第87話 手放しの楽しさ。

 変な感じだ。


 オレは油断があればここナッシュビルに足を運んでいる気がする。別に店長の望ちゃんに会うためでなはい。


 確かに次の勤務の社員さんが急に休みになって残業とは聞いていたが。


「そんなに私に会いたいのか、お前は?」


 長々と語ったオレの心の描写はまったく無視だ。まぁ、聞こえてないからこうなるだろうけど。


 何も雅の前で言う必要があるだろうか。そこはかとなく大人気なさを感じる。


「そうですよ、知らなかったですか。オレの気持ち」


 こうなれば対抗するしかない。店はまぁまぁ忙しそうだし、からかうのは軽めにしょう。


「そうなのか、そうか。そうだったか…」


 あれ、普通に受け入れられた。


 そこはツンデレ風味とか、ポンコツになるとかボケ方は様々あるだろう。


 素で取られると恥ずかしいじゃないか。


「今の冗談まぁまぁ本気にされてませんか?」


 なんだ『JC』には今のが冗談だとわかったんだな。それに引き換え、あの大人女子。


 まんまとお盆びっくり返したが大丈夫か?


 望ちゃんがお盆をひっくり返した以外は何時もの店内だ。いや、望ちゃんがお盆をひっくり返すのも何時もの店内か。


 意外にそそっかしい。


「何にする?『旬の―シリーズ』は貰ったクーポンあるぞ」


「じゃあ『にんにくマシマシパスタ』にしょうかな」


「それ姉さん注文してたぞ」

「ありがと、ゼッタイ食べない」


 雅はあからさまにメニューをめくった。結局無難な『旬の季節のハンバーグステーキ』なるものを注文した。


「亮介さんは、女子とよく来るんですね」


 オレはベタにグラスの水を吹き出した。吹き出しながら、ちらりと望ちゃんを睨んだ。


「女子の内訳はお前の姉ちゃん、この間お前の家にお泊りした『詩音』それとここでバイトしてる同級生。言い掛かりだ、風評被害」


「ふ―ん、それって少ないですか?」

「多いか?ひとりはバイトに来たら会うヤツだからノ―カウントだし、あとのふたりも一緒に来たんだ。タイマンはお前がお初」


「タイマンって!」


 クククッと腹を抱えて笑う。この娘はホントによく笑う。感情表現が豊かだ。


「姉妹ってよくケンカするもんなのな」


「他所は知りませんけど、ウチは。むしろケンカしかしませんが、なにか?」


 なんだなんだ、このはっちゃけた娘は。なかなか面白いじゃないか。


 しかも天然ではなくちゃんと笑わせにきてる。


 オレたちは食事をしてドリンクバーに何度か往復し『おまえ、明日学校だろ』と望ちゃんにあきれられ、雅が『学校ですが、何か?』とよくわからない返しをし、ひとりでウケてるのを見てオレは楽しいと感じていた。


 こういう、手放しの楽しさは久しぶりだ。


 こういうのが楽しいんだよな、きっと遅くなって怒られるんだろうけどさ。




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