エピローグ

 グリステートに戻った翌日、モーゼスさんの遺品の整理を行った。

 昨日の午後にドワーフの鍛冶師グスタフさんたちも戻っており、親しい人が揃っている。


 スタンピード発生の前から準備されていたのか、金庫から遺書が見つかった。そこには財産の分与や葬儀の方法などが書かれており、アーヴィングさんは呆れていた。


「用意周到というか、残された方がこんなに楽をできるなんて滅多にないよ」


 遺産を渡す相手だが、この世界にモーゼスさんの家族はおらず、アーヴィングさんとグスタフさん、ローザ、そして僕が指名されていた。


 現金については僕とローザが受取人となっていた。それ以外については遺書に詳しく書かれていた。


 アーヴィングさんとグスタフさんには貯めこまれていた酒が贈られた。二人は酒が入った収納袋マジックバッグの中を見て驚く。


「ハイランドのウイスキーにトーレスのブランデーとワイン、それにマシアのサケもある。どれだけ貯め込んでいたんだ」


 そして、その中に入っていた手紙を読み、グスタフさんが思わず涙ぐむ。


「うぅ……儂らと一緒に飲むために見つけるたびに買ったものだそうじゃ。これを飲み切るくらいは生きているつもりだったと書かれておる……ならば、生きて戻ってこい……」


 モーゼスさん自体はそれほどお酒に強くないが、それでもみんなでお酒を飲む雰囲気が好きだと言っていた。


 ローザにはタブレットとスマートフォン、そして充電器が贈られる。


「某がいつも見ていたからだな……」と言いながら、愛おしそうにタブレットを触った後、起動した。


 そして、僕には魔銃に関する資料一式と新たな銃のパーツだ。更に僕宛ての手紙が入っていた。


『これを読んでいるということは、私はこの世界にいないということなのだろうな……一度、この書き出しで手紙を書いてみたかった……』


 相変わらず茶目っ気のある人だと思わず笑みがこぼれる。


『……一緒にある魔銃についてはライル君に任せるが、できればこの世界に魔銃は広めないでほしい。私は自衛のために銃を作ったが、これが更に発達すると人類に大いなる災いをもたらすためだ。これは私のいた世界の歴史が証明している……』


 モーゼスさんのいた世界では銃を含む武器の急速な発達により、戦いのやり方が大きく変化した。特に変わったのは戦死者の数だそうだ。銃だけではないが、一日に数万人も死傷者が出るような戦いになったらしい。


『……今ある魔銃ならまだ魔力結晶マナクリスタルのコストが掛かり過ぎ、一般的なものにはならないだろう。だが、君が使う銃は低コストだ。今は才能が必須だが、人は必要になれば、新たな方法を簡単に編み出してしまう。だから、この技術は破棄し、これ以上の発達を防いでほしいのだ……』


 その次にどうして自分で処分しなかったのかが書かれていた。


『……自分で処分するということも考えた。しかし、これはこの世界の人が決めることだと思い直した。だから、君に委ねる。君が魔物との戦いに必要だと思えば、この技術を広めてもいい。君ならこの世界にとって最善の方法を考えてくれると信じているから……』


 僕に選べということらしい。

 魔銃は便利な武器だ。発射筒ランチャーはあのノーライフキングにもダメージを負わせることができたし、更に発達させれば、セブンワイズが脅威に思っている豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスターにすら有効なものになるかもしれない。


 そう考えると、安易に消し去っていいのかと思わないでもない。

 しかし、僕はこの資料をこの世界から消すと決めている。もし万が一、災厄竜が復活し、人々を皆殺しにしたとしても、それはこの世界のことわりの内だ。別の世界の武器で世界の理を変えていいとは思わない。

 第一、モーゼスさんは資料の破棄を求めていた。命の恩人の遺志はできる限り尊重したい。


 外に出て資料を火属性魔術で一気に焼き払った。細かな灰が風に乗って舞い上がっていった。


 工房の中に戻ると、ローザが涙を流してタブレットを見ていた。


「モーゼス殿が某とライル殿にメッセージを残していたのだ。これを見てほしい」


 そう言って動画のアイコンをクリックした。

 すると少し恥ずかし気な表情をしたモーゼスさんの姿が映し出された。


『ローザ君、ライル君、君たちに最後のメッセージを贈ろうと思う。今の状況がどうなっているのか、私には分からない。セブンワイズの脅威が去ったのか、それともまだなのか。そのことについては君たち自身が解決するだろうからあまり心配はしていない。しかし、ライル君については不安がある……』


「僕についての不安?」と思わず呟いた。


『……君はセブンワイズによって生み出された。私の魔法陣の理論を使って……私も詳しいことは分かっていない。しかし、君が人為的に作られた存在だということは紛れもない事実だ。こんな衝撃的な事実をこのような形で伝えることを申し訳なく思う……』


 そこで画面の中のモーゼスさんは大きく頭を下げた。

 既に知っていることだが、もし知らなかったら強いショックを受けただろう。


『……この事実が知られれば、セブンワイズのみならず、様々な勢力から干渉があるはずだ。軍事大国のアレミア帝国。それと紛争を起こしている第2位の国家、ヴィーニア王国。そして、ストラス山脈にいる魔人族。魔人族は正直よく分からないが、帝国は獣人や鬼人たちに手を焼いているから、人為的にヒュームが強化できるとなれば、何としてでもこの技術を手に入れようとするだろう……』


 アレミア帝国は大陸中央部の大国だ。モーゼスさんの言う通り、獣人族や鬼人族の反乱に手を焼き、内乱が何度も起きている。


『……西のトーレス王国か、ハイランド連合王国に向かうことを考えてほしい。これらの国ならセブンワイズも手を出しにくいし、帝国の目も向いていないから発覚しにくいと思う。第一、外国に行くことはよい経験になる。私のように別の世界というわけにはいかないがね……』


 トーレス王国とハイランド連合王国はここから直線で4000キロほど離れており、セブンワイズが健在でも手を出しにくいというのは理解できる。


『君たちにとって何が一番いいのか、皆と相談してほしい。その相談に加われないことが心残りだ……では、君たちの人生に幸多からんことを』


 モーゼスさんは僕のことをここまで想ってくれていたのだと自然と涙が零れる。


 そこで動画が終わったと思ったが、まだ少しだけ残っていた。ローザもこの先は見ていなかったようで、「先があるのか」と驚いている。


『一つ言い忘れた。二人の間にもし子供ができたら、スマホの中の動画を見せてやってほしい。パパとママの青春の一幕が入っているから』


 そう言ってニヤリと笑ったところで動画が終わった。


「スマホの動画って?」と聞くと、


「ま、待て。すぐに再生する」と言って操作し始める。


「あ、こ、これは……」とローザの顔が赤くなる。


 彼女の手元を見ると、そこには僕たちが仲良くタブレットを見ている後ろ姿が映し出されていた。

 いつ撮られたのか、僕もローザも全く気づいていなかった。


 動画を見ていくが、食事や鍛錬など、何気ない日常の風景だった。しかし、魔銃を使い始めた頃の幸せな日々で、モーゼスさんがどうして残していたのか何となく理由が分かる。


「最後まで優しい人だったね」というと、ローザは静かに頷いた。



 遺品を整理した翌日、僕たちはモーゼスさんの葬儀を行った。


 葬儀自体は墓地に遺体を埋葬する際に神に祈りを捧げるだけで、簡素なものだ。

 これはモーゼスさんの遺書にあったためで、普段は祈りを捧げる神官も呼んでいない。ただ、何も言葉を掛けないのも寂しいので、モーゼスさんの世界に一番詳しいローザが言葉を捧げることになった。


「モーゼス殿、あなたと暮らした日々は某にとって何物にも代えがたいものだった……ライル殿や某がここに居られるのはあなたの献身によるもの。あなたの神の御許に無事辿りつけますように……」


 全員がそこで黙祷を捧げた。


 葬儀が終わり、死者を送る宴を行った。

 これはここグリステートの流儀だ。探索者シーカー魔物狩人ハンターが命を落とした際、いつも通り陽気に送り出すためだそうだ。


 そうは言っても故人との日々を懐かしみながらなので、いつも通りとはいかず、しんみりとした感じだ。

 特に長い付き合いのアーヴィングさんやグスタフさんはいつもの場所にモーゼスさんがいないことがどうしても受け入れられないようだ。


「そう遠くない時期にこういう日が来るのは分かっていたんだけどね。突然やってくると戸惑うものだね」


 遺品にあった日本酒サケが入ったグラスを持ったアーヴィングさんがそういうと、同じく遺品のウイスキーが入ったグラスを持つグスタフさんが大きく頷く。


「そうじゃな。友を送るというのはいつでも辛いものじゃ」


 いつもは陽気なラングレーさんたちも今日は静かに飲んでいる。

 1時間ほど経った頃、アーヴィングさんが僕に話しかけてきた。


「これからどうするつもりだい? 一応目的は果たしたんだろ」


「確かに魔術が使えるようになりましたが、まだ何も考えていないんです」


 僕がここに来た目的はレベルを上げ、魔術放出量を上げるというものだった。その目的は達したので、ここにいる必要はない。それにモーゼスさんの警告のこともある。


「そうか。まあ、ゆっくり考えたらいいさ。君の人生は長いんだから」


「そうですね」と答えるが、ローザとは昨夜話し合ったが、まだ結論は出ていない。


「今は飲もう、ライル殿!」とローザが陽気な声とともにジョッキを掲げる。


「そうだね。今は楽しまないとモーゼスさんに叱られてしまうから」


 そう言って僕も持っていたジョッキを彼女のジョッキに軽く当てた。

 何となく、モーゼスさんが微笑んだ気がした。


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