第二十五話「嫌がらせ」

 マーカス・エクレストンがこの町にやってきてから1ヶ月が過ぎた。

 未だに嫌がらせは続いており、正直辟易している。


 僕は学院時代に3年間我慢していたのでまだ耐えられた。しかし、毎日それを見ているローザは何度も暴発しそうになっており、こちらの方が冷や冷やしている。


 その日はローザを含む、ウイングフィールド家の人たちとレストランに行ったのだが、僕が入ろうとすると、店の人が「申し訳ないがお断りさせてもらいます」と言いながら店の奥に視線を送る。

 その先にはマーカスの取り巻きの騎士がおり、こちらをニヤニヤと見ていた。


「このような理不尽な行いを許すことはできぬ! 貴族であろうが王国軍の長であろうが正義にもとる行いに鉄槌を加えねば気が収まらぬ!」


「実力もないガキが舐めたことをしてくれる! 権力でどうにかできると思うなよ……」


 父親であるラングレーさんはローザと一緒に憤っており、止めるどころか一緒になって殴り込みに行きそうな勢いだ。


「あなたが暴発してどうするの」とディアナさんがラングレーさんを止めたが、


「でも、そのマーカスって子はお馬鹿ね。この町で探索者シーカー魔物狩人ハンターを敵に回してどうするつもりなのかしら? 何かあった時のために良好な関係を築くというのが常識なのにね」


 ディアナさんも相当怒っているようだ。口調こそいつも通りだが、目は笑っていなかった。


 ディアナさんの言うことはもっともなことだ。

 守備隊の兵士の数は僅か150人ほどだ。

 魔物暴走スタンピードが発生した場合、兵士だけでは当然対応できないため、シーカーとハンターが召集され、魔物の流出に対応する。


 シーカーたちは守備隊の指揮下に入るが、その隊長に対して不信感を持っていれば、作戦の成功はおぼつかない。


 魔物を食い止められなければ、その責任は迷宮管理事務所と守備隊が負うことになる。

 もし、職務怠慢で市民に被害が出れば、隊長であるマーカスは処刑されるだろう。市民に被害が出るような事態なら、守備隊は全滅しているのでマーカス自身も死んでいるから関係ないと考えているかもしれないが。


「それにしても変ね。今までの隊長はベテランばかりだったのに、王国の方針が変わったのかしら? 確かにスタンピードが発生する可能性は低いけど、あんな子供に任せるのは不自然すぎるわ」


 それは僕も思ったことだ。

 僕が知っている範囲の話だが、学院の首席であっても通常なら半年以上の訓練を経て、ようやく小隊長補佐になれるくらいだ。それも王都に近い比較的安全な部隊で、間違っても王国の命運を握るような迷宮都市の守備隊に回されることはない。


 守備隊の兵士もシーカーたちとの関係が悪化していることに、不満と不安を感じているようで、マーカスは守備隊の中で浮いた存在になっているらしい。


「迷宮管理事務所には抗議しておくわ。これで何とかなるのでしょうけど、すぐにいなくなるわけじゃないから、それまでは鬱陶しいわね」


 迷宮管理事務所は王国の出先機関で、守備隊に対しても一定の権限を持っている。また、ディアナさんやラングレーさんのように貴重な最上級ブラックランクシーカーは優遇されており、管理事務所としても無碍にはできない。

 下手に機嫌を損ねられれば、別の国に行ってしまうからだ。


 その日は別の店にいき、楽しく食事をしたが、翌日もマーカスの嫌がらせが止むことはなかった。


 僕のところに守備隊の騎士が来て、「スタンピード対応訓練に参加するように」と命じた。その手には正式な命令書があり、行かざるを得ない。

 通常、ハンターは守備隊の指揮下にないが、スタンピード対応のための訓練という名目であれば、断ることができないのだ。


 守備隊の兵舎は迷宮管理事務所のすぐ南側にあり、屋内訓練場も併設されている。訓練場は15メートル四方くらいの広さがあり、そこには30人ほどの兵士が並んでいた。

 その兵士たちの前にマーカスがおり、


「若手のホープの実力とやらを見せてもらおうか」といい、後ろにいる兵士たちを見る。


「ここにいる兵士たちと模擬戦をやってもらう。もちろん魔術を使ってくれても構わんぞ。使えるのならな」


 そう言って嫌らしい笑みを浮かべる。

 兵士の中には僕に同情的な視線を向けている人もいるが、その多くが好戦的な雰囲気を醸し出していた。


「こいつを叩きのめしたら、金貨1枚をボーナスとして支給する。逆に叩きのめされた奴は超過勤務と減俸だ。分かったな!」


 兵士の中にはレベル350を超える人もいるから、僕に勝ち目はない。

 しかし、マーカスに怯えた顔を見せるのは嫌だったので「僕には何もないのか?」と強がってみせた。


「最後まで立っていられたら、金貨30枚をくれてやる。では始めろ!」


「意外とケチだな。30人抜きなら金貨100枚でもいいんじゃないか」と馬鹿にすると、兵士たちからも笑いが漏れる。


 マーカスはそれまでの余裕が消え、真っ赤な顔で吼えた。


「さっさと叩きのめせ!」


 その言葉で1人の兵士が前に出てきた。

 僕より頭一つくらい大きな兵士で、大きな両手剣の木剣を構えていた。


「お前さんに恨みはないが、隊長命令なんでな」と言ってニヤリと笑った。


 その笑みには残忍さがあり、背筋がゾクリとする。


「よろしくお願いします」と頭を下げ、訓練用の銃剣付の銃を構える。


 兵士は僕のことを侮っているのか、木剣を大きく振りかぶって向かってきた。

 見た感じでは剣術のレベルは低そうで、ラングレーさんのような豪快さもローザのような鋭さも感じない。


 振り下ろされた剣をギリギリで回避し、懐に飛び込む。そして、腰を回転させながら銃床ストックを叩き込んだ。狙いは胴鎧と腰当スカートの間で、見事に隙間に当たった。


「うっ!」と呻いて腰を押さえる。


 腰を押さえたことで頭が下がり、反対側に回転しながらヘルメットにストックを叩き込んだ。


 ガツンという音と共に兵士は膝を突いて倒れていく。


「何をやっている! 次だ!」というマーカスの声が響く。


 休憩すら与えるつもりはないようで、次の兵士が僕の前に立っていた。


 その兵士は長剣型の木剣と小型の丸盾を構えている。今の戦いを見て警戒したのか、盾をかざしながら剣を低く構え、慎重に近づいてきた。


 僕はその動きに合わせるように銃を構えた後、一気に近づく。

 その動きが意表を突いたのか、兵士は盾を前に突き出し、銃剣を防ごうとした。


 そこで僕は身体を沈め、盾の陰に入り、そのまま死角から足を払いにいく。

 それが見事に決まり、兵士は転倒し、その首に銃剣を突き付けて勝利を収めた。


「それでも王国軍の精鋭か! 無能と言われた奴にいいようにやられて悔しくないのか!」


 3人目は今までより手練てだれのようで、僕に攻撃させて隙を窺うという作戦に出た。攻撃しないわけにはいかず、格闘術の蹴りを織り交ぜ、時には腕を取りにいくが、ことごとく防がれてしまう。


 疲れが溜まってきたところで腕を切り付けられ、銃を取り落としてしまった。

 その兵士はそれで勝負が決まったと考え、引き上げようとしたが、マーカスはそれを許さない。


「何をしている! 敵はまだ倒れていないぞ! 攻撃を続けるんだ!」


 マーカスの声には嗜虐的な響きがあった。

 兵士は仕方なく、剣を構えるが、無抵抗な相手に攻撃を加えることをためらっていた。


「お前は敵に慈悲を与えるのか! 攻撃しなければ降格処分にするぞ! 早くしろ!」


 その言葉に「すまんな」と小声で謝ると、僕の肩に木剣を叩きつけてきた。

 その一撃は容赦がなく、革鎧の上からでも骨に響くほどの痛みがあった。僕はその場に倒れ込んでしまった。


 しかし、すぐに別の兵士が現れ、無理やり僕を立たせる。


「次だ! やれ!」


 それから先はほとんど記憶がない。

 訓練場から放り出され、迎えに来たモーゼスさんに運ばれたことすら知らず、次の日は高熱を発して寝込んでしまった。


 この扱いにモーゼスさんは猛然と抗議を行ってくれたそうだが、マーカスは「訓練の一環だ。今後も続けるつもりだからな」と薄く笑っていたそうだ。


 モーゼスさんから話を聞いたラングレーさんとディアナさんがパーティメンバーと共に抗議に行ったそうだ。

 その際、今回のような扱いをするなら、グリステートを離れると脅したそうだ。

 それでもマーカスは意に介さず、訓練を続けると言い放ったらしい。


 その時のことをラングレーさんに聞いたら、ブルっと震えた後、


「ディアナが本気で怒っていた。あのマーカスという野郎にこう言ったんだ。“あなたは学院を首席で卒業した隊長なのでしょ。私に直接手解きしてくださらないかしら。もちろん、本気で”とな。いつも通りの笑顔で言っているんだが、背筋が凍るかと思ったぞ」


 そう教えてくれた後にニヤリと笑い、


「あの野郎も生きた心地がしなかったんだろうな。ガタガタと震えて足元に水溜まりを作っていた。この話はいろんなところで言いふらしてやるから、奴も手を出せまい」


 しかし、ラングレーさんの言う通りにはならなかった。

 守備隊の訓練への参加はそれ以降も続いた。


 狡猾なことにラングレーさんたちが迷宮に入っている時を狙い、訓練場を封鎖し誰の目にも付かないようにした上で、僕をボロボロにした。


 兵士たちの中にも同情的な人はいたが、そう言った兵士を排除し、残忍で金に汚い連中だけを使い、致命的な怪我を負わないように配慮しながら私刑リンチを行う。

 そして、最後に治癒魔術で完治させ、証拠を残さない。


 この訓練という名の暴行が2週間ほど続いた。

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