第三十七話「予感」

 4月19日。

 5日間連続で迷宮に入っていたため、今日は入らず休養日に当てる予定だ。

 ちょうど100階層に到達したこともあるが、僕のM4カービンのアダマンタイト製の銃身バレルが完成したためだ。


 それ以外でも迷宮に入るのをやめた理由がある。

 それは迷宮の様子がおかしいことだ。


 最近になって迷宮に入り始めた僕たちはあまり気にならなかったが、噂通り魔物の数は増えているらしく、シーカーたちに被害が出始めていた。


 それも経験の浅いレベル100以下の青銅級ブロンズランク白銀シルバーランクだけでなく、ベテランと呼ばれるレベル200を超える白金級プラチナランクからもいつもより多くの未帰還者を出しており、迷宮管理事務所では注意を促している。


 ただ、特殊な個体が現れたという情報はなく、危機感を持つシーカーは少ない。

 そんな中、最上級ブラックランクのラングレーさんたちは危機感を持っていた。


「やばい感じがする。ここ数日はあまり深いところに行かない方がいい」


「私もそう思うわ。何がとははっきり言えないのだけど」


 ラングレーさんとディアナさんという200年以上シーカーをやっている人が言っているので、僕たちはその言葉に従った。

 僕たちは迷宮に入らないが、ラングレーさんたちは今日も迷宮に入っている。理由は迷宮管理事務所に400階層付近でスタンピードの兆候がないか、調査を依頼されているためだ。


 危険な依頼だが、ラングレーは仕方なく受けたそうだ。


「俺たちくらいしかできないしな。それに、もし兆候が分かったら、モーゼスやグスタフたちが逃げる時間を稼げる。できれば、今のうちにお前たちが町を離れてくれると嬉しいんだが……」


 そう言われるが、この状況で魔物狩人ハンターであり、シーカーである僕たちが逃げ出すわけにはいかない。

 同じことを思ったのか、ローザが答えてくれた。


「危険だから逃げるというわけにはいかぬ。我らはシーカーなのだから」


 ラングレーさんたちが気にしていることは気に掛かるが、迷宮に入り始めたばかりの僕にはそれほど危機感というか、実感はない。

 それよりもM4カービンの性能が上がることの方が気に掛かっているほどだ。


 モーゼスさんの店にドワーフの鍛冶師グスタフさんがやってきた。


「待たせたな」と言って、濃い紫色に輝く銃身を見せる。


「少しだけ重くなったが、耐久性は比較にならんほど上がっておる。銃身自体も薄くしておるし、冷却用のフィンも付けておるから、冷却性能も格段に上がっておるはずじゃ」


 そう言いながらモーゼスさんに銃身を渡す。


「これは素晴らしい出来ですね」と満面の笑みを浮かべ、すぐに工房の奥に入っていった。


「しかし、僕のために使ってもよかったんですかね。元々はローザのためのインゴットだったんですから」


「ローザの安全のためだ。それにラングレーも問題ないと言っておる」


 この話はラングレーさんにもしているが、希少なアダマンタイトを使わせてもらうことに気後れしてしまう。一応これまで貯めたお金から払える分は払っているが、見合っているか自信が全くない。


 20分ほどでモーゼスさんが戻ってきた。その手には新しくなったM4カービンがあった。


「設計通りに作られているから、今までと変わらないはずだよ。念のため、訓練場で確認はするがね」


 その後、町の南にある荒地に向かい、試射を行った。

 重さはほとんど変わらず、使い心地は全く同じだった。


 フルオートで弾倉マガジン3つ分、90発を連続で撃ってみた。

 ハンドガード部分に熱を感じて少し不安になりながら、モーゼスさんに渡す。


「大丈夫そうだ。まあ、このくらい撃ったら冷却の魔法陣を起動した方が無難だろうが、実用上は問題なさそうだよ」


 これで銃身の不安は解消された。


 店に戻ったところで終わりだと思ったが、モーゼスさんからまだ話があった。


「少し待っていてほしい」と言って店の奥に向かう。


 すぐに戻ってくるが、その手には収納袋マジックバッグがあった。

 その中から木製の箱を取り出していく。


「この中に弾丸が入っている」と言いながら、1つの箱を開けた。


 中には先端が白銀色をした弾丸が入っていた。大きさはM82対物アンチマテリアルライフル用の12.7ミリのものだ。


「ミスリルを使った部分被甲パーシャルジャケット弾だ。50発ある。これがあれば、アンデッドなどの物理攻撃に耐性がある魔物とも戦えるはずだ」


 そう言いながら、他の箱も開けていく。M4カービン用の5.56ミリのパーシャルジャケット弾が入っていた。


「5.56ミリは500発ある。この他にミスリルの散弾ペレットを詰めたバードショットも用意した……」


 バードショットは40個の散弾が入ったもので、比較的広範囲に散弾をばら撒けるため、小型で数が多い蜂や蝙蝠などの魔物に対して使うことを想定している。


「……バードショットはコーティングじゃないから数は用意できなかった。実包で20発だけだ」


 バードショットの散弾の重量は40グラムだから、200グラムのミスリルのインゴットから5つしか作れない。ミスリルのインゴットは1つ2万ソル(日本円で約200万円)ほどするから、原料だけで1発4千ソル、20発で8万ソルにもなる。


「こんな高価なものはなかなか使えませんよ」と苦笑するが、


「ラングレーさんたちが嫌な予感がすると言っていたからね。何かが起きた時に使えるように渡しておくよ」


 他にも44マグナム弾のミスリルジャケット弾も20発ほどあった。


「君なら収納魔術アイテムボックスに入れておけるから、常に持ち歩けるだろう」


 僕のアイテムボックスの収納力は一般的な背嚢バックパックほどしかないが、多重発動によって32個もあるため、弾丸のような小さなものならあまり気にせずに放り込んでおくことができる。


「杞憂ならいいんだが、シーカーだけでじゃなく、ハンターにも違和感を抱いているという人が多いんだよ。特にここ半月くらいは」


 僕もその1人だ。

 4月に入ってから何となく今までと違う感じがしていた。ただ、嫌な感じではなかったし、僕の場合、結構な速度でレベルアップしたから、その影響だと思っていた。


「分かりました。いざという時に使わせてもらいます」


 モーゼスさんは銅のインゴットを大量にマジックバッグから出していく。更にミスリルのインゴットも2つ置いた。


「ついでにこれも渡しておくよ。君ならどこでも弾丸を作れるから」


 モーゼスさんの言う通り、土属性魔術が得意な僕はインゴットから弾丸を作ることができる。ミスリルのコーティングもアーヴィングさんに教えてもらっているので、やり方は知っている。


 話が終わったので、ローザと共に町に繰り出したが、彼女もモーゼスさんの対応に何かを疑問を感じていたようだ。


「モーゼス殿は何を焦っておられるのだろうか」


「焦っている?」


「ライル殿が弾丸の予備を大量に保有していることは知っておるはずだ。まあ、ミスリルの弾丸はそれほど有しておらぬが、それでも10や20ではない」


 彼女の言う通り、消費量の多いM4用の5.56ミリはマガジンに装填してあるものを含め、1000発以上持っている。他の銃の弾丸は50発くらいずつしかないが、元々連射するような銃でもないので問題はない。


 ミスリルジャケットの弾丸もマガジン1つ分、30発は常備しているし、ゴーストに対してはミスリルの銃剣ベイオネットで対応することができる。


「そうだね。僕もそのことが気になったんだけど、明確な考えはなさそうな感じだと思ったよ」


 モーゼスさんの気遣いに助けられることになるとは、この時の僕は夢にも思っていなかった。


■■■


 モーゼスに明確な不安があったわけではない。

 この世界に来てから長い付き合いのラングレーとディアナが漠然とした不安を抱いていることを気にしていた。

 他にも気になっていることがあった。


(ライル君がここに来たのは七賢者セブンワイズの指示だ。そのセブンワイズが何もしてこないことが気になる。あのマーカスという若者がここに送り込まれたことにセブンワイズが絡んでいる可能性はあるが、ライル君をこれほど長い間放置しているのはおかしい……)


 セブンワイズは自分たちの目的のためなら、どのような非人道的ことでも平気でやるとモーゼスは考えている。

 セブンワイズが何の目的でライルを自分の下に送り込んだのかは分からないが、何もせずにいることはないと確信していた。


(ライル君のレベルは200を超えた。黒の賢者が示唆したレベルアップという点からも機は熟しつつある。最近では迷宮にも入り始めている。このまま何も起こらないと考える方が不自然だろう……)


 このことは最も親しい友人であるアーヴィングにも伝えていない。言えば、ライルに伝わり、それがきっかけで事態が急速に進展する気がしていたためだ。

 この2年半で、モーゼスにとってライルは孫のような存在になっていた。


(彼が来てくれたことで生きる張り合いができた。私があと何年生きられるかは分からないが、私にできることはやってあげたい……)


 そのため、ラングレーに無理を言ってアダマンタイトを融通してもらって銃身を作り、以前からコツコツ準備していた弾丸を渡した。


 ライルから銃や弾丸の代金を受け取っていたが、それには一切手を付けず、すべてを保管している。更に遺言書を作り、彼に自分の財産のすべてが渡るようにしていた。


(それにしても何が起きるのだろうか。彼に言った通り、杞憂であればよいのだが……)


 モーゼスはタブレットを操作し始めた。

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