6.聖女の元へ

娘がやってきた日から殿下は来なくなった。やはり彼女に惹かれたのだろうか。さすがにもう期待はしていない。


バンッ


大きな音をたて、部屋に入ってきたのは父だった。まともにドアを開ける者はいないのかと思ったが、父の顔が青くなっていたために、それどころではないことを知る。


「ベアトリー……今すぐ王宮に行こう」

「お父様、理由を聞いてもよろしいでしょうか」

「馬車の中で話そう」

「わかりました…」


父が言うのだから拒否権などない。あの娘がいる場所に行きたくないが仕方のないことだ。私と父は急ぎ馬車に乗り込み、王宮へ向かった。


「お父様、いったい何があったのですか?」

「それが…その…」

「そんなにも言いにくいことなのですか?…もしかして、殿下のことですか?」

「違うんだ!その…聖女様が、ベアトリーに会いたいと…」

「そうですか…」


まさかあの娘が直々に会いたいというなんて。私は会いたくないけれど、聖女のことは大事にしないといけないから、結局拒否権なんてものはないのね。でも不思議だ、今までそんなことは一度たりともなかったのに。今回はおかしなことばかりだとそんな風に思った。



1年以上も訪れることのなかったその場所は、ひどく懐かしい。そして、毎回この王宮の庭で殺されていたことを思い出す。ぎゅっと手に力が入った。


「ベアトリー・シュナイツ様。お一人でこちらにお越しください」


馬車を降りて、すぐにそう言われた。父は心配そうにこちらを見ていたが、私は大丈夫ですと言って、使いのものについて行った。


王宮でも少し離れた場所に聖女はいるらしい。大きく、荘厳な扉の前に立った私は、今一度深呼吸をした。


「聖女様!ベアトリー様をお連れ致しました!」


使いの者が大きな声で中に呼びかける。中からは小さな声で、どうぞと聞こえた。扉の前にいた衛兵二人が合図すると、重そうに扉が開いたのだった。


扉の開いた先、そこには黒い髪に黒い瞳、真っ白な肌をした娘が、綺麗なドレスに身を包み座っていた。できることならば、会いたくなかった。

私は聖女の前までゆっくりと歩を進めた。


「お初にお目にかかります。ベアトリー・シュナイツでございます」


聖女は私をちらっとみて、周りにいる者達に外に出るように命じた。


「ベアトリーさん、お久しぶりです。1年ぶりですね」


お久しぶりです?一体……どういうこと?

私はお辞儀をしながら、訳が分からなくなった。この娘、覚えているの?


「まずは席に座ってください。お話したいことがあります」


私は娘に促されるままに、席についた。


「ベアトリーさんも覚えていらっしゃるのですよね?何度も繰り返される貴方の処刑を」

「そう…ですね。覚えています」

「それはよかった。それならば話が早いです!私とお友達になりましょう!」

「……えっ……?」

「正直何度も繰り返されることに嫌気がさしてきたんです!もうそろそろいいでしょう!」

「その繰り返しを止めるのと、友達になるは、一体どこに繋がりがあるのでしょうか?」

「私と友達でいれば、私が皇子と結婚しても殺されないでしょう?」

「それは……そうですね」


この娘は今回も殿下と結婚できると思っているのね。まあ、50回も同じことをしているのだから、当然と言えば当然の事ね。それに、最初から諦めているのだから私も同じか。それでも、譲れないものはある。


「聖女様。私は貴方と友人という関係は築きたくありません。ですので、私のことは、皇子に捨てられた元婚約者くらいに思ってもらえればと思います」

「でも、まだ婚約中でしょう!それな…」

「婚約破棄の申し込みは1年前に済ませてあります。あとは殿下からの承諾を頂くだけです」

「へ?そうなの…?」

「はい」


娘は面を食らっていた。それもそうだろう。50回の間に一度も婚約破棄の申し込みなどしたことがないのだから。


「もう話すこともないと思いますので、失礼いたします」


私は立ち上がり、綺麗にお辞儀をした後、その場を去った。

娘の話を聞き、自分の中で整理したい事柄が多く出てきた。帰って、まとめなくては。


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