第13話 男の旅立ち
体育館・・・ではなく集会所の裏に、俺とリディはいた。
丸太を横倒しにしただけの長椅子に、二人並んで座っている。
俺を見てリディは微笑みながら言った。
「ケン、お前は不思議な子だな」
きょとん、と何を言ってるかわからないという表情で小首をかしげて、俺はリディを見た。
鼻でフフッと笑いながらリディは言う。
「そんな顔するなよ。お前だってわかってるんじゃないのか? オレが言ってること」
心当たりがあり過ぎる。
話を変えよう。
「リディお兄ちゃんは、村を出てどうするの?」
リディはしばらく俺をみつめたまま、固まっていた。
そして地面に顔を向け、組んだ手を額に当てながらつぶやいた。
「・・・オレは・・・勇者になる」
ストレートに出たな。
昨日今日思いついたわけではなさそうだ。
勇者とは、この世界で魔王を倒しに行く人のことである。
自称勇者でも勇者だ。
ある意味、名乗れば誰でも勇者になれる。
資格など存在しない。
しかし王や国の公認の勇者となれば、話は別だ。
礼儀作法は重視され、なおかつ周囲を納得させるほどの実力も必要である。
魔王を倒せる可能性があると、思わせる必要がある。
王や国の公認の勇者となると、公式にスポンサードを受けることとなり、かかる費用はすべてスポンサーである王や国が持ってくれる。
従者も付き、衣食住から床の世話まで至れり尽くせりだ。
本人がどう思おうと誰が何と言おうと、勇者は魔王を倒しに行く者であり、それ以外にすべきことはない。
魔王を倒しに行かない者を「勇者」と呼ぶことは許されないことであり、それがこの世界での常識であった。
簡単な話ではない。
現実を知れば知るほど「勇者になる」などとは言えない。
リディのいう勇者とは公認の勇者の方であろう。
どんな王も国も、流れ者に対する目は厳しい。
それに地元出身者の方が心情的にもスポンサードしやすいのは当然だろう。
外から来たものが公認勇者になるには、桁違いの実力を見せつける必要があるのだ。
その覚悟が見えた気がした。
「めがみさまとおじいさん」で勇者を夢見る子供は多い。
でもそれをはっきりと言葉にする子供は少ない。
俺だって言葉にしたことはない。
子供だって、まったく現実を知らないわけではないし、軽々しく言えないこともわかっていた。
確かにリディは強い。
このクリューガー村の中では、15歳にしてすでに大人を含めた誰よりも強くなっていた。
素質はあるのだろう。
剣だけでなく魔法も勉強しているらしい。
影でしている努力も知っている。
その意志の強さも。
それでも俺にはリディに「がんばって」とは言えない。
なぜなら、アイツを知っているから。
あの祖竜を。
アレはチートレベルの何かを持っていて、はじめて可能性が生まれるほどの存在だ。
ただの可能性にしか過ぎず、確実に勝てるわけではない。
あの祖竜が魔王軍にいて、魔王が祖竜よりも上の存在だとしたら・・・
チートレベルのスキルを二つも持っている俺でも、別の切り札を必要とするだろう。
リディは何か持っているのだろうか。
俺は黙ってリディを見つめていた。
リディが口を開いた。
「めがみさまとおじいさんはケンもよく知っているだろう?」
リディは地面から俺に顔を向けた。
「あれは、オレのことだと思っている」
・・・マジか。
俺と同じことを考えている者がここにもいた。
「オレの祖父は、騎士団に剣とか攻撃を教えている人だった」
教官というより王家直属剣技指南役といったところか。
「魔王軍の襲撃を受けた時、祖父は城壁で警備兵の指揮をしていたんだ」
あ、ひょっとしてあの時の少し良さげな鎧を着た指揮官っぽい人か。
ナンマンダブナンマンダブ。
剣を盗んでごめんなさい。
「祖父は勇敢に戦ったみたいで、竜人の顔に剣を刺したんだ」
えっ?それって俺のことじゃ・・・
「この村ができてしばらくしてから、奇跡的に助かった女の騎士が、この村にオレを訪ねてきたんだ」
女騎士が最初にこの村に来たのは、村が出来て半年後だったか。
それからは2年に一度くらいはこの村を訪れてくれる。
この村は隠れ里みたいなので、来客と言えばこの女騎士ぐらいだった。
「そのときにこの剣を渡された。 祖父の形見だと」
丸太の長椅子に隠してあったのか、リディは剣を取り出して俺に見せてくれた。
この剣は俺も覚えている。
アイツの顔を突き刺した剣だ。
しかし刃の色が赤くなっていた。
俺が使ったときは普通に白銀色だったぞ。
リディの話は続いた。
生存した女騎士は、リディのお祖父さんが戦った姿は見てなかったらしい。
ドラゴニュートが顔に刺さった剣を引き抜いて捨てた時に、それを見ていた女騎士が頑張って拾ったんだと。
そのあとは城が湖に崩れ落ちるときに、何かの魔法の爆発で宙に投げ出され、単独で湖に着水してことで奇跡的に死なずに済んだということだ。
その女騎士はリディのお祖父さんには相当恩義があるらしく「死んでもこの剣は離さない」としがみついていたというから大した執念だな。
恩師の形見の剣を、孫を探してわざわざ届けるなんて、お祖父さんの人柄も見えるようだ。
メチャクチャ厳しくて優しいお祖父さんだったのだろう。
「この剣は竜人の血を刃に纏ったことで、ドラゴンスレイヤーになった」
なるほど。
何かのラノベで読んだことがある。
異世界では竜の血はエリクサーにもなり、錬金術の材料にもなるのだと。
普通の剣が竜の血を浴びてドラゴンスレイヤーになる、十分にあり得る話だと思った。
「祖父は釣りが得意で、小さいころはよく湖に釣りに連れて行ってもらったよ。 こーんな大きい魚を釣ったこともあるんだ」
リディは両手を大きく広げて、俺に笑顔で言った。
釣りが得意なお祖父さん。
湖から生還した女騎士から渡されたドラゴンスレイヤー。
リディが「めがみさまとおじいさん」に自分を重ね合わせても不思議じゃない。
必然と言ってもいいかな。
・・・俺だってそうなんだが。
「フフン。 だからケン、お前は不思議な子なんだよ」
リディは何を言ってるんだろう?
「オレはこの話を昔、友達何人かに話したことがある。 みんな笑ってた。 勇者になんかなれっこない、夢見てんのか?と、バカにするのもいたよ。 でも・・・」
リディは俺の目の前に顔を近づけ、まっすぐに俺の目を見て言った。
「ケン、お前はオレの話を信じてくれた」
俺は何も言ってないぞ。
「お前の目が、オレを疑ってないからな」
確かに信じてるよ。
同じ志を持つものとして。
「お前も・・・勇者になるんだろ?」
!!
何故バレた?
「ハハハ。 図星だな。顔に書いてあるぞ」
俺の額をリディの指が軽く小突いた。
「オレはお前が何かコソコソやっているのを知っているよ」
それもバレてたのか?
これは驚いた。
俺はこの5年間、二つのスキルの実験と検証をしていた。
時間停止スキルは何かあったら無意識でも発動できるように練習をしていた。
体に覚えこませ、条件反射できるように。
繰り返し繰り返し、何度も何度も。
例え寝ていても時間停止を発動できるように。
時間停止を発動すると、体にかかっていた力がリセットされることもわかった。
例えば走っている途中で時間停止してから移動し、そこで立っている状態で時間停止を解除してもそのまま立っていられたのだ。
逆に時間停止中の動きは解除しても継続できた。
慣性の法則とか全く無視である。
他にも時間停止スキルを使ったと思わせないように、一度移動してから元の体に戻る訓練や、手や足だけを時間停止で動かす訓練。
時間停止を連続で、発動と解除を繰り返すことで分身してるように見せかける訓練もしたし、まだまだアレンジを模索中だ。
俺時間巻き戻しスキルの方は主に効果時間を検証していた。
墨で自分の腕に一定の時間を於いてから線を書いていく。
集会所には砂時計があったので、時間停止でこっそり借りて検証した。
スキル発動後、最初の10秒くらいは同じスピードで巻き戻る。
そこから30秒ぐらいまで倍のスピード。
1分立つとその倍。
そんな感じで倍々にスピードが上がっていくようだ。
実際に俺時間巻き戻しスキルを使う時間はせいぜい1分ぐらいだろう。
外傷なら数秒しか使わない。
ちなみに時間を進めることはできなかった。
昭和の魔法少女にはなれなかったのである。
大人になったら何になる?
長考してしまったが、驚いたときに反射的に時間停止スキルを発動したので、会話の腰を折らないで済む。
リディは丸太から立ち上がり、空を見ていた。
ふいに俺に振り返りながら言った。
「その年でもう勇者になるための何かをしているんだろ?」
俺はまだ5歳だった。
結構忘れることがある。
リディは丸太に座っている俺の前でじゃがみ、俺の頭に手を乗せ、二回ポンポンした。
これが噂の頭ポンポンか。
・・・惚れそう。
「ケン、お前は必ず勇者になる。絶対にだ」
面と向かって言われると嬉しいな。
「どっちが早く魔王を倒すか、競争だぞ」
リディが満面の笑みでそういった。
15歳の頃、俺は何をしてただろう。
人生に明確な目標なんてなかった。
リディはもう自分の道に迷いはない。
その目はどんな困難にも打ち勝つだけの自信にあふれていた。
そんな男の旅立ちに心配をするのは失礼だろう。
リディは立ち上がり、去ろうとしている。
同じところに住んではいるが、リディは夜遅くまで勇者になるための訓練や勉強をしていて、今夜はもう会えないだろう。
明日もリディはきっと日の出とともに村を出ていくに違いない。
俺の予想だが、今夜クレアにだけ旅立つ話をして、レイラにもフェラリーにも黙って出ていくと思う。
俺ならそうするからだ。
俺だってリディの旅立ちを見送ることはできないだろう。
5歳の体はまだまだ多くの睡眠を必要としているのだ。
次に会えるのはいつになるだろう。
リディが村に帰ってこなければ、会うこともないかもしれない。
だから俺もいまここでリディを笑顔で見送ることにする。
リディに向かって拳を突出し、笑いながら言った。
「リディお兄ちゃん、負けないよ」
リディはこちらに振り向かず、右こぶしを空に突き上げながら言った。
「おう!」
そのまま右手のグーをパーにして左右に振った。
「またな」
翌朝、起きた時にリディはいなかった。
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