ドナーとのパートナーシップ制度は、ドナーが必要だと診断を受けた職員が、ドナーとの合意の上で成り立ちます。①

「エリカ、顔に煤が」

 ニルが手拭きで、頭はんぶん高い位置にある少女の顔をぬぐった。長年顔を会わせ続けた幼なじみは、もはや兄を通り越して母親のように甲斐甲斐しい。


「こーんにーちはー! 」


 陽が山側へ傾き始めた午後五時ぴったり、晴光たちが坂の上にある家へやってきた。

 勝手知ったる気安さで、玄関を開けて台所に集合する。手土産の中身は定番の屋台料理で、二人の読みは当たっていた。皿ごと買い取ってきたような、山盛りの骨付き肉である。


 台所と続くリビングは、夏が近いので絨毯をしまったばかりだった。

 黒ずんだ飴色の床はキッチンよりも一段低くなっていて、それなりに大きい足の短いテーブルが置いてある。家の外周にある、ささやかなハーブ農園の端っこが、東向きの大きな窓から見えた。

 壁には、ほとんど使っていない大型液晶パネルの他は、三分の二が本棚と化した食器棚と、何年も使っていなくて本棚になった暖炉、こまごました物を入れている本が乗ったチェスト、普通の本棚などが並んでいる。

 ニルは、座椅子の上に散らばっていた読みかけの本を拾い集めると、苦笑いをしてエリカの呆れ顔を見た。


「いやぁ、鍋を見ているあいだが暇だったからさぁ」

「部屋にあるぶんは持ってくるなって言ってるじゃない。その本が床や戸棚の上に際限なく群れを作るのよ」

 ニルが実家を出たきっかけが『蔵書で床を陥没させたから』というのは、仲間内では有名な話だった。


 晴光が持ってきた料理が思いのほか多かったので、食卓に溢れるほど皿が並ぶことになった。

 食べきれない料理をだらだらと消費しながらゲームや映画を見るのが、『いつものやつ』だ。


 本の国には、異世界から持ち込まれる娯楽も溢れている。

 管理局の特許制度は、娯楽にも当てはまる。

 スポーツ、ゲーム、映画などの映像作品も、その世界文化をあらわす参考資料として、多くが楽しまれている。

 それらの関連商品の売り上げの一部は、文化を持ち込んだ職員の収入になった。

 盗用となるのは、あくまで製作者本人がいる場合。

 管理局にいる職員たちは、もう故郷に帰ることは出来ないのだから、その記憶に残った知識は余すところなく個人の財産として認められていた。

管理局では、職員ならば誰でも使用できる『資料室』もある。


 ニルはこうした映像作品も多く買い集めていた。

「基本的に僕は原作かノベライズかコミカライズがあるやつが中心なんだけどね」という活字中毒者こだわりの蒐集品は、こうして仲間内で集まるときは、大いに貢献することとなる。

 

 シリーズもののアクションコメディ映画を再生し、感想をじゅうぶんに共有したころ、お開きとなった。


「はいこれ。余りもの」

 晴光とファンそれぞれに、こんどはエリカが手土産を持たせる。

 山盛りの骨付き肉は家主ふたりの朝食に回しても余ってしまったし、米が進みすぎて、パンとケーキも二つずつしか腹に収まらなかったのだ。

 ニルが台所で泡だらけの手を振った。

「じゃあね~また明日」

 自然な流れで、晴光がファンを送っていくことになった。素晴らしい連携プレーだ。


「え、エリカちゃん、片付け、するよ? 」

「いいのよ。招いたのはこっちなんだから。……頑張って」

 囁かれた最後の言葉に、ファンはたじろぐ様子を見せたあと、しっかりと頷いた。




 夜の九時をまわっていたが、空の端には、まだ夕暮れの名残りが残っている。

 このあたりは、少し標高が高い。

 ファンの腰まである髪がなびいていて、その桃色の髪に、晴光は、昨日のエレベーターでのことを思い出した。


『晴光。もしあなたが自分の数値に不安があるなら、ドナーとコンビを組むほうがいいわ』


 分かっている。管理局は、『本』のドナーとコンビを組むことを推奨している。

 そしてファンは、誰かとコンビを組むことを前提としたカリキュラムを受けている学生である。

 彼女の進路は、もはや決まったも同然だ。

 孤児である彼女は管理局の支援制度で生活しているから、というだけではない。

 晴光とコンビを組むことを意識しているのは、言わなくても分かっていた。

 けれど、予想外だったことは。


「……ねえ晴光くん」

 真剣な顔をした少女が言う。

「わたしを、あなたのパートナーにしてほしいの」


 気弱な彼女のほうから、ずばりとそう申し出てくることだった。

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