たのしい いせかい せいかつ NEXT!④
「非常に詳細な記憶だ。ありがとう。きみたちの記憶は、貴重な資料になる」
「いえ……俺は座っとっただけですから。……不思議ですね。異世界の技術っていうのは」
この国に来て一週間になる。『遭難』してすぐ、この管理局という組織に保護されたのは、幸運だったと噛み締めている。
「……ケイリスクさん」
担当のスティール・ケイリスクは、白い肌と白髪を持った
「……俺も、まだここから出られませんか」
「……そうだね。もうしばらく許可できない。アナタの数値は、基準値ギリギリだ。おそらく後天的に『適合』の処置がされている影響だと思う」
「数値が低いとどうなるんですか」
それを尋ねるたび、、忍の胸に刺ささるものの重さが増す。
「
「お友達の数値は、さらに低い。依然としてとても危険な状況だ。数値を『適合』に近づけるには、ふたつの方法がある」
スティールは指を立てた。
「どちらも『適合』するために足りない物質を摂取する方法だ。ひとつは『本』という、この世界にいる生物の細胞からつくられる。もうひとつは、通称『セイズウイルス』。錬金術由来のお薬になるね。前者は安定しやすいけれど、提供される細胞に相性があって、ドナーを見つけるのに時間がかかる。保護されてすぐ、緊急性があったアナタたちに投与したのは、セイズウイルス。薬液のほうだ」
丁寧にファイリングされた紙束が、忍に手渡された。見覚えのない文字で綴られた事務的な言葉の羅列を、この世界に来て一週間の忍は、読むことができる。
眼鏡の下で睨みつけるように資料を読みはじめる忍に、スティールは言った。
「適合数値が上がると、肉体的なものだったり、脳機能的なことだったり、いくつかの効果が表れるんだ。うちの一つが、『識字』と『会話』だね。異世界で他生命と交流して安全を確保するため、きみの体は、まず『会話』と『識字』に重要性を感じて適応したということだから、気にしなくていい。便利な能力をもらったと思えばいいよ」
忍は無言で頷いた。
「書くのには少し訓練が必要になるけれど、どうやらアナタは記憶を見るかぎり特殊技能を持っている。財産も、学歴も、常識もない異世界人は、『記憶』が唯一の財産といっていい。管理局は、技術や知識がある人がいくらでも欲しいんだ。必要な道具は、局側がアナタの記憶から再現ができる。つまり何が言いたいかっていうと、アナタたちの今後の生活は、体さえ回復すれば保障できるってこと」
スティールは、安心させるように眉を下げて微笑んだ。
資料の表紙が、湿った手の下で少し皺が寄る。
「……ありがとうございます」
●
眠っている。
眠っていることを自覚している。
うちはどうなったんやろか。なんで寝とるんやったっけ。
頭を起点に、コンパスみたいにぐるぐる回されているような。
目を閉じているのに、めまいがするような。
音なんてしないのに、ずっと何人もの人間が声を張り上げているのを無音だと錯覚しているような。
暗闇しか見えないのに、極彩色のフィルムが何枚もよぎって、鋭くて長い針が頭蓋骨の裏側をカリカリと引っ掻いて眼球の裏をくすぐって振動が手指の先を麻痺させ体を巡る血管だけの真紅の生き物が空に浮かび、それが自分自身だと主張する自分がどこかにいて『誰かたち』の声が窓越しの暴風雨のように空気を揺らし、それは確かに錯覚ではなくて――――。
『眼を開けなさい』
窓越しの暴風雨の中から、キッパリと、その声だけが耳に届いた。
深い呼吸で膨らむ肺と、大きな心臓音。現実感のある、手触りのある暗闇が体に戻ってくる。
けれどまだ、体には皮膚の上に膜が張ったような。目を開けているのに、閉じているみたいな、まだ夢の中のような。暗闇の形をした箱に、じ込められているような。
そんな感覚がする。
ここ、どこやろか。
『あなたの体の中』
疑問に被さるように、返事が返ってきた。
うちはどうなったんやろか。
『あなたはセイズになった』
あんたがセイズ?
『我が名はセイズ。またの名を、能あるウイルス。いにしえの魔術式。意志ある魔法』
――――意志ある魔法?
『これから貴方は
暗闇に目が一対。
金色に輝く瞳が二つ。
暴風雨を遮っていた窓が割れた。声が降り注ぐ。それは祝福であり、賛美の歌声のうねりだ。あなたは暗闇に光が差したと錯覚する。
そうだ。すべては錯覚だ。
貴方が目を覚ましているのも、貴方が誰かと交わす言葉も、貴方が見る景色も、色も、匂いも、足の裏の地面も、すべてが錯覚だと錯覚する。
それが
殺すも生かすも
誰も知らない『
「――――新しい感染者、ゲェ~ット♡」
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