第14話 訓練
リディがいなくなった朝、フェラリーは大泣きした。
泣き顔もかわいい。
クレアは困ってたけど。
逆にレイラは泣かなかった。
以前から知ってたわけではないだろうが、リディの旅立ちを当たり前のように受け止めていた。
達観しているというか、大物なのかもしれない。
それからしばらくして、俺は剣技や体技の練習をはじめた。
5歳ぐらいから体を動かしたほうがいいと思ったからだ。
現代日本でも幼稚園から跳び箱11段クリアとか倒立、側転、逆立ち歩きとかさせる教育法があるという。
オッサンの持っている知識をフル動員して、自分に英才教育だ。
まずは木の棒を持って素振りから。
体力作りも兼ねている。
剣技をはじめてから、あらためてリディ不在を悔やんだ。
リディのお祖父さんは王家直属剣技指南役だったせいか、リディの剣技もきれいだった。
リディに剣技を教えてもらいたかった。
きちんと基礎を身につけたかった。
どうせ実践ではチートスキルで戦うから、剣技はどうでもいいといったら身も蓋もないが。
とにかくひたすら体を動かすことにした。
俺の場合、例えケガをしても俺時間巻き戻しスキルでケガをなかったことにできるので、無茶がしやすかった。
それでもケガをしたら痛い。
5歳の体は俺の意思とは無関係によく泣く。
少しでも痛みを感じると、すぐに目に涙が溜まる。
そういえば子供の頃、俺は泣き虫だった。
・・・泣いてた記憶しかないな。
大人になったら泣かなくなったけど。
最近の若い男はやたらと泣くのをよく見る。
「オレ、こういうの弱いんだよ」と優しい男をアピールして女の目を引こうとしている。
・・・あざとい。
俺はよく泣く若い男が嫌いだった。
泣きを売りにしている芸能人はアリだと思うが、女の前で泣く男はダメだな。
イケメンならなおさら許さん。
イケメン爆ぜろ。
自分で体を動かすようになったことで、レイラの異常さが目に付いた。
俺は頭の中身がオッサンなので理にかなった動きの方が身に着けやすかった。
効率とか最適化とか、動きを頭でイメージしてから体に覚えこまそうとしていた。
しかしレイラの動きは理屈では考えられない動きだったり、勘というか野生味あふれる動きばかりだった。
考える前に体が動くのだろう。
体の身軽さもあって、10歳のレイラが本気で森を駆けると村の男の誰も追いつけなかった。
アイツこそ親が猿なんじゃないのか?
レイラは常に両手首と両足首に、黒い革のようなものを身に着けていた。
ブレスレットにアンクレット?
装飾のない幅3㎝ぐらいの黒革のベルトのような。
実はあれが魔道具で、あれで身体能力をあげてるんじゃなかろうか?
そうとでも言わなければ、10歳の女の子が猿並みの動きをしている理由が思い当たらない。
レイラが凄いだけ、と言ってしまえばそれまでなんだが。
剣技でもレイラは野生が爆発していた。
大人のフェイントにも引っかからず、背中どころか手にも足にも目が付いてそうな動きだった。
俺が「レイラはどうしてそんな動きができるの?」と聞いたら、レイラは少し考えてから「・・・勘!」と答えていた。
剣技も含めた模擬戦の強さでも、レイラは子供たちの中でトップレベルになっている。
リディのあとを継いで子供たちのリーダーになった少年よりも、動きは上だった。
少年が年齢差で強引に力任せに出るのでレイラが勝つことはないが、それも時間の問題だろう。
レイラもリディのように「勇者になる」と言い出すかもしれない。
フェラリーはほとんど外で遊ぶこともなく、集会所で絵本を読んだりおままごとをしたりと俺が知る普通の5歳の女の子だった。
容姿は普通じゃなかったけどな。
レイラと従姉妹のはずなんだが、本当にどこかで血がつながっているのだろうか?
レイラもよく見りゃ美少女だ。
でもレイラは黒髪のせいか日本人に見えなくもない。
フェラリーは北欧系美少女っぽい感じだ。
ピンクに近い赤い髪のおかげで「妖精」と言いたくなるレベルだった。
体を動かす訓練の時はスキルは封印していた。
痛みを感じると反射的に時間停止が発動してしまうが、あえて体を移動させずに痛みを受けた。
体の動きを覚えるのに、痛みが必要だと思ったからである。
痛みがわからなければ体の限界もわからないだろうし。
そのたびに大泣きするんだが、中身がオッサンだとわからなければ問題ないだろう。
俺が大泣きすると、すぐにレイラがどこからかあらわれて慰めてくれるんだが、恥ずかしがるのはやめにした。
そういうものだと割り切るようにした。
50のオッサンが10歳の女の子の胸に抱かれて大泣きするなんて、冷静に他人の目で自分を見たら死にたくなるほどの恥ずかしさなのだ。
精神がゴリゴリと音を立てて削られていくのがわかる。
・・・俺はロリコンではない。
・・・多分。
魔法の訓練も始めた。
これがなかなかに難しい。
やはり俺には根本的に魔力がないのだ。
一応、村には魔法の先生のような人はいるのだが、本格的な魔道士ではない。
教わる魔法も庶民が使う火種を出したり体の周りを少し涼しくしたりと、とても戦闘に使えるものではない。
いや魔法すら知らなかった日本人の俺からすればすごいことなのだが、魔法の専門家ではない先生の教え方は大雑把だ。
感覚的な教え方なので、身近に魔法のなかった俺にはチンプンカンプン。
実践してくれるのはいいのだが「こんな感じですよ」とだけ教えられても、
「できるか~!!!」とちゃぶ台をひっくり返したくなる。
実践は無理っぽいから、せめて理論は身に着けておきたかった。
理論とか難しいことを理解するのは書物に限る。
現代日本ならネットだがな。
クレアがたくさんの本を持っているので、見せてもらおう。
5歳児が「魔法の理論の本を読ませて?」と言っても貸してくれるわけがないので、無断拝借である。
クレアが集会所にいない時を見計らって、時間停止でクレアの部屋に侵入しよう。
砂時計は集会所にいくつか置いてあるので拝借しやすかったが、本はクレアの私物(?)でクレアの部屋に置いてあるのだ。
それだけ本とか紙が貴重なのだろう。
女性の部屋に無断で侵入というのは罪悪感を感じる。
・・・勉強のため勉強のため。
結構な量の本が本棚に並べてあった。
あの緊急避難のときにどうやってこれだけの量の本を持ってきたのか?
ざっくり見積もっても100冊以上はあるぞ。
クレアは何者なんだろうか?
女の秘密を詮索するのは趣味じゃない。
だいたいろくな結果にならない。
そもそも女心がわからない。
・・・やめよう、悲しくなる。
時間停止を解除して何冊かの本を手に取り、時間停止をして移動する。
人目につかない明るい場所でスキル解除、本を開いて時間を止めて本文を読む。
ページをめくるときだけスキル解除をすると、実際の時間はページをめくる時間だけになる。
100ページの本を読むのに1分とかからなかった。
クレアの本はとにかく難解だった。
日本語のように漢字とひらがなとカタカナと数字といった何種類もの表記があるわけではない。
表記そのものはアルファベットもどきと数字もどきの2種類しかないので読むことはできるのだが、専門用語の意味がわからない。
例えば、俺のいた会社で使っていた部材の素材で「パーフロ・バイトン・PTFE・EPDM」と言われて、これがOリングの材質の話だと理解できる人がどれだけいるのだろうか?
Oリングですら知らない人も少なくないと思う。
それくらい難解だった。
それでも魔法について少しは俺でもわかるようになった。
この世界の魔法は呪文を触媒として、体内の魔力を別なものに具現化することである。
やはり体内の魔力が大きい方が魔法の威力も大きいのは間違いない。
呪文の質や意味で魔法の効果が変わり、体内魔力との相性も左右する。
体内魔力についても先天的なもので、血統は重要だそうだ。
地球にはなくて、この世界に存在する魔素についてもある程度わかった。
魔素は元素の一種で、この世界のどこにでもあるみたいだ。
酸素とか窒素、塩素炭素・・・これらと似たようなものとなる。
「水兵リーベ僕の船」が役に立たなくなるかもしれない。
空気中に漂うのが魔素、液化したのが魔水、固体化したのが魔石や魔鋼となるようだが、そのままだな。
魔素は文字通り魔力の素で、空気中の魔素を呼吸で体内に取り入れると、わずかながらの魔力に変換される。
魔力と言っても意味は2種類あり、容量としての魔力と、実際に使える魔力では意味が変わる。
飲み物に例えると、前者はペットボトルなどの容器であり、後者は中に入っているジュースの量である。
「魔力が大きい」と言えば容量のことで、「魔力が多い」と言えば中身のことを意味するのだ。
どちらの意味でも「魔力」としか表記されないので、前後の文脈から判断していくしかない。
そんなこんなで本の内容を理解するのは難しかった。
参考書でもあればいいのに。
俺が書くか?
やめよう。
仕事の作業手順書作成を思い出す。
今は社畜ではない。
容量としての魔力は鍛えると少しずつ増えていく。
筋力と同じような超回復力によるものだ。
筋力にも限界があるように、魔力にも個々人の限界はある。
容量としての魔力は遺伝で親から子へ受け継がれ、何世代も繰り返すことで大魔道士が生まれるのだそうだ。
サラブレッドだな。
俺のように魔素とは無縁で生きてきたものには容量としての魔力はほとんどない。
この世界で魔素に触れていればヤ〇ルトぐらいにはなるかもしれない。
しかしこの世界では生まれつき容量がドラム缶どころか、タンクローリーぐらいのものもいるそうだ。
魔王はどれくらいなんだろう。
原油備蓄タンクぐらいはあるのだろうか?
ここまでわかるのに3年を費やした。
時間停止を駆使してるから、体感で10年は勉強してるのではないだろうか。
5歳からこれだけ勉強してたら東大だって現役合格してたはずだ。
さすがにこれだけ勉強すると、時間停止中は問題なくても子供の脳には負担が大きいようだ。
訓練と食事以外ではほとんど寝てばかりいた。
起きたら髭や皺が描かれてたのは、数えきれないほどだ。
すべてレイラの仕業であった。
・・・いつか仕返ししてやろう。
倍返しだ。
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