第53話 名前は『ホオジロ君』

 駅を降りて学校へ向かう。オレたちをジロジロ見る視線が痛い。


『復縁したんだ』的なものではない。『誰それ?』な視線。


 柚原ゆずはら詩音しおんのイメチェンは、何か通常の真逆を行っている。


 普通、というかよくある方向は『オタク女子』から『イケてる系』へのジョブチェンジ。


 詩音は『オタク回帰』


「なに?元々はこんなんだから。がっかり?でも脱ぐとスゴイのよ?」


「なんだよそのキャッチ―。男子高校生テストに集中させない気だろ?」


 てくてくてくっ。そんな感じで学校へ向かう。きわどい会話はあるが会話だけのヘタレなふたりだ。


 出来ても手を繋ぐのか限界。しかも人前では無理だろうなぁ。


 そう考えながら電車の中で思い浮かんだ疑問。


『ジャージ履いてないとなんか調子出ないのよ』


 何の調子なんだ?そんな質問に向かうはずだったが、逃げられた。


 逃げられたのは逃げられたのでわかってる、そして詩音が何から逃げたのかも想像は付く。


「前さラフ落としたろ。1枚預かってるんだけど」

「あっ、うん。そうなのね」


「絵。まだ続けてたんだ、ゆずちゃん」


 小学校の頃オレは詩音と同じ絵画教室に通っていて『とうくん』『ゆずちゃん』と呼び合う仲だった。


 何年ぶりだろう、5、6年ぶりだろうか。絵画教室は同じでも小学校は別だった。


「ゆずちゃんか――懐かしいよね。ホントに懐かしい。私ね読んでたのとうくんの小説。何で知ったんだろ、覚えてないわ。あのね――」


 詩音は袖にほとんど隠れた指先をムニュムニュと触りながら考えを巡らしている。


 この感覚よくわかる。創作をしている人に共通するのかなぁ。何が自分のものを、作ったものをはじめて誰かに紹介する時誰もがこんな感じになる気がする。


 そんな詩音の姿、仕草、表情すべてが初々しくてじっと話の流れを見守った。


「あのね、その――ずっととうくんの小説読みながらいつか再会したときに」


「ちょっと待ってね――」


 詩音は道端で『サメのリュック』を下ろして口のデザインになってるファスナーを開き中身をゴソゴソと探った。


 見た感じはサメの口の中をいじくり回している。


 よく見るとサメのほっぺたにある『赤丸の布』は自作の様だ。何かサメが照れてる感じがして素敵だ。


 目的はタブレットだったらしく取り出すとすぐに白いタブレットを起動させた。


 少しの電子音とスタートメニューの単調な画面のあとアプリを起動させる。起動させながら、


「一緒に何ができないかずっと勉強してたんだ。そのネットだとやっぱり『デジタル』がいいのかなぁって、そっちも勉強中で、これなんだけど―」


 渡された白のタブレットには着色された男女ふたりのキャラが映し出されていて、正直荒削り感はあるものの迫力というか、迫ってくる、語りかけてくるような力があった。


「あの、これはその亮くんがいま連載してるラブコメの方イメージして描いたんだ、あのね恥ずかしながら『ファンアート』だよ」


 打ち合わせもせずにここまで書き込めるってことは、気が遠くなる程くり返し読んてくれたってことなんだよな。


 この詩音の洞察力が佐々木咲乃こと「死の天使エンジェル・オブ・デス」の小説を読んで本体の佐々木にたどり着く原動力となったんだ。







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