第九十七層目 デーモン・イーター


「君は......一輝くん、なのか?」

「お久しぶりです、ジェイ先生」


 プシュッという小さな排気音と共にマスクが開き、中からジェイの知る顔が現れた。しかし、その顔には額から右頬に掛けての大きな傷跡があり、右目も白濁していた。


「随分と顔つきが変わったね。それに、その目は……君は目が見えていないのでは?」

「二年前に、少し。能力の再生も間に合わなかったもので。でも、視えてますよ」


 一輝がジェイに視線を向けると、右目が蒼く発光し幾何学模様が浮かび上がる。


「さて、積もる話はあとにして......いつまでそうしてるつもりだ。フォルネウス」

「......驚きましたよ。一回死んでしまいました。悪魔を殺す力......そうですか。貴方が噂の『悪魔喰いデーモン・イーター』ですか」


 一輝の一撃を胸に受け、地面に伏していたフォルネウスがゆっくりと立ち上がる。破けた衣服から覗く肌には大きな穴が開いていたが、それも徐々に塞がっていく。


「お前たちはそう呼んでいるみたいだな。呼び方なんてなんでもいいんだけど......俺たちの事を知っているなら話は早い。俺に喰われて、朽ち果てろ」

「そう言われて、はいそうですかと答える程、私は献身的ではないものでね。かといって、大侯爵として逃げ出すわけにもいかない。貴族というものは、なんともやっかいなものです」

「悪魔風情がノブレスオブリージュを語ってんじゃねぇよ。いくぞ悪魔......『権能並列励起』」


 一輝が右腕を横に突き出すと、体から立ち上ってきた紫色の靄が腕に巻き付いて、赤褐色の鎧の様なモノを生み出す。それはまるで、『悪魔』の様な禍々しさを湛えるものであり、見る者からすればどちらが悪魔なのかわからない程だ。


「おぉ......これが、悪魔の王達の権能を同時に発動させた力......なんとも禍々しく、そして美しいッ!」


 フォルネウスは歓喜の表情を浮かべ、目を見開く。その瞬間、周囲が凍りついたかの様に静寂に包まれ、世界が灰色に変化した。


「固有結界か......これはッ!!」

「避けろッ! 一輝君ッ!!」


 背後から振り下ろされた手刀が一輝の頬をかすめ、そのまま打ち抜かれた床が爆ぜて砕ける。


「体が、勝手にッ!!」


 手刀を放った主は、フォルネウスでもなければ、神殿にいたフォルネウスの配下でもない。一輝の背後に立っていたジェイである。


「ふふ......もう種はバレているので明かしましょう。私の固有結界は、『偽りの隣人ファントム・オブ・ラブ』。私に敵意を持てば持つほど、その意思を好意へと変換する精神結界でございます」

「精神系か......やっかい、なッ!!」

「ぬあぁああッ!! すまん、一輝君ッ!!」


 自分の意志に反して、体が勝手に動いてしまうジェイ。なんとか抵抗をしようと試みるも、まったく言うとこを利こうとせずに、一輝に攻撃をしかけてしまう。

 そして、そんな二人の下に近づいてくる存在があった。


「一輝ッ!!」

「その声は......恵かッ!?」

「ジェイ先生がなんで襲い掛かってるのか解んないけど、そいつのせいねッ!」

「ば、馬鹿ッ! やめろッ!!」


 騒ぎに駆けつけてきた恵は、余裕の笑みを浮かべているフォルネウスに向けて爆炎の魔術を行使しようとする。が、それは敵意を向ける事と同義であり......。


「ちょ、ちょっとッ! なんで腕が勝手に......」


 恵の放った爆炎の魔術は一輝へと襲いっかかってしまった。


「ちぃッ! 聞こえるかッ! シャーリィッ!」

『聞こえてますよ、リーダー。助力が必要ですか?』

「二人の相手を頼むッ! どうせ聞いていただろうが、間違ってもフォルネウスに敵意を向けるんじゃないぞッ!」

『了解。まぁ多分、大侯爵程度ならお父さんのお守りではじけそうだけど......よっと』


 何処からともなく聞こえてきていたシャーリィの声。その掛け声と共に、一輝の足元の陰が盛り上がり、ぴょこっと犬耳が飛び出し、中からその姿を現した。


「さぁて、初めましてですね、恵さんにジェイさん。お話はリーダーから聞かせていただいていますが、ひとまずはお二人の相手は私が務めさせていただきます」


 一輝の背に自分の背を預け、口元に笑みを浮かべるシャーリィ。その姿を見て、フォルネウスは目を細める。


「貴方は......シャーリィさんではないですか。まさか、貴方はそこの悪魔喰いの仲間だったのですか? いや、馬鹿な......貴方は間違いなく、『祭壇』より現れたはずッ! 記憶を失って、アガルタに来たはずッ!!」

「いやぁ、苦労しましたよ。位相空間をずらし、祭壇から現れたように見せかけたり、街中を父さんの秘蔵の魔道俱まで使わさせられたんですから。リーダー、後でちゃんと弁償してくださいね」

「そう言うな、シャーリィ。代わりの魔道俱は『船』に居るボブ爺とギュンターさんが作ってるから」

「えっ!? お父さんまで来てるんですか? それは、情けない姿はみせられませんね......」


 驚きと冷や汗、そして嬉しさを表情に溢すシャーリィ。半身に構えた体からは、肉眼でもハッキリと見える程に闘気が湯気の様に立ち上る。


「不肖、シャーリィ......参りますッ!!」

「くッ! すまんッ!!」


 謝りながらも、体の自由が利かないジェイは拳を振るう。

 探索師としては現役ではなくなり、現場よりもデスク周りでの仕事が増えたものの、それでもいつでも有事に対応できるよう日々鍛錬を積んでいたジェイ。さらに言えば、彼は対人戦においてのエキスパートナーであり、その拳はまさに必殺の一撃である。

 だが、シャーリィはそんなジェイの拳を紙一重で躱しつつ、反撃の隙を窺っていた。


(流石、リーダーも二度敗北したことのあるお方。いなそうとしても、まるで巨大な丸太が突っ込んできたみたいな重さと速さの突きです、ねッ!!)


 躱した先に繰り出される前蹴り。その爪先を足場にシャーリィは宙へ体を躍らせる。と、そこに目掛けて、恵の爆炎の魔術が文字通りに火を噴いた。


「危ないッ! 避けてッ!!」


 国際特異災害対策連合に所属するにあたり探索師ではなくなった恵であるが、その実力はもはや特級と呼んでも差し支えが無い。実際には、まだまだ『若さ』が邪魔をするので特級にはなれなかっただろうが。

 そんな恵の爆炎の魔術の持つ破壊力は、かつて一輝が操っていた魔導兵器である『月詠』のビームにも匹敵する程だ。魔力量、魔術の位階の双方でまさに特級。当たればジェイの拳同様、いや、破壊力の点ではそれ以上に危険な代物である。


「出ましたね、謎の術式。ほんと、『この世界』の術式っておかしい部分が多すぎます。なんで爆発を起こす魔術なんて存在してるんですか。解呪するのに苦労するんですからね? 『解呪カウンタースペル』」


 シャーリィが爆炎の魔術に手を翳し、体内の魔力を僅かに放出する。ぶつけるにはあまりにも小さすぎる魔力。しかし、シャーリィの放った魔力が飲み込まれるのと同時に、爆炎の魔術は霞の如く霧散してしまった。


「なッ! 噓でしょッ!?」

「魔術の体系がそもそも違うので比較はできないのですが、この世界の魔術ってすっごく不便ですよね。『魔力吸収マナドレイン』」


 魔術の体を保てなくなった魔力。それらを吸収したシャーリィは、握りこぶしに力を込めて解き放つ。


「ひとまず、眠っていてくださいッ! アンジェリカ流魔闘気術奥義・『竜星衝』ッッ!!」


 突き出した両の拳。そこから放たれた魔力と闘気の塊が、二頭の竜の様な姿を描きながらジェイと恵を飲み込む。


「ガアアァアアッ!?」

「きゃあぁああぁッ!!」


 二人を飲み込んだ竜はそのまま神殿の外まで吹き飛ばしていく。そのまま神殿の周囲にある湖に落ちた二人は泳いで岸までたどり着き、神殿を見つめる。


「なんという力か......しかも、あれでまだ全力ではないというのか」

「何者なんでしょうか......あの、耳も気になりますし」


 明らかに普通のヒトではない、俗に言う獣人と呼ばれる架空の存在。

 天使や悪魔といった幻想が現れるこの世界においても、まだ確認されていない人種。

 ぞして、何故その様な謎の存在と一輝は面識があるのか。突然降ってわいた謎の連続に、二人は頭を悩ませるのであった。

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ダンジョン・トラベラー~最弱探索師の下克上~ いくらチャン @ikura-chan

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