第125話 ひとり帰り道。

 結局その日は詩音に会うことはなかった。積極的に探すことも、避けることもなかった。会いたくはなかったけど、逃げたくもなかった。


 だけも、帰りの気まずさは嫌なんでいつもは使わない後ろの方の車両で帰ることにした。


 最近行きも帰りも誰か一緒だったから、一人はなかなか新鮮だった。つり革に揺られて窓の外を見る。


 いつもは南側に面した方に立つ。行きも帰りも。そうするとたまにチラリと海が見える。そうここは瀬戸内海に面した街なんだ。


 でも今日は海に背を向けて北側に目をやる。北側には一面に平野が広がりぎっしりと建物が立ち並んでいた。山は見える範囲にはない。


 何事もなく最寄り駅に着き、咲乃の待ち伏せにあうのともなく家に着いた。誰ひとりとも出会わずに帰り着く不思議な帰宅だ。


 今日はバイト先の店長望さんのマンションに行く約束をしてる。2日連続なのだけど、迷惑じゃないんだろうか。オレは一応学校から帰ったことをメールで連絡した。


 汗をかいたんでシャワー浴びます。それから行ってもいいですか、みたいなメール。


 すぐに返信があり、


 ―私もシャワー浴びておいた方がいいかな?


 焦ったような絵文字と共に。いや、そういうつもりは―と思いながらメールをスクロールすると、


『なんて、冗談。待ってます』


 そんな言葉が添えられていた。なんか、からかわれてる。でも、なんかこういうのは新鮮で楽しい。オレは急ぎ足でシャワーを浴びて、私服に着替えて家を出る。


 チャリンコだ。高校男子なんだ。移動は徒歩かチャリンコ。道すがらコンビニに立ち寄り手頃感のあるプリンを2つ買った。


 そう言えばきのう望さんと『フラグ』の話をしたよな。


 変なフラグを回収しないように慎重に行こう。急いで行ったところで5分変わらないんだから。


 望さんのマンションに着き、チャリンコを駐輪場に置く。不慣れなマンションのオートロックには緊張する。


 部屋番号を入力してボタンを押すだけなんだけど、部屋番号間違えてる他の部屋に鳴ったりしないか、余計なことを考えてしまう。


 ボタンを押して程なく声がした。望さんの声だ。何かホッとしてしまう。


「どうぞ、玄関開けてるよ。入ってきて」


 その声と同時にエントランスの自動ドアが反応した。何か自分の住環境にないものなので、近代化を感じてしまった。


 実際のところ、マンションで暮らしている人にとっては特に珍しくもないものなのだろうが。


 望さんの住む階に着いた。オレはあんまりそんなこと思ったことなかったけど、実は高いところが怖いらしい。


 出来るだけ内側を歩き、手すりに近寄らない。突風とか吹いたらどうするんだ。怖いよ。オレは言われたようにカギの開いているドアを開けた。


 開けた先には望さんが立っていた。


 ん?まさか―







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