第172話 お父さん?

「こんばんわ」スラリとした色白のその人は長い髪をかき上げながら、亮介に会釈する。

「おじゃまします。えっと、お姉さん?」

「亮ちゃん。私どんだけお姉さんいるのよ、アニよアニ」

「アニさん?」

「違う! アニ! 兄よ! 兄貴! 男子よ」

「またまた、そんなわけないだろ、そんな……」

「ははは、よく言われるんだ」

「何いい感じで笑ってんの? アニ髪切りなよ、紛らわしい」咲乃はプリプリと文句を言う。咲乃は咲乃で端正な顔立ちをしている。大人ぽい涼し気な顔だ。しかしアニは涼し気な中に怪しげな色気を漂わせていた。


「アニ、亮ちゃん私のんだからね」

「あらあら、お母さんはいいの?」

「いいわけないでしょ、魔女は黙って」

「あら、ひどい。亮ちゃん、咲乃がイジメる〜」

「こら! 懐かない!! そこ! アニ! なに手をつないでる!!」

「妹のお客さんにお近づきの握手をしただけだ」

「アニ! お近づくな!! 亮ちゃん、へらへらしない!」咲乃はヘンテコ家族に目眩がする(あんたたちは母でしょ! 兄でしょ! なに娘の、妹の彼氏狙ってんの!)咲乃はドサクサに紛れ亮介を彼氏認定する。

「困ったわね」咲乃ママは唇に人差し指を指して『困ったわ、ママ』な顔をした。

「ママ、困ってるの明らかに私だからね?」咲乃の息が荒い。すでに肩で息を吸っている。

「あら、ママも困ってるわよ。だって、ほらこんなかわいい子、娘の部屋に泊めれないじゃない?」

「ママ。色々おかしい。かわいい娘の部屋に男子を泊めれない、でしょ?」

「でしょ、でしょ? 咲乃も思うわよね、やっぱり咲乃の部屋は。あっ、そうだ。わかった! 亮ちゃんママと寝ればいいのよ! 決定!」

「ママ。悪いけど、いやママは頭悪いけど、だった。そうなったら普通ママと私でしょ?」

「えっ、なんでよ」

「ママ。あからさまにテンション下げない。アニ、亮ちゃんの匂い嗅ぐな」

「亮くん、オレの部屋に来なよ。男同士なんだから、それが自然だろ?」

「アニが言ったら不自然極まりない! 亮ちゃんやめてよね、兄よ兄! 姉ならともかく『兄に彼氏寝取られた』なんて私立ち直れない、責めて女子にして!」

「あらあら、わたし?」

「ママ!! 何歳よ、何歳まで女子感出すのよ! 娘の彼氏が原因で家庭崩壊とかマジないわ、そうなったら私誰に付いて行ったらいいのよ」

「大丈夫よ、私たちが面倒みるからね、亮ちゃん」

「は? 私彼氏の娘になる訳? お父さんなの?」

「それより、咲乃ちゃん。玄関先で騒いでないでお客さん案内しないと、ね?」

「『ね?』じゃねぇよ! 誰だよ散々いじり倒しておきながら!」咲乃の絶叫は夕方の喧騒にかき消されていった。

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