第12話 新生活

俺が異世界に来てから早くも5年が過ぎようとしている。

この異世界でも赤ちゃんの育て方というのは大きく違わないようだ。

住む世界は違っても、同じ人間という種らしい。

スパルタではないし、かといって過保護でもない。

現代日本よりは厳しいかもしれないが、昭和の日本で育った俺にはどうってことはない。

潔癖症の人間には拷問かもしれないけどな。

衛生面に問題があるのは仕方がないだろう。

それも魔法のおかげで大した問題にはなってはいないようだ。


赤ちゃんになってからというもの、物覚えがすごくいい。

たった1年でヒヤリングくらいは楽にできるようになったほどだ。

前の俺はそんなに勉強はできなかったぞ。

成績なんて下から数えた方が早かったからな。

例えるなら脳と肉体は端末で、魂が外部メモリというとわかりやすいだろうか。

パソコンをグレードアップしたみたいに思考が早い。

オッサンの頃はしょっちゅうフリーズしてたもんな。


ここまででわかったことを整理してみよう。


この異世界に名前はないようだ。

そもそも世界という認識も一般的ではないらしい。

俺が転移してきたところはクリューガー王国の首都で、城の名もクリューガー城。

ちなみに湖はそのままクリューガー湖。

版図といっても王都ぐらいで、鎌倉時代の日本国内の国々よりも人口は少ないかもしれない。

領主ぐらいのイメージかな。

国境という概念も乏しく、近隣諸国と領土争いとかもないようだ。

領土は軽く日本ぐらいあって、隣の国まで1000㎞ぐらいはありそうだった。


ちなみにこの世界には魔王がいる。

おとぎ話や童話に神話、吟遊詩人の歌などに登場するし、クリューガー城を襲撃したのも魔王軍だったようだ。

あの祖竜は魔王軍の指揮官と言ったところか。

クリューガー王国は魔王軍によって滅亡した。

城が無くなり、城下町が焼かれたんだから滅亡と言っていいだろう。


俺が合流した避難民たちは、新たに村を作った。

100人規模で移住するにも隣の王国まで歩いて一か月ほどかかるようだし、伝手もコネもないようで、だったら新たに村を作ろうということになったらしい。

ちょうどクリューガー城と隣の王国の中間ぐらいの場所である。

街道から森を抜けた奥地で、ちょっと隠れ里っぽい雰囲気だ。

訳ありに思うのは俺だけかな。


村は自給自足で、生活に必要なものは何でも揃った。

布は自分たちで織るし、金属も鋳造した。

意外に文明は進んでいるのか?

さすがにガラスはなかったけど、無くても鉄や木で代用できるし、必需品ではないのか。

とにかく生きるだけならさほど苦労はしないようだ。

自然の恵みは豊富で、山や森に行けば肉も野菜も調達は難しくない。

気候も温暖で四季に近いものはあるが、例え冬でも雪に覆われることもなく、食うには困らないみたいだ。

自分の身近なところで事足りるので、流通はそれほど発展しない。

流通が発展しなければ、情報も広がらない。

庶民が知っているのは、せいぜい隣近所の数か国とおとぎ話や神話の舞台の国ぐらいである。


村はそのまま「クリューガー村」となった。

俺が家族だと思っていた4人は、実は家族ではなかった。

30歳くらいの女性は名を「クレア」さんといい、元クリューガー王国の下級神官。

何だか偉そうな人で、そのまま村長になった。

もっと年配の人とかいるのに。


金髪の少年が「リディ」今は15歳で城の警備兵の息子。

筋肉質で体も大きく、均整がとれていて、顔も美形というイケメンだ。

「爆ぜろ」と言いたいが、とても世話焼きで性格のいいお兄ちゃんなのだ。

ものすごく世話になってる。


俺を拾ってくれた黒髪の少女が「レイラ」今は10歳でおてんば娘。

レイラは何となく東洋人っぽい。

他の村人とかは欧米人に似ていて体も大きめなのだが、レイラは華奢で黒髪なのだ。

そういえばこの世界、黒髪は珍しい。


クレアに抱かれていた天使が「フェラリー」で俺と同い年。

ピンクに近い赤い髪の少女だ。

将来は絶対美少女になりそう。

レイラも美少女なんだが、おてんばで男勝りなので美少女というより美少年みたいだった。

色気もないし。

そんなことを考えていたら、レイラに睨まれた。

そういえば、俺を拾った時の念話の主はレイラだったのだろうか?

あれ以来、念話は誰ともしていない。

クレアもだんまりだ。

いっしょに住んでいるし言葉も通じるので、必要ないだけかもしれないが。


俺の名前は「ケンジィ」になった。

名付け親はレイラだ。

理由は「なんとなく」だそうだが、実は俺の名前を知ってたりとかしないよな?

ケン爺とも聞こえるのは俺の被害妄想だろうか?

人によっては「ケン」と呼ばれることもある。

レイラは俺を「ケンちゃん」と呼ぶ。

俺がレイラのことを「レイラお姉ちゃん」と呼んだら「レイラって呼んで!」と怒られた。

・・・意味がわからん。


レイラとフェラリーは従姉妹だそうだ。

子供たちの両親についての消息についてはほとんど語られることはなかった。

特にレイラとフェラリーの両親については、何をしていたかも語られることはない。

二人とも城の関係者なんだろうな。

フェラリーは実はお姫様だったんじゃないのか?

そう思うぐらいに気品がある。

相当、俺補正がかかっているようだが。


俺がレイラに拾われた後、かなり揉めたらしい。

俺の見た目が他の人たちと違うということで、魔物の子ではないかと疑われたそうだ。

猿人とのハーフではないか、と。

・・・わからんでもないか。

それが原因で子供たちからいじめられるんじゃないかと危惧したらしい。

心配いらないのに。

中身はもう50のオッサンですよ。

子供に何をされたって、大人の対応しますよ。

・・・傷つくかもしれんが。

実際に、村に残らない夫婦が俺を養子として引き取るというところまで話は進んでいたらしい。

それを引き留めたのがレイラだった。

レイラは「いじめなんか絶対にさせない!私がこの子を守る!」と言って、大人たちを説き伏せたそうだ。

ええ子や。

オッチャン泣けてきたで。

そのせいか俺の世話はほとんどレイラがしていた。

レイラは従姉妹であるフェラリーよりも俺にべったりであった。


100人の避難民でスタートしたクリューガー村だが、家族が揃っていた人たちや、村で夫婦になった人たちは隣国へ移住していった。

なので村のほとんどの住人は独身かあるいは今回の戦火で家族を失った人たちだ。

そのため村全体が一つの家族のように暮らしている。

男たちが狩りと警備と建築に素材集め。

女たちが家事全般と機織り。

さすがに金属鋳造は男たちだな。

子供たちの世話も基本的には女性陣が交代でしてくれた。

村の中央に大きな集会所兼、教会兼、孤児院が建っていて、子供たちが全員そこで寝泊まりしている。

クレアが孤児院の院長もしている。

子供たちは17人。

リーダーは子供の中で最年長のリディだ。


今日もクレアが俺を含む子供たちに童話を読み聞かせをしてくれた。

クレアは神官だったからなのか、多くの本を避難時に持ってきていた。

いくらこの世界の本が貴重とはいえ、重かっただろうな。

あ、クレアはフェラリーを抱いていたから、持たされたのはリディか。

男はつらいよ。


今日は童話「めがみさまとおじいさん」を読んでくれた。

子供たちに人気の童話だ。

突っ込みどころは満載なのだが、俺も好きだったりする。

「わかった、やってみよう・・・」は超有名スナイパーさんが依頼を引き受ける時のセリフだぞ。

何でここだけおじいさんの口調が変わるんだよ。


「めがみさまとおじいさん」はこの異世界に古くから伝わる童話で、元は勇者伝説から来ているらしい。

湖の近くに建てられた城では必ず「この城が童話のおじいさんが建てた城で、うちの王家の始祖は勇者である」と言っていて、勇者伝説にあやかろうとしているようだ。

ていうか「めがみさまとおじいさん」の話は、実は俺のことなんじゃないかと思っている。

俺は女神様にこの世界に召喚されて、女神様からスキルを授かったんじゃないかと。

おじいさんが若者に変わる。

オッサンが赤ちゃんに変わる。

似てるだろ?

この異世界では10代で結婚も珍しくないし、45歳で孫がいたっておかしくない。

赤ちゃんになったことだって魔王を倒すための準備期間だろうし、童話ならその辺は端折ると思うんだ。

それに魔王が今もいるっていうなら、倒されてないってことだろ?

あの童話は伝説が元になっているのではなく、預言書が元になってるんだよ、きっと。

あの湖の底には神殿か何かがあって、そこに勇者の剣と鎧があるはずだ。

俺の時間停止スキルなら、湖の底だろうが探しに行ける。

そこに俺が入れる空気さえあれば、取りに行くことだって可能だ。

いつかあの湖の底を探索しに行こう。


クレアの読み聞かせが終わったとき、リディが俺のところにやってきた。

「ケン、話があるんだ。ちょっといいかな」

15歳の少年が5歳の男の子に話って、あまりないよな?

訝しがる俺にリディは、

「あまり他の人には聞かれたくないんだ。ついてきて」

そう言って集会所の裏の方に歩いていく。

中学の頃にやんちゃをして先輩に体育館裏に呼び出されたことを思い出した。

不幸な事故だったんだよ。

友達に懺悔ごっこをするつもりで、間違えて先輩に水をかけちゃったんだよ。

必死の弁解と泣き落としで許してもらえたけどな。


「リディおにいちゃん、なあに?」

5歳の男の子を50歳のオッサンが演じるのは難しい。

リディは俺の正面に立ち、まっすぐに俺の目を見てこう言った。

「オレは明日、この村を出る」

男の旅立ちの宣言だった。

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