第87話 夜の客
要らない召喚物を売却するのはいいのだが、いったい誰に売りつけたらよいのやら未だに悩んでいた。
すでに夕食は終わっていて、俺は腹ごなしに練兵場に出ている。
無心で訓練すればいい考えが浮かぶかもしれないと思ったのだ。
今晩はアリスもいないので練習相手をしてくれる人もいない。
こんな日は黙々と基礎トレーニングをするしかない。
「レ~オ~」
独特の音質で名前を呼ばれた。
俺をこんな風に呼ぶのはただ一人だ。
地獄からの使者にして俺の婚約者アニタ・ブレッツだ。
「やあ」
「ん~? どうした暗い顔をして。悩みがあるのか? そんな顔を見ているとゾクゾクしてくるではないか」
相変わらずの変態さんだ。
「悩みがある時は体を動かすに限るぞ。私と仕合おうではないか。お姉さんがスッキリさせてやるぞ」
バトルジャンキーが……。
「スッキリするのはアニタの方だろ?」
「一緒に飛んでしまおうよ……」
思いっきり体を動かすのはいいんだけど、こいつの場合はスイッチが入ると止められなくなるので怖い。
アリスがいない今、俺とアニタを止められるのは伝説のスクール水着を着たフィルだけだ。
だけど、忙しいフィルに審判を頼むわけにもいかない。
「今夜は止めておくよ。考えたいこともあるから」
どうにも気分が乗らないのでアニタを残して体を慣らすためのジョギングを始めた。
「どうしたというのだ?」
アニタが俺の横を並走しながら聞いてくる。
「ちょっとね……」
言葉を濁すとアニタは走りながら肩が触れ合うくらいに近寄ってきた。
「悩みがあるのなら私にも話してみないか? これでも私はお前の婚約者だぞ」
いつになくアニタの顔は真剣だった。
「確かに私は戦うことしか能のない女だ。だが将来を共に生きていくつもりでいるのだぞ。できることがあるなのならば力を貸す」
そうだよな。
ここまで言ってくれるアニタに何も言わないのも失礼だ。
「打ち明けてしまうと単純なことで、お金がなくて困っているんだ」
アニタは不思議そうな顔をしている。
「レオは無駄遣いをしているようには見えないがな? それともどこぞに女を囲っているのか?」
すでに婚約者が3人もいるのだ。
わざわざ増やすような気にはならない。
「そうじゃないよ。魔石を買うのに金がいるんだ」
「魔石ぃ?」
「ああ。アリスは魔石を動力源としたオートマタだし、俺の道具は魔石を使うものが多いから。ほら、アニタもホバーボードは知っているだろう?」
「そういえばあいつはオートマタだったな。人間のようなナリをしているからすっかり忘れていた」
そうなんだよね。俺もたまに忘れてしまう。
「で、資金を得るために要らない召喚物を売ろうと思っているんだけど、誰に売っていいかわからなくて悩んでいたんだ。時間もあんまりないし」
俺の告白を聞いてアニタはニンマリと笑った。
「そういうことなら私に任せておけ。適任の奴を知っているから紹介してやる」
「本当に?」
「もちろんだ。その代り……上手く言ったら二人きりで私の相手をするのだぞ」
「うっ……それは……」
「何を照れている? “差しつ差されつ”仲良くやろうではないか」
アニタとの場合は、“刺しつ刺されつ”になるから嫌なのだ。
「本当に二人で酒を酌み交わすだけだ。男の肩にもたれて酒を飲んだことなどないのでやってみたいのだ」
それくらいならいいかな。
「本当に剣を抜かない? 興奮して首を絞めるのもダメだよ」
「お前は私をなんだと思っているのだ?」
「最強の変態さん……」
「否定はしないがなるべく自重する……」
否定しないのか!?
それに自重するって……。
そこは、やらないと断言してくれよ。
とにかく相手に話を聞いてくれるということなので、連絡を待つことになった。
アニタからの連絡は予想よりもずっと早く、翌日にはメッセージが届いた。
初めてアニタの筆跡を見たけどかなり残念な文字をお書きになる。
でも、それがかえってアニタらしくて笑ってしまった。
レオへ
買い手が見つかった。今夜時間を作れ。お前の部屋で会おう。
アニタ
文面にしたって、いかにもアニタだ。
だけど買い手が見つかったというのはありがたい。
でも、誰が何を買ってくれるんだろう?
肝心なことは何も書いていなかった。
フィルが寝室に下がるのを見送ってから足早に自室へと戻った。
何時に来るかはアニタの手紙には書いていなかったので、いつ来てもいいように準備をしておくつもりだった。
いつもより念入りに掃除をしておいてくれるようにメイドさんには頼んでおいたから、部屋の中はピカピカだ。
異世界から召喚したソファーの横には、最高値になるであろうマッサージチェアも設置してある。
これを売ってしまうのは惜しい気もするけど、どうしても要るようならもう一度召喚すればいいのだ。
今はお金を得ることを最優先にしなくてはならない。
一応商品に値段をつけてみたが少し高めの設定をしてある。
その代り交渉には応じる用意はある。
その辺のやり取りを含めて今後の値付けの参考にしていくつもりだ。
宮園姫香写真集も浮世絵と呼ばれる絵画と重ねてさりげなく置いておく。
そんな感じで商品をディスプレイしているとドアがノックされてアニタの声が聞こえてきた。
「レ~オ~」
どうやら客が来たようだ。
急いでドアを開けるとそこにはアニタと一緒に背の高い老騎士が立っていた。
宮殿では見たことのない顔だ。
どこかの地方貴族だろうか?
着ている服は黒地の羅紗布で、細かいユリの紋章が散りばめられている。
縫い取りは銀糸で一見すると地味なんだけど、お洒落で豪華な服であることはすぐに分かった。
相手は年上だし、失礼にならないようにすぐに部屋へ招き入れ、丁寧な挨拶をした。
「ようこそおいでくださいました。レオ・カンパーニと申します」
当然相手も返礼してくると思ったけど、何故か何も言わずに俺を見つめているだけだ。
どういうことだろうかとアニタの方を見たが、アニタもニヤニヤと笑うだけだった。
「ブレッツ卿? こちらは?」
戸惑いながら俺が訊ねると、二人はこれ以上抑えきれないといった感じで笑いだしてしまった。
だが、俺はその笑い声に聞き覚えがあった。
「も、もしかして陛下ですか?」
腹を抱えて笑っている老騎士がウンウンと頷いている。
「まっことお前の変装セットは役に立つわい」
それはコスプレセットであって変装セットではない。
まあ、似たようなもんだけど。
「やっぱり陛下でしたか! どうしてここに?」
「うん? お前が召喚物を販売しているとアニタから聞いてな。面白そうだからやってきたのだ」
アニタの言っていた“適任の奴”って、陛下のことかよ……。
「うむ、面白そうなものが並んでおるわ!」
陛下はキョロキョロと部屋の中を見回している。
「お申し付けくださればこちらから伺いましたものを」
「何を言っておるか。このように変装して忍びで買いに来るのが楽しいのだ。そこら辺のところをアニタはよくわかっておる」
陛下とアニタは気が合うのだ。
だいたい陛下に秘密の買い物を唆(そそのか)すような輩はアニタくらいのものだ。
ロイヤルガードのリーダーであるマインバッハ様はさぞ苦労をしていることだろう。
「うおおおお! なんだこの細密画は!? いい身体をした女が女豹のようなポーズをとっておる!!」
それはヒメカちゃんの写真集だ。
浮世絵の下に隠すように置いといたのに最初にそれを手に取るのかよ。
「レオ! これも売り物か?」
「はあ……」
「いくらだ?」
「10万レナールです」
「買った!」
即決かい!
当然値切り交渉があると思ったのに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます