陸場 五

 夜明けとともに出発した二人が、京と丹後の国境の山間部に達した時それは現れた。靜華は既にその者たちの動きに気付いて吉右衛門には報告している。


「やっぱり現れよったなぁ。5人やよ。意外とすくないなぁ。なんかな、影の軍団とかに似てるんよ反応が。影の軍団におうてなかったらわからんかったわ。変な感じがするから気ぃつけてぇな」


以前、静華たちが馬場頼種の軍勢に包囲された時、突如現れ頼種勢をせん滅し忽然と消えた影の軍団と名乗る者たち。静華に言わせると通常の人間の反応とは違っていたという。


「あぁ、わかった。こうも簡単に乗ってくるとはな」


「吉右衛門。ウチなちょっと気になる奴をさっきから一人? 捉えとるんよ。この先はあんただけで大丈夫やろ? ウチはそっちに行くわ。でもな、安心しなはれ、ウチはいっつも一緒やよ」


と言うと靜華は別の小路へと歩を進めていった。時々振り返りながら手を振っている。この光景だけ見れば幸せな光景にしか見えない。


靜華はこの間の頼種の軍勢の時と同じ霧の中のような反応を見つけていた。そこには何かがいるはずだと確信しながら、後ろの吉右衛門が見えなくなるまで手を振り続けた。


「ああ、お待ちしておりました。大滝殿」


道を抜けた草原に五騎の武者が吉右衛門を待ち構えていた。


「あのなぁ。おれはお前らなんぞ全く知らないんだが」


「これは、失礼いたしました。私は佐伯唯道と申します。私共は行徳様をお守りする為にのみ存在している者です。以降、お見知り置きを。と言ってもこれで、あなたは終わりなのですがね」


男たちは大鎧を着て騎乗している。その大鎧もまがまがしく黒に金色の刺繍が入っている。武装は薙刀と弓だ。既にそのほかの四人は弓で狙いをつけている。


「我らは行徳様にお力を分けていただいております。それゆえ、人ざらなるものになってしまいましだが」


そう言うと大鎧の隙間から黒い霧が生じている。目の前で話をしていた佐伯が腕をすっと上げた。


鋭く空気を引き裂く音が聞こえる。


黒い霧を纏った矢が一本、吉右衛門に向け放たれた。


金属と金属が激しく刹那的に触れ合った音が周囲に響く


かろうじて太刀で交わしたが速度が尋常でない速さだ。吉右衛門もかろうじて掃える速さである。


「一本は避けられるのですね。それでは二本同時は如何でしょう?」


再度、手を上げる男。


再び鋭く空気を引き裂く音が聞こえる。


寸分違わず同じタイミングで弓が放たれた。


鈍く、くぐもった音が二度、ほんの僅かな時差を置いて聞こえてくる。


地面に刺さる弓矢が二本。


「……何処に消えた?」


「お前馬鹿なんじゃないのか? 何でおとなしく的にならなければならない?それに何で悪党ってのは、すかした丁寧語使う奴が多いんだ?」


吉右衛門ははるか後方へと移動していた。


「やれ!!」


騎乗で指示を出している佐伯が攻撃の合図を出すや、後方の四騎はそれぞれに散開し吉右衛門を包囲しようと試みる。


『囲む気か。ならば、あいつから』


右から先行してくる騎兵に的を絞り、打ち込みをかける。馬の前方から跳躍後、武者の喉元に狙いをつけ太刀を一気に突きにかかった。


決まるはずだった。


的とした騎兵は弓を持っていた。間合いに入ってしまえば容易く葬れるはずだったが、そいつはいつの間にか、弓を収め吉右衛門の突きを太刀を抜いてかわしてきた。


『刀? かわすのか……』


その間、周りの騎兵から弓が射かけられるが、それを払いながら後退する。


「どうしました? まだ、何もしていませんよ」


佐伯が黒い霧を纏い煽りを入れてくる。


「気持ち悪いんだよ。口から黒いもわもわ出てるぞ」


その間にも最初の一人を仕損じたために敵の思惑通りに周囲を円形に囲まれ弓で狙われている。


『まずいな』


吉右衛門の経験から勝率が下がる態勢になりつつあることを認識し、自然に出てきた思いだ。


「そうですよね? まずいですよね? どうしましょう」


先ほどの馬上への攻撃を刀でかわされた。そして、今のやり取り。吉右衛門の中で、ある答えに行きついた。


「……俺の心を読んでいる?」


「そうですよ。どちらが馬鹿なのか。今頃気付くなんて。ですから、あなたの攻撃などはお見通しなのですよ」


「そうかぁ。そうなのかぁ~。それじゃ、当たらねぇわけだよな。お前らずるいぞ!!」


吉右衛門はにやけてみせた。

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