捜索と交錯

「……おかしいわ。あの子、そんなに行動範囲が広いタイプじゃないのに」


 エリカとニルが、少女ファンの失踪を予感したのは、12時をまわったころのことだった。

 ビスが家を出てすぐにファンの寮へ行って、三時間四十分ぶり、二回目の訪問である。

 五人いる住み込みの寮母は皆忙しく、年長のファンが朝出て行ったことすら知らなかった。寮にはスケジュールの報告義務があり、そこに残された記録では『講義』と書いてある。

 教室では、ファンは遅刻扱いになっていた。


「いつも通り管理局に向かったのは確かだ。エリカ、局内に入ったかどうかだけでも確認しよう」

「そうね……でも、どうやって確かめる? ロビーで訊いても、教えてくれるかどうか」

「いいや、それより手っ取り早い手段がある」

 ニルは端末を取り出した。


「――――ワンダー・ハンダー、ミゲル隊長は今どこに? 」




 ●




「つっ走らずに、おれを真っ先に頼ったのは良い判断だったな。ウチのAIにハッキングを強要させてたら、ハッ倒してるところだったぜ」

 と、ミゲルはジュースのストローを噛みながら甲高い声で言った。

「……あの、すごく言いにくいんですが」

「この格好か? はン! 顔見りゃ言いたいことの一つや二つ、分かるってもんだ」


 キャスター付きの椅子の上で、裸足をぶらぶらさせる短パンの子供が、ズズッとコップの底をすする。

 チョコレート色をした肌に、まっ白い歯が映えた。


「『不死鳥のミゲル』は伊達じゃねぇってな。俺ァ、見ての通りだよ。

 たとえフッ飛んでも、残った細胞からこうして新品サラピンに再生する。それがおれの『適合』ってわけさ。取り得はこんだけだけどな! ほらよ、必要な情報が出たぞ」

 ミゲルはテーブルのへりを蹴って、画面の前を開けた。

 管理局ロビーにある入口センサーの履歴が表示されている。秒刻みでカウントされた膨大なリストの中に、『8:56 (b)FAN』とある。『b』は『book』の表示だ。


「これで局内にいるのは分かったわね」

「ああ。あとは局内のどこにいるかだ」

「任せな。ドク」

『アイ・サー! 五分お待ちよ! 』

 ミゲルは、ワンダー・ハンダーを『ドク』と呼んでいた。データを漁りはじめたワンダー・ハンダーが沈黙する。

 ミゲルはチロリ、とエリカとニルを横目で見て、溜息をついた。


「初対面のオッサンが言うのもなんだがよ、そろって青い顔しやがって。まあ座れ」

 もちもちした手が、上等なソファを示す。

 エリカとニルは並んで腰を下ろすと、よけいに身の置き所をなくして顔を見合わせた。

「あの……ほんとうにすみません。初対面なのに」

「オイオイ、言っちゃなんだが気にすんな。ドクを通じて『協力者』の交渉をしてきたときは、俺ァどんな図太いやつだって思ったんだぜ? それが、わかっちゃいたが、こんなちっこい『本』のガキだったなんてな。……五歳児の体でいうのもなんだがよ」

「それで」と、ミゲルは椅子の上でちんまりと胡坐をかく。

「状況はわかった。今日は隊長業務は休みだからな。協力者として、『ミゲルおじさん』が色々やってやる」

 ニルは頭を下げた。膝の上のこぶしに、強く力がこめられる。

「ありがとうございます。あの、こんなことを言うのも変ですけど、もし『次』があったら、また協力してくださいますか」


 ミゲルは、高い眉丘を片方だけ持ち上げた。

「おれが記憶を持ち越すかは分かんねぇが……まあ、同じことすりゃあ、協力するんじゃねえの。『おれ』だしな。『本』を担保にしてきたときにゃ、大人として色々心配になったがね」

 ミゲルは、白い歯を見せて『にっ』と笑う。


「ま、『今』も大事にしろよ。言うまでもないだろうがな」



 ●



「ファンがさらわれた……!? 」

 晴光がその知らせを受け取ったのは、第五部隊舎を歩き回っているときだった。

『前々回』、昼過ぎにファンがやってきて『記憶提供』の書類を渡していったときの言葉を思い出したのだ。


 『ハック・ダックのおじさんに渡すように頼まれたの。ハック・ダックのおじさんは、第五の事務さんから頼まれたんだって』


 第五部隊舎をうろついていれば、ハック・ダックが見つかるだろう。そう思ってのことだったのに。

「見つかんねえなぁ……どこいったんだよ」

 端末が鳴ったのはそんなときだった。


「……ニル、おれはどうしたらいい」

「ハック・ダックがまだ見つかって無いとは思わなかったよ。こっちで探してもらったほうが早いから、やみくもに動かないで……あ、いや、そうだ」

 ニルは、何かを思いついたようだった。

「晴光、僕はエリカと離れたくない。そしてエリカには、第一部隊の監視がついてる」

「ああ、知ってる。それが? 」

「その第一部隊の監視、いまやってるのは、クルックスだ」

「……はぁ? 悪い冗談」

「本当だよ。確かな情報なんだ」

 目の前がパチパチと弾けたようだった。晴光は寄りかかる場所を求めて、よろよろと後ずさりした観葉植物の隣で立ち尽くした。


「クルックスは、『セイズ』に感染したんだ」

「なんで……」

「これで仮説段階だったものが確信に近づいた。適合数値を整えるために摂取するセイズウイルスは、一定値を越えると『セイズ』に感染する可能性がある。クルックスは、さいきん摂取量が増えたんだ。一定値を超えてしまったんだよ」

「おれにそんな話されても、なんの役にも立たねえよ……言ってる意味がわかんねえ」

「きみにこの話をするのは、重要な情報だから覚えていてほしいからだよ」


 言い含めるように、電話越しのニルは優しい声を出した。

「情報は、セイズに対抗する僕らの武器だ。晴光、きっと今回の『終わり』が近い。今日中にまた『巻き戻り』が起きる……と思う。そのとき……もしかしたら、僕は今回ほどの準備を整えられていないかもしれない。同じ状況というのは無いんだ。こうしたことを知っているか知らないかで、できる行動が変わっていく。だから、どんな些細なことも覚えていてほしい。きみ自身が『次』にどんな行動を起こせるかは、きみの記憶にあることがすべてなんだ。きみにはあと二周あるから」


 『次』がもうすぐ』。


 その言葉に、晴光の額がじっとりと湿った。

「……わかった。あったことを、なるべく覚えとくようにする」

 手のひらで拭いながら、奥歯を噛んで言う。


「晴光、ハック・ダックのいる場所がわかった。中央棟の六階。健康管理センターだ」

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