第三十六話「初挑戦」

 4月14日の午前7時頃。

 昨日のローザの誕生パーティの酒もきれいに抜け、今日はローザと2人でパーガトリー迷宮に挑戦する。

 と言っても、僕たちに気負いはない。


「今日は極力戦闘をせずに10階層まで到達する。その認識でよいのだな」


「そうだね。出来るだけ早く200階層に到達した方が効率はいいから」


 僕たちのレベルは既に200を超えており、上層階で戦ってもほとんどレベルは上がらない。


それがしもコボルト如きを相手にするつもりはないからその方がよい」とローザも納得している。


 ただし、腰に差した新たな刀、“黒紅くろべに”を絶えず触っていることから、試し切りをしたくて仕方がないという雰囲気は強く感じていた。


 パーガトリー迷宮では1階から50階までがコボルトとその上位種、51階から100階までがゴブリンとその上位種であり、動きは速くない。そのため、僕の探知魔術と転移魔術を使えば、ほとんど戦闘をすることなく、通り抜けられる。


 パーガトリー迷宮に限らず、管理されている迷宮では攻略が終わった階層までの地図は整備されているので、僕のように転移魔術が使えると、壁を無視して最短距離を進むことができる。そのため、本来なら1階層1.5キロメートルほど歩く必要があるが、その半分以下で済ませることが可能だ。


 僕の場合、僅か5メートルという短距離の転移しかできないが、それでも迷宮の壁くらいは十分に通り抜けられる。逆に短距離であるため、消費魔力が少なく、何度も使えるから、最初にきちんとルートを決めておけば、戦闘に支障が出るほどの魔力を使うことはない。


 そのルートも既に何日も前から検討しており、迷宮管理事務所でもらった地図に書き込まれている。


 モーゼスさんとアーヴィングさんに見送られて迷宮管理事務所に向かう。

 管理事務所は迷宮の入口を囲む分厚い壁に隣接し、唯一の出入口になっている。そこで迷宮に入る手続きを行っていく。

 受付はローザの知り合いでもあるマリアさんで、「二人きりで大丈夫?」と心配してくれる関係だ。


「大丈夫だ。それよりも守備隊の連中が気になるのだが」とローザが聞いた。


 守備隊の隊長マーカス・エクレストンは未だに僕を敵視しており、彼女は迷宮内で襲われることを懸念している。

 さすがにそこまではしないだろうと思っているが、心配しすぎというにはいろいろとやられているため、何も言わなかった。


「管理事務所でも気に掛けているわ。今のところ、上層階にベテランが入ったという話は聞いていないわよ」


 迷宮の入口には転移魔法陣があり、そこからどこに向かうか分かるようになっている。また、探索者シーカーが迷宮に入る際にはどの階に向かい、どのくらいで戻ってくるかを事前に申告しておく必要があり、その申告と実際に向かった階に相違がないことも確認される。


 予定の申告を行うのは万が一魔物暴走スタンピードが発生した際に、どれだけのシーカーが迷宮に入っているかを確認し、戦力としてどの程度期待できるかを把握するためだ。


 今日の予定を伝え、持ち込む荷物を確認してもらい、収納袋マジックバッグを受け取ると、準備は完了する。


「準備完了」というと、


「ではライル殿、参ろうか」


「了解」と彼女に答え、マリアさんに「行ってきます」と言ってから、転移魔法陣に向かう。


 転移魔法陣は迷宮の入口にある。入口は洞窟のような形で、扉が付いている。

 1階層に入るので、ここから入れればいいのだが、この扉は内側からしか開けられない。常時開放されるのはスタンピードの時だけで、通常は魔法陣を使って入るしかないのだ。


 転移魔法陣に入ると、半透明の小さな板が目の前に現れ、“行先階を入力してください”という文字が現れ、点滅する。

 更にその横には転移可能な階の数字が浮かんでいた。


 迷宮は一度行ったことがあるところなら行けるが、初めて入る僕たちが行けるのは1階だけなので、“1”という数字だけしかない。

 その数字に触れると、“この階で間違いありませんか はい/いいえ”というメッセージに変わった。

 “はい”のところを触ると、その直後に“ブォン”という音と軽いめまいを感じる。


 僕の目の前にはゴツゴツとした岩肌の洞窟が現れていた。洞窟の幅は5メートルほどでドーム型の天井までの高さも同じくらいある。


「無事に入れたようだな」


「そうだね。じゃあ、行こうか」と言って歩き始めた。


 1階にはコボルトが単体で出てくるだけなので、戦闘を回避する必要はない。そのため、探知魔術は使わず、そのまま進む。


 100メートルほど進んだところでT字路に行き当たる。


「ここから転移するよ」と言って、彼女に近づく。


 通常の転移魔術の場合、術者の身体に触れる必要があるため、彼女の手を握る。

 この方法では僕の魔力放出量では半分の距離、つまり2.5メートルしか転移できないが、壁の厚さは1メートルくらいしかないため、問題はない。

 ちなみに緊急時に使う予定の転移は、多重発動を使って5メートルの距離を確保するつもりでいる。


 転移を行うと同じような洞窟が続いていた。


「敵が近づいてくるな」と言いながら、ローザが黒紅を抜いた。


 僕も銃剣付のM4カービンを構えるが、全く緊張していない。この階層に出てくるコボルトのレベルは1桁であり、まともな訓練を受けていない子供でも倒せるほど弱い。


 特に警戒することなく、歩いていくと、1匹の魔物が現れた。その魔物は二足歩行の犬のような姿で、手には短剣を握っている。

 僕たちを見つけたのか、バタバタという感じで向かってきた。


「普通のコボルトのようだな」


 そう言うと、一瞬で近づき、刀を一閃する。

 コボルトは何もできずに光になって消えていった。そして、カランという音が聞こえ、小さな魔力結晶マナクリスタルが落ちていた。


「コボルトでは切れ味は分からぬか」と呟いている。


 マナクリスタルを拾うと、すぐに移動を再開した。

 2度コボルトと遭遇したが、同じようにローザが一刀の下に斬り捨てている。


 20分ほどで2階に下りる階段室に到着した。

 早朝であったことと、本当の初心者しかいない階層であったことから、ここまで他のシーカーの姿はなかった。


「では、2階に降りるか」と言ってローザが先導する。


 その後も同じように迷宮を進んでいく。ローザがコボルトを斬り捨てるだけで、僕は何もせずについていくだけだ。そのため、攻略という感じは全くない。

 結局、3時間ほど経った午前10時過ぎに、10階の門番ゲートキーパーの部屋の前に到着した。


 ゲートキーパーの部屋の前にも誰もおらず、そのまま扉を開けて中に入っていく。

 部屋は20メートル四方ほどで、壁際に1匹のコボルトが立っていた。そのコボルトは防具を身に着け、今までより強そうな感じがする。


「コボルトウォーリアか」とローザは言い、スタスタと歩いていく。


 コボルトウォーリアもこちらに気づき、剣を構えて突っ込んできた。

 しかし、彼女に近づいた瞬間、今までの同族たちと同じように一刀の下に斬り捨てられる。


 コボルトウォーリアが消えた後にはマナクリスタルと粗末な短剣が残されていた。


「分かっていたことだが、張り合いは全くないな」


「まあ、100階まではこんな感じになるからね」


「まだ時間があるが、このまま続けてもよいのではないか?」


 予定では10階層で一旦外に出ることにしていたためだ。


「一旦外に出よう。無理をしている感じはないけど、勢いで計画を変更するのは危険な感じがするから」


「うむ。ライル殿がそう言うのであれば、致し方ない」と諦めてくれた。


 迷宮の入口に戻り、手続きを行うが、マリアさんが「もう10階まで攻略したの!」と驚いていた。


 その後、昼食を摂った後にもう一度迷宮に入り、20階に進んだ。


 4月18日。

 僕たちは無事に100階の守護者であるゴブリンキングと上位種を撃破した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る