第25話 腐女子会。

「あらあらルーシーさんたら読者として読みが甘いんじゃなくて?

 『ご主人様は狼でした』はね、没落貴族の息子であるジェラルディンが天然だからこそ、雇い主のハロルドの五年にも及ぶ片想いに気づかなくて、風呂上がりに呼ばれて警戒もせずにホイホイ部屋に行っちゃったのよ」


「ルーシーとお呼びくださいませ。

 フランシーヌ様こそあの大事な一文を見逃しております。38ページの二行目。『ジェラルディンは急に呼ばれて慌てていたのか、シャツの第三ボタンまで止め忘れていて、ハロルドは目に入る胸元の肌の白さに息を飲んだ』、こちらです。どこの世界にいくら急に呼ばれたからといってシャツのボタン全開で主人に会いに来る雇用人が居るのですか。気づいてるに決まっております確信犯です。何が天然ですかバリバリの養殖モノではございませんか」


「………っ。いいえいいえ、ジェラルディンはそんな悪い子じゃないわっ」


「まあデビュー前から作品を熟読しているわたくしでないとここまでの理解は難しゅうございますから、お気になさる事はありません」


「くううう、腹立つわぁぁ。リーシャ、何とか言ってやってちょうだいよ」


「二人とも大人げないのよ。大体ここに作者本人がいるのに何故直接聞かないのかしら」


「「自分の予想が外れてたら悔しいからよ(でございます)」」




 現在は夜も更けて、延々と女子会は続いている。いい加減眠りたい。



 父様と母様は夕食の時にフランを紹介すると、


「うちの娘に侯爵令嬢の友人が!」


 と大喜びし、お泊まりウェルカム状態だった。兄様はまだ戻っていなかったので、明日の朝食の時にいたら紹介するつもりだ。


 侍女に頼んで持ってきてもらった寝間着に着替えたフランは、さっきからルーシーと熱いイザベラ=ハンコック談義に花を咲かせまくっている。


 私、要らないんじゃないですかね。

 ベッド入ってもいいですよね。



「それにしても『ヘロデア号』、2日で在庫切れ起こすとは、書店も予測が甘いわよねぇ。なんで多めに入れておかないのかしら?イザベラ様の最新作なのに。

 まあ私は予約して初日に手に入れたから関係ないけれど」


「わたくしも当然予約して初日に。

 今回はリーシャお嬢様デザインの栞とブックカバーが特典でついてましたし」


「やっぱり予約特典があるのとないのとはこちらのモチベーションが違うのよねえ」


「まあ、こすい商売も役に立ってない訳じゃないのね。私は小説が読めればいいと思ってたのだけど」


「小説が勿論一番大事なのだけど、ついでにお金なら出すから登場人物に縁(ゆかり)のある商品とか作ってくれないかしらね。こないだのマグカップとスプーンは実に萌えたわ」


「『ヘロデア号』だと、豪華客船のレプリカ等でしょうか?

 わたくしは投資家ギルバートのいた一等客室の枕カバーとかも宜しいのではないかと」


「三等客室にいたラッセルの着けていた一張羅のシャツと言うのもマニア心を惹かれないかしらね」


「それもよろしいですね。ですが一番は、あの嵐で難破して二人が打ち上げられた無人島の砂浜の砂、と言うのが想像力が掻き立てられるのではないかと思われます」


「ルーシーさん、流石にマネージャーなだけあってピンポイントで絞ってくるわね。素晴らしいわよそれ。間違いなく二冊は予約するわ」


「ですからルーシーとお呼びくださいませ。侯爵令嬢にさん付けされると生きた心地がしません。

 でも今回もまた良い作品でした。

 最初は二人しか生き残れなかったのかと絶望し、足に怪我をしたラッセルが『もう俺も遠くないうちにみんなのとこに行くかも知れない』と弱気になるのを必死に励ましながら、無人島の生活を送る中でいつの間にか育まれる愛情」


「そうなのよ!そして怪我も治ったラッセルがギルバートにお礼を言うのよ。『お前と打ち上げられたのは神の意思だったんじゃないかと思う。見捨てないでくれてありがとう』」


「すかさずギルバートが『俺の方がもっと感謝している。何せ愛する人と二人で同じ夜空を見られるんだからな』」


「『だったら、俺の傷を治してくれよ』」


「『まだどこか怪我をしてたのか?』」


「『心臓に、お前でしか埋められない傷がな』そこで夜空の星だけが目撃者の砂浜での濃厚なキスシーンから始まる、お前ら無人島で何リア充してやがる身体求めるより救助求めろよみたいな濡れ場がまた」


「やめてええええサラウンドでの音読はやめてええええっ」


 耳を抑えてゴロゴロ転げ回る私に、フランが呆れた顔で言う。


「リーシャ、貴女が書いてるんじゃないの。なんでそんなに恥ずかしいのよ?」


「殺人事件モノのミステリー書く人が実際に殺人事件をするのか、否(いな)、という基本的なところから話をしないといけないのかしらフランにも」


「今までのすべての作品はお嬢様の妄想力の賜物でございますから。この才能は控え目に言っても天才です」


「まあリーシャ、貴女ったら傾国の美貌とか言われてるのに参考になる恋愛1つモノにしてないの?美貌の無駄遣いって分かってるの?」


 ぷぷぷ、と効果音が聞こえそうな笑みでフランがたしなめてきた。


 周りがそう言うだけで、私が傾国の美貌だと思ってもない事はフランがよく分かっているクセに。


「今絶賛片想い中じゃないの恋する乙女だわ」


「え?まだ恋人でもない訳?

 やだダーク様何してんのおかしいでしょ。リーシャが迫って落ちないなら一生独り者じゃない。女性が求める美しさのほぼ頂点みたいな子なのよこんな腐女子だけど」


「左様でございますよね。全く騎士のクセに股間のマイソードは飾りでしょうか」


「あらお上手。本当にねぇ」


「さりげなくディスった上に下品過ぎるわルーシーもフランも!

 私はダーク様が初恋なのよ。キスも一回しか、それも私から奪ったようなものなのにマイソードの出番はまだ早すぎるでしょう幾らなんでも。なんで甘い初恋を色欲まとったどす黒いモノに変えようとしてるのよ」


 私は顔が火照り出す。


「キスも奪えるならマイソードだって楽勝よ。まあそれはさておき、ダーク様の前に飛び回るうちのバカ従兄弟を払い落とさないといけないんじゃないかしらね」


「さておく内容がルーシーもフランもえげつないのだけれど今回は涙を飲むわ。

 そうなのよルイルイ様のせいでデートの約束がパーになったのよ。こんなことが何度もあったらダーク様に合わせる顔がないわ。何とかさっさと縁談を断りたいのよ」


「ルイルイは面食いだから、貴女以上の女性がいたらコロリだけどねぇ」


「お嬢様以上と言うと、この国にはそう居られないかと」


「サラウンドで誉めあげるのもやめてちょうだい。恥ずかしさで死ねるわ私」



 うーん、と天井を見上げていたフランが、ぽんっ、と手を打った。


「リーシャ、ちょっといい案が浮かんだわ。少しだけ貴女にプライド捨てて貰わないとダメなんだけど」


「大丈夫でございます。リーシャお嬢様は目的の為ならケチなプライドなんかいつでもズタズタに切り裂いてポイッと川に流せる御方でございます」


「ルーシー、貴女が私のプライドを既に切り刻んでるのだけれどそこら辺の反省の弁はないのかしら。今なら聞いてあげるわよ」


「お嬢様には大空のような懐の広さと目下の者への寛大なお心がございますのでわたくしの反省など受け取っては頂けないでしょう。

 それに第一、ダーク様と低い低いプライドなんて秤にかけるまでもございませんでしょう?」


「受け取るか受け取らないかは本人に決めさせて欲しいものだけど、後半については概ね正しいわ。フラン、そう言う事だから聞かせてちょうだいな」




 私を含めた腐女子三名の女子会と言う名の作戦会議は、更に夜更けまで続けられるのであった。






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