴、敵じゃないしな」


吉右衛門をまっすぐに見る靜華が少し俯いて、表情を笑顔に戻して話す。


「随分と余計な事して目的外の事してもうた。そやかてな、楽しかったんや。毎日、あんたと一緒やったからな。あっという間やったぁ。本当はあかんのや。そんな事していては。竜神様が来はったんもその催促やねん。“いつまであの男に時間を使ってる。”ってな。吉右衛門……ウチなこいつを退治したら帰れへんといけへんのや。そやさかい、今までグズグズしとったんやけどな」


「帰るって……何処に? ……いや、言うな! 言わないでくれ。それなら、帰らなくていい方法はないのか?」


「そうやなぁ……あの姉さんも月に帰るとか言って嘘ついて戻って気はったしなぁ。海水浴に行った姉さんも何やかんやで帰って来はったし……難しいのか、しらんなぁ……ウチはどうなんやろ?  自信はあんのんやけど……難儀やなぁ……」


静華が質問と違う方向で悩んでいるような気がした吉右衛門は、


「いや、そうじゃなくて。帰らなくてすむ方法な」


「あ! そうやったな。帰らん方法はなぁ……あらへんわけでは、おへんけんどなぁ……まぁ、あんた次第やなぁ……あんたがウチにはっきり伝えてくれはったら……」


と言って靜華の微笑みが少し陰っている。


「あ!」


吉右衛門の顔を見ていた静華の視線がわずかだが逸れた。静華は吉右衛門の後ろでわずかに動く影に気づいたのだ。


---瞬間、靜華が吉右衛門の身体を抱き寄せると、今までの立ち位置と入れ替わり、


「グッ」


低く唸った。


「油断したらいけないのう。まだまだこのぐらいでは終われんぞぅ」


吉右衛門は息をのんだ。胸に抱き着いている靜華の後ろに行徳の上半身が張り付いていたからだ。

靜華が吉右衛門を弱々しく見上げている。


靜華には行徳が吉右衛門めがけて飛び掛かってくるのが見えていた。

切断された右腕が黒い刃となって襲い掛かってくる瞬間が見えていたのだ。


吉右衛門めがけていたので、靜華には瞬間で止めることが出来なかった。

咄嗟だ。

何も顧みる事は無かった。吉右衛門と襲い掛かる行徳との間に割って入ったのだ。


「ひひひ。思わぬ収穫だ。巫女を先に仕留めたわ。次はお前だ」


靜華の背中で吉右衛門を見上げ次の動きに移ろうとする行徳は、これで、勝ったと思っている。一番の難敵の靜華が思いもかけず先に仕留められたから。後はどうやっても負けるはずがない。靜華の力を使えばいいのだから……


「吉右衛門、動き止めたで。はよぅ……」


胸にしがみ付く靜華の背中に行徳が張り付くように固まっている。


「何で? 身体が動かないんだ?」


「ウチが自分の身体の動きを止めたんや」


「それで、何で儂の身体まで……」


「あんた、今、ウチの身体と繋がってるやろ? そのぶっさいくな刀で。だからな、あんたの身体を止めてるわけじゃあらへんのや。あんた、さっきウチの技は効かないって言っとたやろ? 確かにあんただけを止めるのは出来ひんのかもしれんがな、これならどうや? ウチの身体を止めれば当然あんたの身体も止まるやろ? 見様見真似ではそれが限界やな。本当の使い方がわかってへんやろ? そんなけったいな恰好が最後とは精の最後にはお似合いやな」


「くそっ、この程度で儂を止められるとでも思うのか!!」


行徳の身体から黒い霧の様な微粒子が生じ始めた。


「ふざけるな!」


吉右衛門は即座に行徳に斬りかかる。

大きく目を見開き何か言おうとしていた行徳の首に太刀を刺し一気に切断した。


一瞬でケリはついた。


地面に転がる行徳の首を吉右衛門はさらに太刀で串刺しにした。

串刺しにされた頭と転がっている身体は黒い微粒子に変化して周囲の地面に沈み込んでいく。

地虫と同レベルに分解された行徳の黒い微粒子は四散霧消した。

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