第11話 レッスン2「好感度を上げて次の約束も取りつけよう」
ダーク様の屋敷から、従者の方が2日後、ダーク様の今月と来月の休みのスケジュールを書いたものを持って来てくれた。希望する日があれば合わせるので連絡が欲しい旨伝言まで伝えてくれた。とっても嬉しい。
「ねえルーシー、私ったらダーク様の来月までの休みを全て知ってる身分になったのよ?
ふふふっ来月までは、あー、今日は家で体を休ませているのかしら、お出かけなのかしらと想像できる日があるのよ?ちょっと素晴らしくない?
私ごときがダーク様の極秘情報を頂けるなんて夢のようだわ」
ほぼ毎日、学びたい事が多いので勉強したいという名目で自室にこもり、執筆に勤しむ私だが、ティータイムは1日二度は取ることにしている。いくら好きな執筆作業とは言え、ずーっと机にかじりついているのは流石に疲れる。
ティータイムでルーシーと雑談しながら気分転換を図るのがここ2年ほどの私の過ごし方だった。
自室の中であれば、使用人だからといつも遠慮するルーシーをテーブルに座らせてお喋りが出来る。
その上、私は恋する乙女なので話すことには事欠かない。欠く訳がない。
「あー、良うございましたねぇ。でも想像してるだけじゃただのストーカーでございます」
「ま。主人をストーカー呼ばわりなの?これでも格段の進歩を遂げてるじゃないの。
引きこもりには引きこもりなりの進み方があると思うのよ私。一歩ずつ前進してるんじゃないかしら」
言いながらも、私はダーク様の直近の休みを確認する。三日後である。次は七日後。
「いくらなんでも三日後とかは早いわよね?でもその次は一週間後になってしまうわ。………そんなに待てるかしら………」
「良いんじゃないですか?三日後で。合わせるって仰るなら合わせて頂ければ。その時に一週間後も予約してしまいましょうよ。そうすれば、一週間で二度もデート出来るじゃないですか」
「何その難易度。三日後の約束すら押しが強すぎるかしらと躊躇してるのに」
「呑気にしてると、病弱アピールしてたところで、旦那様でも断りにくい見合い話やら婚約話やらが来ちゃうんじゃありませんか?上の方から。
肉食系にならないといけないのは、ダーク様の捕獲以前に、リーシャお嬢様のためでもあるのでございますよ。
早く売約済みにしませんと、こちらの国の王太子様は婚約相手が決まっておりますからともかくも、下手すれば隣国の王族とか、もっと遠い国の方への嫁入り話まで出てきかねません。いえ、間違いなく来ます」
「………ぷっっ。やだわまた大袈裟な。たかだか伯爵令嬢、それも貧乏でまともな嫁入り仕度も出来るか分からないようなとこに王族の縁談とか来るわけないでしょ。笑わせないでよ、くくく」
私が思わず吹き出すと、真面目な顔でルーシーは言った。
「リーシャお嬢様が過小評価するのは勝手ですが、現実的にお嬢様は傾国の美貌と謳われておりますし、会う方会う方に優しく接したせいで、中身も見た目に驕らず慈愛に満ちた極上の淑女と専らの評判になってしまっております。
噂が噂を呼び、積極的に表に出ないのでまだ牽制しあってる状況ですが、誰がお嬢様を手に入れられるのかと言うのが今の貴族のパーティでの話題の中心なのですよ?少しは自覚して頂きたいのですが」
「………あー、そうなの」
こんこんと諭すように言われても、前世で同じ顔で生きてて土偶扱いだった私には本当にピンと来ない。
生きてる場所と環境が違うとなんで逆になるんだろうか。
「腐女子、なのにねぇ」
「腐ってるかどうかなど、見た目でお釣りがざばざば来ますので宜しいのです。
そんな状況ですので、ダーク様に小出しに想いを伝える頻度も詰め詰めで行かないといけません。ダーク様の休みをほぼ奪うつもりで行かないと、気づいたら会ったこともない方と婚約、婚姻という洒落にならない展開が普通に予想できます。
まあ貴族というものはそう言った事も多々あるとは理解しておりますが」
「冗談じゃないわよ。絶対にダーク様の嫁になるわ。恋する乙女の本気を見せてあげようじゃないの」
「それでこそお嬢様でございます。では取り急ぎ原稿も詰め詰めで仕上げて頂いて、ダーク様の休みの日はオフに出来るよう調整お願いいたします。私はダーク様のところに三日後でお願いする旨伝えて参りますので」
「………貴女マネージメント能力も無駄に高くなったわね。分かったわよ。ティータイムも1日一度に減らすわ」
「よっ、売れっ子作家の鑑」
「棒読みで誉められても有り難みがゼロよルーシー。いいわ、ダーク様の為にも頑張るわ私!」
私は原稿を開き、怒涛の勢いで書き散らすのだった。
ーーーーーーーーーーーーーー
三日後。
帰りは送るので付き添い不要とのことで、私一人で馬車で待ち合わせの場所に向かっていた。
待ち合わせは3時。
(………ダーク様の信頼が得られるまで、逃げられない程度に押して押して押しまくらないといけない。
それからでないと改めてアタックしてもまた逃げられるわよね………恋愛初心者の私には試練でしかないけどやるしかないわ)
馬車に揺られながら、私は延々と考えていた。
ルーシーは私が客観的に言っても物凄い美人(笑)であるという。
早く何とかしないと高い身分の人と婚姻させられる可能性もあるという。
どうにも腰の座りが悪い感じはするが、価値観の違う国だからもう認めよう。先に進まないから。
そうであるならば、苦手な積極性も前向きに出して行こう。何しろ肉食系になるのだから。でも肉食系って具体的にはどうするのがいいのだろうか。
経験値が圧倒的に足りないのでミステリーゾーンが多い。ツラい。
そんなことを考えているうちに、目的地に着く。
近くの街の噴水広場である。
本日はカチューシャで髪を抑え、街中で浮かないようにドレスではなくクリームイエローのフワッとしたワンピースと同系のパンプスにして、メイクもいつも通り控えめである。
言われた場所に向かうと、既にダーク様の姿が見えた。慌てて急ぎ足で向かう。
ダークグレーのスリムなスーツにくすんだブルーのシャツ。シンプルなループタイに身を包んだ麗しのダーク様から漂う大人の魅力に、私は既に失神寸前である。
尊い。こんなに素晴らしい人がいるだろうか。否(いな)。拝みたい。
「すみません、お待たせ致しました。
少し早めに出てきたつもりだったのですが申し訳ございません」
「いや、まだ約束より前ですよ。俺が早く来てしまっただけですから」
よかったらお茶でも飲みませんか?との誘いにコクコク頷いた。
「ここ、友人から聞いたんですが、紅茶がかなり種類があって美味しいらしいです」
ウッドデッキのオープンテラスもある落ち着いた茶系統の色合いでまとめられたカフェに案内された。
予約をしていたとの事で、店の奥の角の丸テーブルに腰を下ろした。緑のチェックのテーブルクロスが可愛らしい。
紅茶が好きな私はメニューを開き、アールグレイを頼んだ。ダーク様はアッサムにしたようだ。
ボーイが下がると、ダーク様が早速といった感じで高級そうな紙袋に包まれたものを持っていた鞄から取り出した。
「ハンカチです。大切なモノだと知らずに長いことお預かりしていてすみませんでした。忘れないうちにお渡ししておきます」
「ありがとうございます」
祖母の形見でも何でもないので、良心が痛むが、会うための嘘なので神様が大目に見てくれることを祈りたい。
忙しいのだろう、早足で少し頬を上気させたボーイが紅茶を運んできて下がると、私は改めて頭を下げてから話を続ける。
「本当に本日はお会い頂けてありがとうございました。先日の釣りの時の…その……私の不躾な振る舞いに、ご不快になられているのではないかと思っておりました」
「っ、い、いえそんな事は……」
「いえ、淑女としてあり得ない振る舞いでした。心から反省しております」
「ちょ、頭を上げて下さい!何も不快とは思ってませんからっ」
「それでも、信用が足りない上で、改めて申し上げます。私は本当にダーク様が好きなのです。釣り場で出会って優しく接して頂いた時から徐々に、ダーク様と一緒にいると楽しくて、次第にいつもお会いできたらいいと思いながら毎回釣りに行っておりました」
私は、分かって貰いたくて必死に言い募る。
「思わず付き合って欲しいなどと申し上げてしまいましたが、いきなりよく知りもしない小娘からそんな事を言われても困ってしまいますよね。
ですから、私は許して頂けるならば、これから頑張りたいと思うのです」
「………な、何を、ですか?」
「ダーク様に、私を信頼してもらい、好きになって頂けるよう、からかっているのではなく私の本気を分かって頂けるように、一生懸命頑張りますので、ご予定のないお休みの日は、私と会うことに使っては頂けないでしょうか?
本日はそのお願いもしたく参りました」
深々と頭を下げた私に、ダーク様は川の時のように固まった。
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