●『ふつうの日』のおわり。●

 記憶を映像化するための装置は、おおむね名前から想像されるとおりの形をしている。

 記憶というのは頭にあるものだから、フルフェイスのヘルメットのような器具をかぶる。そのまま可動型の専用ベッドに後ろ首を固定されて寝そべると、MRIに似たドームに、ベッドごと入れられるのである。


「閉所や暗所は大丈夫かな」

「平気っす」

「じゃ、始めよっか。寝ててもいいよ~」


 スティールがベッド横のパネルを操作すると、記憶提供者が乗ったベッドが稼働してドームに入っていく。

「アトラクションみたいっすね」

 そう軽口を叩く記憶提供者の第四部隊職員は、のびのびと大きく育った体格で、丸い黒い目はきらきらしている。

 同じ境遇のリンとは対照的に、陽気で健全な印象をした少年だった。


 五部隊長勢ぞろいの大会議からあくる日、さっそくこうして呼び出された元召喚被害者の少年は、六年前の事件と今回の召喚事案を繋ぐ存在の一つだ。

 記憶というものを情報として見たとき、それは年月がたつごとに劣化していく。

 記憶なのだから、忘れるのはとうぜんで、それが健康的だ。しかし今回は、『記憶調査員』付きなので、新しい発見が見込まれるとされた。


 召喚被害事案の新しい発見は、まだまだ限られた職員にしか知らされていない。

 水面下で動き出した調査に、あの会議に出席していたただ一人の記憶調査員であるスティールが、この件に関しての記憶関連の業務を担うのは、スティール自身も予想していた。

 リンの担当を外れたわけではもちろん無いが、それでもこの案件は、管理局の総力を挙げて解決したい事案である。

 それだけ大きなことの中枢に組み込まれたわけだから、リンの担当は、二人体制で当たることになってしまった。


 記憶調査員は、求められる能力的に人数が限られているが、さいわいにも、スティールには同じ職種の弟がいる。

 弟――――ビス・ケイリスクのほうには、リンのケアを全面的にしてもらい、スティールのほうは、連続召喚事案のほうをメインに動くことになる。

 数日とはいえ、リンと築いた信頼を無碍にしたと取られないよう、担当を外れたくないというスティールの職務意識で、無理にでも籍は残してもらうことになったのだ。



 スティールはベッドが停止したことを確認すると、少年が入った巨大なドームの裏手へとまわり、そこにある扉を開けて中に入った。

 潜水艦のハッチに似ている入口を入ると、ごく狭い三日月形の空間がある。ガラス越しに横たわる少年の頭だけが、ちょうど中心に入り込む形になっていた。


 ――――『記憶調査員』が特殊といわれるのは、ここでの業務があるからだ。


 スティールは、常に顔につけている『制御ゴーグル』を取り、目元をさらす。淡い青い瞳があらわれた。

 薄暗い機器の内部で、その両眼は、淡い光を放っている。よく見れば瞳孔がなく、中心からふちに向かって、波紋のように光のが動いている。


 ケイリスク兄弟が父から受け継いだ、その方面の専門家に『魔眼』と呼ばれるたぐいの瞳だ。


(こっちは俺よりビスのほうが、くやしいけど得意なんだよなぁ。任されてるのは俺のほうだから、俺がやるんだけどさ)


 記憶提供者に装着したものとは違い、目元に覆いが無いタイプのヘルメットを被った。眼球を温めるように瞼を揉む。

 目を閉じたまま、視界に記憶提供者が入るように首を垂れる。

 深呼吸――――。

 息を止め、閉じた目蓋を開く。

 三秒。

 おわり。


 スティールは、顔を上げると、ぶはっと溜めていた息を吐き、壁に向かって体を折って大きく咳き込んだ。

 ビスのほうならこうはならない。スッと『視』て、長めの瞬き程度の変化だけで、何事もなかったように『調査』を終える。実にうらやましい。


 管理局には、現在、五十人程度の透視・テレパス系能力者がいる。

 そのうちの三十七人が、記憶調査員として働けるタイプの『記憶を見る』能力を持ち、さらにそのうちの十五人が調査員として登録されており、現役バリバリで働いているのは、さらにその半数以下、ケイリスク兄弟を含む七人である。


「……ふう」

 スティールは冷や汗を拭いつつ、ゴーグルをつけ直して息をついた。ボタンを操作し、ベッドを元の位置に戻していく。

 このあと、スティールが晴光と入れ替わりにこの機械に入る。

 テレパス能力者である記憶調査員を経由して取り出した記憶は、例えるなら、解像度を上げるソフトを使うようなものだ。

 古いセピア色の記憶にも、調査員というソフトを経由すれば、色彩を取り戻すことができる。ぼやけてしまった背景も、処理して看板の文字を読めるまでに復元するのだ。


 メンタル的にも、肉体的にもつらい仕事だが、なぜ続けるのかと言えば、とにかく給料がいい。管理局は替えの利かない専門職には、とくに金払いがいいのだ。

 離職率が高い特殊な業務のため、保障や保険制度も充実していて、何かあっても安心する程度にはガッポリ貰える。先行きに不安が付きまとう持病持ちの独身男性にはピッタリな仕事だ。


「さて、やるか」


 スティールは肩を回し、仕事の続きにとりかかった。



 ●



 朝9時からやっていた記憶提供が終わり、エレベーターで地下から玄関ロビーに出ると、にわかに騒がしいことに、晴光せいこうは気がついた。

 玄関ロビーには、天井から下がった大きな液晶パネルがある。明日の天気や、ニュースなどを延々と表示しているそれに、速報が流れているようだった。


「なんだ? また第三の実験室が爆発でもしたのか? 」

「―――晴光くん! 」


 人ごみの中から息せききって駆けてきたのは、ファンだった。汗で濡れた頬に、乱れた桃色の髪が張り付いている。

 そのとき、画面から流れる音声が耳に届いた。


『――――午後16時21分、本の国白壁地区、郊外こうがいにある管理局職員所有の住居で爆発があり、昨日さくじつ朝より行方が分からなくなっていた第二部隊所属、エリカ・クロックフォード職員と、そのパートナーである『本』の男性が、四肢を切断された状態で発見されました。二人は現場から救助されたものの、意識不明の重体です。二人は昨日朝から出勤をせず、ことを不審に思った同僚からの通報を受け、第五部隊員が自宅へ不在の確認を行ったことで、事件の可能性ありとして第一部隊へ再度通報がありました。爆発があったのは二人の自宅で、切断の処理がされたあとに自宅へと戻されたと見られ、第一部隊はこの奇妙な事件の一刻も早い解決を――――』




「聴くな」


 晴光は、目の前で震える少女の耳を塞いで、何も見せないように、頭を抱え込んで腹に押し付けた。


 縋りつかれる。


 抱き合う体はぶるぶる震えているのに、足が釘で床に固定されたように、しばらくそこから動けなかった。

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