第42話片腕の冒険者と娼婦

「ああ、アイツは2年程前にこの町にやって来た冒険者で名前は…、なんて言ったか忘れたが元はDランク冒険者でパーティーを組んでいてかなりの有望株だったって聞いたぜ」

「じゃあ何かあって片腕を失ってパーティーを解散したとか?」


「全滅…、いや正確に言うとアイツともう一人女が生き残ったって話だが…」

「なんか奥歯に物が挟まったような言い方が気になるんですけど」


ルイーズさんは一瞬考え込んでから片腕の冒険者について語り出した。


名前は忘れたそうですが、キャールの街に来たのは約1年前でその時には既に片腕だったとの事。

ただギルドに来るなり、Bランク冒険者がリーダーの【竜の牙】と言うパーティーに騙され一緒に潜ったダンジョン内で襲われ仲間を殺されたと訴えたとの事だった。

とは言え詳細を聞くも騙されたのは2年近く前の事でありダンジョン内で目撃者もおらず証拠も無い状態でギルドとしても訴えをまともに聞き入れなかったらしい。


何故、調べないのかとの疑問ルイーズさんにぶつけるも、相手はBランクの冒険者が率いるパーティーで確かに一緒にダンジョンに入った冒険者パーティーが全滅する事もあるが、多くのパーティーが戻ってきて口を揃えて勉強になったとか良い経験だったとか言うので、全滅したパーティーは大体忠告を無視してダンジョン内で好き勝手して全滅してるって言われてるらしい。

そんなパーティーに騙されて仲間を殺されたと言ってもギルドとしては鵜呑みにする訳にもいかず、各支部に通達を出してそのパーティーに聞き取りをするにとどまったとの事。


その結果、帰ってきた答えは、自分達の忠告を無視し不用意に奥へ進んで魔物に襲われたとの事で助けようとしたが手遅れだったとの聞き取り結果が帰って来たらしい。


それでも片腕の冒険者は諦めず、キャールにある娼館に同じパーティーだった女性が無理やり働かされていると訴え続けたみたいだけど、当の女性に聞き取りをしようにも、感情が乏しいうえ、舌を切られていて喋れず、また筆談をしても、知らない、分からないと書くばかりだったとの事。


そこまで聞いたところでカトレアが急に口を挟む。

「それって、魔法による強制ギアスをかけられてるとかではないの?」

「いや、魔法による強制ギアスをかけられる人間なんてそんなに居ないからな、魔術契約書による強制ギアスの可能性の方が高い。 だがそれを調べられるのは高位の神官ぐらいだ、流石にギルドも信憑性の低い話に高位の神官を呼んで調べさせるなんて金がかかるからしないしな」


「魔術契約書ね…、どの程度の質か分からないけど厄介ね…」

「その魔術契約書ってそんなに厄介なの?」


前世の記憶から契約書と言ってもただの紙切れと言ったイメージしか湧かない自分にカトレアが真顔で答える。

「魔術契約書の厄介な所は、相手の本心による同意が無いと成立しない物なのよ、だからその娼婦が本心から同意し契約している以上、解除方法は契約書を破くなり燃やすなりして契約自体を消滅させないと解除できないの、魔法による強制ギアスなら使われた以上の魔力があれば解除は出来るけど」

カトレアはそう言って難しい顔をしている。


その後、片腕の冒険者はキャールの街に住み着き、街の近くで薬草採取をして生活をしているとの事だった。


「ギルドの対応も納得だけどなんか釈然としないね…。 高位の神官なら調べられるって言うけどどんな魔法で調べるの?」

「そうね、魔術契約書による強制ギアスなら状態異常を調べる魔法ね」


「それって自分の鑑定じゃダメなの? スキルの書で自分が望んだ通りのある意味特殊な鑑定スキルを持ってるけど…」

「カツヒコ、あなた鑑定で分かったとしてどうするの? わかった所で誰がどのような契約をしたのかは魔術契約書を見ないと分からないのよ。 それにそんな事に首を突っ込んで何の得になるの?」


「いや、まあ何の得も無いけど、なんか引っかかるし、仮にそのBランク冒険者がリーダーのパーティーが本当に同じ冒険者を襲って更に女の子を契約で奴隷みたいにして娼館で働かせるって酷くない? それに今後も同様の被害が出るかもしれないし…」


そう言う自分にカトレアとルイーズさんは呆れた顔でため息をつきルイーズさんが口を開く。

「まあカツヒコの言いたい事も分かるけど、一応その後、疑惑のパーティーと一緒にダンジョンに入ったパーティーはみんな無事に帰って来てるからな、ギルドとしては白と判断してる。 それを今更穿り返すとなると確かな証拠でも無いと反対にペナルティを受ける、いや最悪ギルドを追放されるぞ」


「う~ん、カトレア、魔術契約書の強制ギアスを強引に解除する方法とかって本当に無いの?」

「無くは無いけど、ある意味賭けのような物ね…。 魔術契約書がどこまで強い契約かによるけど、強引に魔術契約書を上書きする方法があるわ。 だけど、さっきも言ったように本人が本心から同意しないと上書きも出来ないから本人の意識がどの程度残っているか次第ね」


カトレアがそう言うとルイーズさんが後を引き継ぐように話し出す。

「カツヒコは釈然としないかもしれないが、見ず知らずの他人事に首を突っ込むと話をややこしくしたり、場合によっては取り返しのつかない事になるから中途半端に余計な事はしない方が本人達の為だ。 そもそもカツヒコは片腕の冒険者から助けてくれと頼まれたのか? それとも知り合いか? 赤の他人だろ、依頼をされたならともかく勝手に首を突っ込むのは筋違いだろ」


そう言われてしまうと、確かに自分と何の関係も無い人の事を心配し首を突っ込む事で解決する物もしなくなってしまう可能性があるのでそれ以上この件について何も言えなくなってしまう。


「それにしても、旧帝国だった6国では奴隷制度は無いのに、魔術契約書は違法じゃないの?」

ふとした疑問を口にするとルイーズさんが現実を教えてくれる。


どうやら、奴隷制度は廃止されてはいるものの、借金による身売りや農村での口減らしとして人身売買はあるそうで、奴隷とは言わないけど低賃金での労働や娼婦で自分を買い戻すまで働かされるらしく、その際の契約として魔術契約書が存在し、国も黙認をしているとの事だった。


田舎の平和な村で育って外の世界を知らなかったとは言え、こんな制度もあったとは…。

契約書なるものにはこの世界でも気を付けないと。

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