第二十九話「黒の賢者」

 私が七賢者セブンワイズの一員になったのは100年ほど前。

 先代の黒の賢者は優秀な魔術師であったが、普人族ヒュームの宿命、寿命に抗しえず600歳を前にして老衰で死に、その跡を継いだ。


 ヒュームの寿命は一般的に100年以下と言われているが、我らのように高位の魔術師は魔力を使うことで寿命を延ばすことが可能だ。


 現在の最年長、セブンワイズの長である灰の賢者はヒュームでありながらも600歳に手が届くと噂されている。

 かく言う私も、七人の中で最も新参者だが、520もの齢を重ね、レベル600を超えた。


 “黒の賢者”は闇属性を極めた者に与えられる称号だ。

 精神系の操作に関しては、人族で最も優れた使い手であり、人体への魔力注入による影響に関する研究においては右に出る者はいないと自負している。


 唯一、時空魔術の使い手、灰の賢者が魔法陣の研究において私より僅かだが先んじているが、我らセブンワイズの悲願、上位種族の復活という研究では私に並ぶ者はいない。


 我らが上位種族復活を目指す理由は、いつ復活するか分からない“豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスター”から人類を守るためだ。

 災厄竜のレベルは1000を超えていると文献にあり、それに対抗するためには少なくともレベル900を超えた存在が複数必要になる。


 しかし、我らヒュームには種族的な限界があった。

 何もしなければ、レベル500で頭打ちになり、我らのように強制的に魔力を注入するなどの人為的な処置を施したとしても、レベル700を超えた者は未だ現れていない。


 レベルの上限がないと言われる魔人族デーモロイド竜人族ドラゴニュートと共闘するという選択肢もないわけではないが、魔人族は災厄竜により全滅させられ、生き残りも彼の存在を恐れ、戦うどころか、どう身を隠すかを考える者しかいない。


 竜人族は始祖竜オリジンドラゴンである災厄竜を崇めており、災厄竜が復活し、再び我らに牙を剥いたとしても、手を取り合うことはないだろう。


 ヒュームの上位種族である神人族ハイヒュームは魔人族や竜人族に匹敵する能力を持ち、更に森人族エルフの上位種族である神森人族ハイエルフに比べ、出生率が圧倒的に高い。


 我々がハイヒュームの復活を目指すのはこれが理由なのだ。

 もちろん、ハイヒュームで成功すれば、ハイエルフ、古小人族エルダードワーフも復活させ、神話の時代に存在したような武具を作成させることも計画されている。

 いずれにせよ、最も可能性が高いハイヒュームの復活こそがカギとなるのだ。


 その研究も1人の流れ人によって大きく前進している。

 その流れ人モーゼス・ブラウニングが考え出した“多層魔法陣理論”は非常に優れたものだ。

 多層魔法陣理論により、それまで不可能だった緻密な魔力制御が魔法陣でも可能になる。

 この理論の素晴らしい点は緻密な制御以外にもあった。


 一般に術者による魔術の発動では個人差が出る。

 また、同一の術者であっても日によって微妙な違いが生まれるが、魔法陣による発動ではその差が生まれない。つまり、術者による揺らぎがなく、実験データを採取するには最適なのだ。


 更に私の研究、人体への魔力注入によるハイヒュームの人工的な進化でも非常に役に立つ。

 それまで魔法陣による魔術の発動は人が行使する魔術に比べ、安定しているが緻密さに欠けていた。その欠点を克服し、精密かつ安定的な魔力注入が可能になったのだ。


 私は人体への魔力の注入を魔法陣によるものに切り替えることを提案した。

 この提案に対し、セブンワイズの中にも反対の声があったが、灰の賢者が全面的に賛同したことから承認された。


 ブラウニングを研究に引き込み、更なる高度化を図った。

 途中でブラウニングが研究に反対し、研究所から出ていったが、その頃には実験は順調に進んでおり、ブラウニングの手を借りる必要はなかった。処分しても良かったが、何かの時に使える可能性があることから不問に付している。


 10年近い年月を掛け、データを蓄積しながら実験を続けた。その結果、非常に可能性が高い個体が生まれた。

 その個体に付けられた名はライル・ブラッドレイ。


 話は変わるが、魔導伯家は優秀な魔術師を生み出すために創設された爵位だ。そのため、魔導伯家の者の婚姻には我らセブンワイズの意向が強く反映されている。


 しかし、何百年経ってもヒュームとしては優秀な魔術師という程度で、我らを超えるような存在が生まれることはなかった。


 そこで、我が研究の実験体として使うことが承認された。それがライルの母親であるマーガレットだ。


 彼女が妊娠した際、検査と称して魔法陣を描き込んだ。目立たない色で背中側に描いたため、誰にも気づかれることはなかった。


 その魔法陣を用い、胎児であったライルに7つの属性の魔力を絶えず注入した。その結果、ライルは7つの属性を持つに至り、更に彼がハイヒュームに匹敵する魔力を保有できることも分かった。


 実験は大成功だと思われた。しかし、その後、全く同じ処置を行ったが、ほとんどが多少魔術の才能がある程度で、成功例とはみなされなかった。

 結局、彼の事例は偶然の賜物ではないかと言われる始末だ。


 不本意ではあるが、データがそれを物語っている以上、その言葉を認めざるを得ない。

 しかし、偶然であっても今まで成しえなかったハイヒュームに最も近い者を人工的に作り上げたことは事実だ。どのような条件で成功に導けるのか、彼の子供を使って実験する計画を立てている。


 彼が12歳になった時、魔力放出量が致命的に少ないという事実が判明した。この事実に私は大いに失望し、彼を処分することすら頭に浮かんだほどだ。


 しかし、すぐに考え直した。失敗作であってもそれを糧に研究を進めるべきだと。

 少なくとも全属性を有することまではできたのだ。その方法を確立するためにも彼の存在は必要だ。更に言えば、魔力放出量を上げる方法を見つけられれば、問題は解決する。


 そこで私はライルに接触し、努力することを勧めた。更に学院の教師を使い、補助スキルを習得させた。


 そして、彼に逆境を与えた。

 ブラッドレイ魔導伯家の当主の妻の精神に干渉し、ライルを追い出すように仕向けた。また、学院の同級生にも同じように暗示をかけ、精神的に追い詰めるように指示した。これによって彼が発奮し、何としてでも成長して見返してやるという気概を持たせるためだ。


 正直なところ、この策は薄氷を踏む思いだった。

 何度も心が折れそうになっており、その都度、私の息が掛かった者が激励し、潰れないように配慮している。

 必ずしも成功したとは言えないが、少なくとも精神的には強くなった。


 この他にも武術の師範に対し、でたらめな方法で教えるように精神魔術を施した。彼がハイヒュームと同じ才能を持つなら、武術の才も持っている可能性が高く、ほどほどの成果を上げることは難しくないためだ。


 魔術も使えず、武術も才能がないという状況を作り出し、“魔銃”という存在をちらつかせた。そして、天眼ヘブンズアイの者を使い、ブラウニングと引き合わせる。

 これが私の策のカギとなるものだ。


 ブラウニングはある種の天才だ。ライルの弱点を補う魔導具を作り出すことは容易に想像できる。


 難しい面もあったが、ここまではほぼ私の計画通りだ。

 ただ誤算がなかったわけではない。

 一番の誤算は竜人たちが関与したことだ。


 竜人族と我々セブンワイズは必ずしも敵対しているわけではない。そもそも竜人たちは我々の目的を知らない。

 しかし、今回関与している竜人は別だ。40年ほど前、竜人を使った実験を計画した際、その実験体を救出しようと我々の研究所に潜入した竜人だからだ。


 ブラウニングもそうだが、その竜人ラングレー・ウイングフィールドとディアナ・ウイングフィールドは我々のことを毛嫌いしており、ライルに悪影響を及ぼす恐れがあった。


 レベル420程度の探索者シーカーを排除することは容易い。しかし、運が悪いことにライルが竜人の娘に恋心を抱いているという報告を受けた。

 下手な手を打って彼の心が我らから離れることは本意ではない。


 この事態に対処するため、ある策を実行することにした。

 それは魔導学院時代に嫌がらせをさせたエクレストン家の嫡男を使うことだ。ちょうど学院を卒業するところで、手駒として使うにはタイミングが良かった。


 そやつをグリステートに送り込み、ライルに危機感を与えようとした。

 しかし、エクレストンの小僧は私の想像を超える無能だった。

 竜人たちに邪魔されたとはいえ、肉体的な苦痛を与えるだけで危機感を煽ることに失敗したのだ。


 エクレストンの無能さに気づかなかった私のミスだが、そこで考え方を改めた。

 私の目的はライルがハイヒュームに進化できるかを確認することだ。そのためには彼が力を手に入れる必要がある。

 その目的に竜人の娘が使えるのではないか。


 情報では娘と共に迷宮に入るつもりでいるらしい。それも二人だけで。

 その娘を守るために強くなろうと努力することは、私の目的にも合致する。ならば、このまま放置しても問題ない。

 そのため、エクレストンにこれ以上の干渉をやめるように命じた。


 問題はこのままでは幸せな時を過ごせば、闘争心が弱まり、結果として力への渇望が弱まる可能性がある。

 私はある大掛かりな策を実行することにした。


 本来なら他の六人の賢者の了承がいる案件だが、独断で実行を決めた。

 灰の賢者はともかく、白の賢者や元素系の四色の賢者どもは頭が固い。危険を伴うと反対するだろうし、説得するのに十年単位で時間が掛かる。しかし、それでは間に合わないのだ。


 私は配下の魔術師を招集し、グリステートの町の周囲に魔法陣を描くよう命じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る