第128話 オレ、辞めます。
オレは望さんが用意してくれたスエットに着替えた。望さんと同じ色のグレー。タグは1980円。Lサイズだった。
「ありがとうございます」
着替えて戻るとオレはすぐにお礼を言った。スエットのこともそうだけど、気遣いに。
学生の財布事情に合せてくれているところ、そんな気遣いに感謝した。
「似合ってる」
「望さんも」
うん、どうしょう。緊張でどうしょうもない。緊張というか、なんかすごく恥ずかしい。こういう気持ちはあんまり感じたことがない。新鮮だ。
「色々と話したいことがあります」
「うん、聞くよ。私も山のようにある」
ふたりしてリビングで正座している。マストアイテムのコタツがない。それが少しさみしい。コタツを使わない人なのかな。床暖房とか?
ふと気になった。
「どうでもいいことから聞いちゃいますけど、望さんはコタツ使わない派ですか?」
「確かに予想だにしない質問だね。えっと、寝室にはあるよひとりの時はリビングにはあまりいないんだ。暖房とか冷房、部屋が広いと効くのに時間掛かるだろ?コタツ寝室だけど、寝室に行く?」
「望さんに寝室に誘われるだけでドキドキです」
「わ、わたしはそんなつもりじゃ、ないんだからね」
「知ってますよ、からかいました。それから、いい感じのツンデレになってましたよ」
何やってんだ。緊張感を和らげようとして更に緊張感を煽るとか。お約束ではあるものの、我が身に起きるとちょっとたいへん。
気付かれないように深呼吸―と思ったけど別に気付かれてもいいや。望さん相手に取り繕う必要ない気がする。
それは望さんが、どうでもいい相手とかじゃなくて『等身大』でいさせてくれる相手だから。背伸びも、ゆっくり合わせる必要もない。望さんもそうならいいんだけどな。
「ピッタリです」
「スエットのサイズか?やっぱり男子はLサイズなんだな」
「いや、スエットもなんだけど、色々ピッタリで―」
「色々合うってこと?」
「ごめん、生意気を言いまして」
「謝る必要なんて、ないんだからね!」
望さんは2回目の『ツンデレ』モードを投げ込んできた。そして意味ありげに笑う。
そうか、勉強したんだね。うん、ちゃんと『ツンデレ』てるよ。そうか、きのうからオレの小説を読んでそれを会話に入れてくれてるんだな。
つまりはネタにしてくれてるのか。なんだろ緊張感してるのに、この居心地のよさ。心地よさは。
京子には気になってる人―そんな感じのことを言ったけど、完全に『好きな人』になってる。
間違いなくオレは望さんのことを意識していて、先のことを考えようとしていた。先のこと、相手のことを考えるとしたらまずしないといけないことは―
「―望さん、オレ。ナッシュビルでのバイト辞めます」
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