第十七話「閑話:ローザ」

 それがしがライル殿と初めて出会ったのは、1年半ほど前の秋だった。

 最初の印象は少しオドオドとした感じで、探索者シーカーになるためにグリステートここに来たと聞き、驚いた記憶がある。


 それから某がライル殿の指導を行うことになり、弟ができたようで嬉しかった。

 この町に来て10年以上になるが、友と呼べる者はおらず、家族や知り合いはすべて50歳以上年上であり、対等な相手は1人もいなかったからだ。


 修業を開始してすぐに彼に天賦の才があることが分かった。

 普人族ヒュームにしては異常なほど魔術に才能があり、更に武術にも才があった。

 父ラングレーが格闘術を教えたが、僅か7日で格闘術のスキルを得ている。これには彼自身驚いていた。


「僕に武術の才能はないと思っていたのに……教えてくれる人が凄いからなんだろうな」


 それから格闘術だけでなく、銃剣の使い方を覚えるために槍と短剣の技を伝授されると、あっという間にスキルレベルを上げていった。

 それ以上に驚いたのは銃のスキルだ。


 ライル殿の魔力MP保有量はヒュームにしては多いが、それでもMP消費量の多い魔銃は1日に10発程度しか撃てない。そんな環境でもメキメキとスキルレベルを上げ、師であるアーヴィング殿が驚くほどだった。


「素人が訓練で1日に100本放ったとしても、1年でレベル2までいけばいい方だ。それが1年でレベル3になり、その半年後にレベル4だ。それ以上に驚くのは狙撃のスキルだね。まさかレベル4まで上げるとは思ってもいなかったよ」


 某は弓を使わぬ故、よく分かっていないが、狙撃のスキルはただ当てるだけではなく、狙ったところに正確に当てる技術だそうだ。普通なら弓術の心得のスキルが7以上になって初めて得られるものらしい。

 それをライル殿は銃の心得のスキルレベル3の時に習得し、瞬く間に狙撃のスキルレベルを上げていった。


「モーゼスに聞いたんだけど、流れ人の世界には“狙撃手スナイパー”という兵士がいるそうだ。ライルにはその兵士に通じる素質があったんだろうね」


 そんなライル殿だが、彼は慢心することなく謙虚な姿勢を貫いている。

 これほどの才能があれば慢心して、師匠たちの言うことを聞かなくなってもおかしくはないのだが、愚直に言われた修行を繰り返していた。

 その愚直さに最初は物足りなさを感じ、なぜそこまでするのかと聞いたことがある。


「僕にはここにしか居場所がないから。だから、モーゼスさんたちの信頼を裏切るようなことはしたくないんだ」


 モーゼス殿に聞いたのだが、ライル殿は王都の魔導学院で屈辱的な扱いを受け、更に家族からも見捨てられたそうだ。某なら家族に不要な存在と言われたら、心が折れただろう。


 それから彼のことを見直した。

 某も彼に倣い、真面目に剣術を極めることにしたのだ。


 某は15歳で“刀術の極意”のスキルを得て、“剣聖”の称号を得ている。それも実戦を一度も経験せずに。


 これは過去に例を見ないほど異例なことで、そのことに慢心し始めていた。そのため、モーゼス殿の持つタブレットに入っている動画を真似てみたり、ニンジャの真似事をしてみたりしていた。


 それらのことを一切やめ、真剣に刀術の修業を行った。

 真剣に向き合ったことがよかったのか、ライル殿と一緒に修業を始めてから3ヶ月後に刀術の極意のスキルレベルが上がっている。

 偶然そのタイミングで上がったのかもしれないが、某にとっては結果が出たことが心の底から嬉しかった。


 その頃、ライル殿は最初の頃のオドオドした感じは消え、自信に満ちた明るい笑顔で某に接してくれるようになっていた。

 その笑顔を見ていると、何となく顔が熱くなり、そのことを我が家のメイド、アメリアに話すと、驚いた表情の後に優しい笑顔になった。


「お嬢様にもようやく春が来たようですわね。ですが、このことは旦那様に話してはいけませんよ」


「どうしてなのだ? それより春が来たというのはどういうことなのだ? 今はまだ1月。春には程遠いと思うが」


「ライルさんと一緒にいたいのでしたら、私の言う通りにした方がよいですよ。フフフ……」


 アメリアは姉のような存在なのだが、時々訳が分からなくなる。今回もそれだろうと思い、それ以上聞かなかった。


 そんな話をしてから1年ほど経った。

 ライル殿は新たな武器を手に入れ、山に入り、トロールを倒したという。そして、その翌日も同じ場所でレベル300を超える血塗れ熊ブラッディベアを倒している。


 某はその話を聞き、心が躍った。

 同時に不安もよぎった。このままの調子でいけば、ライル殿は近いうちに迷宮に入り、更に強くなる。某が迷宮に入れるのは1年以上先だ。何としてでも父上たちの許可を得ねば、ライル殿と一緒に迷宮に入ることができなくなる。


 迷宮から戻った父上にライル殿の活躍を話し、彼に同行してよいかと確認した。

 父上は「駄目だ」とおっしゃった後、某の目を見つめ、


「18歳になるまでは今の修行を続けるんだ」


 その言葉に思わず反論する。


「ライル殿は2日続けて大物を倒し、レベルを8も上げているのです。これ以上、差が開けば、共に迷宮に入ることができなくなってしまいます」


「そのことは気にしなくていい。とにかく、今は修業をすべきだ」


 更に反論するが、取り付く島がない。


「ならば、この家より出奔させていただく! ライル殿と同じように家名を捨て、ただのローザとして生きていく!」


 思わず立ち上がり、そう叫んでいた。


「何!」と父上も立ち上がるが、そこでそれまで黙っていた母上が話に加わった。


「なら、刀術の極意のスキルレベルをもう1つ上げなさい。そうしたら認めてあげるわ」


 武術系のスキルは“極意”になると、それまでの“心得”に比べ、上がりにくくなる。実際、レベル1から2に上げるのに2年以上掛けている。2から3に上げるには少なくとも3年は掛かるだろう。


「それでは18になるまで待った方が早い」と抗議するが、


「なら大人しく待ちなさい。私たちの言っていることはあなたのためなの。それを覆したいなら、死ぬほど努力して私たちを納得させなさい。もっとも今のように浮かれているようでは無理でしょうけど」


「浮かれてなどいない!」と反論するが、母上には鼻で笑われてしまう。


「あなたは何のために迷宮に入りたいのかしら? ライル君と一緒にいたいからではなくて? そんな動機で迷宮に入ったらライル君の方が迷惑よ」


 その言葉に愕然とした。確かに母上のおっしゃる通り、ライル殿と一緒にいたいと思っていたからだ。


「あら、図星だったようね。なら、この話は……」


 母上の言葉を遮り、


「刀術の極意を3に上げたら迷宮に入ってもよいのですね」と確認する。


「ええ、もし上げられたら認めてあげるわ。今のような修行では到底無理でしょうけど」


 母上の煽りに屈辱を感じるが、それでも必ず見返してみせると心に近い、部屋に戻っていった。

 部屋に戻り、冷静になると、ライル殿の顔が浮かんできた。


(確かにライル殿と一緒にいたいと思っているようだ……この気持ちは何なのだろうか……)


 そんなことを考えながら、ベッドに転がった。


■■■


 ローザがリビングから出ていった後、ラングレーは誰に言うでもなく呟く。


「奴に惚れてしまったのか、ローザは……」


「そうみたいね。周りに擦れた大人しかいなかったから、純粋な彼に魅かれたのかも……もっとも本人はまだ分かっていないみたいだけど」


「だが、それじゃ……」


「いいんじゃないかしら。あの子も大人になっていくのよ。諦めなさい」


「しかしだな。奴は普人族ヒュームだぞ。ローザが傷つくのは目に見えている……」


「それは仕方ないことでしょ。私もあなたも経験したことなのだし、あの子もいつかは経験すること。仲の良かった短命種の友達が亡くなっていくことは……」


 しんみりとした空気がリビングを支配する。


「とりあえず、明日の訓練では奴を絞めておく。うちの娘の心を奪ったのだからな」


「あらあら。ライル君も大変ね」というものの、止めるようなことは言わなかった。


 翌日、いつも以上に激しいラングレーの訓練にライルはボロボロになった。

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