第九十四層目 自分に出来る事
「お前さん、何を言っているのか解ってるのかッ!?」
受付のカウンターを叩きながら唾を飛ばす大男。
その相手は男よりも頭三つ分程背の低い、黒髪の青年であった。
「汚いよ、ウォズ。でも。ウォズの言いたいことも解るってもんだ。ナナシ、あんた......その腕と目でどうやって冒険者になるつもりなんだい?」
ウォズと呼ばれた大男の隣で腕を組むのは、冒険者ギルドの管理人である女傑・エルザである。
アガルタという周囲を山々に囲まれた場所では、近隣にダンジョンというモノは存在しない。なので、探索者という職業は昔から存在しないのだ。その代わりに、野山を駆けまわり、何処からか溢れてくるモンスターを狩る『冒険者』という独自の制度がある。
「いまの自分では何も出来ないかもしれません。でも、明日の僕はそうではないはずです。それが可能性ってもんでしょう?」
「んなこたあ此処に生きる者なら皆が知ってらあ。だが、冒険者ってのは命の危険が常に付きまとう。お前さんにもしもの事があれば、コリンはどうする気だ」
「コリンだって、自分のいきる道を見つけています。僕だけ......僕だけが、このままじゃいけないんですッ!!」
必死な様子のナナシに、ウォズはグッと言葉を飲み込む。文句を言う事は容易い。お前には無理だということも同様だ。
アガルタに流れ着いて十年。それから、冒険者として多くの者を見てきたウォズは知っている。一度決意をした男というものは、他者からの否定程度であきらめるものじゃないと。
「......面倒を見てやんな、ウォズ」
「えッ!? で、でも、姐さん......」
「仕方ねぇだろ? この街の掟だ。困ってやるやつはそのままにしてられん。それに、ほったらかしにして、死体で戻りましたってのがお望みかい?」
「んなわけがあるかよッ! ちッ......ナナシよ、先に言っておくがお前さんを戦闘職にはしねえからな。冒険者と一口にいっても、斥候や罠解除、飯や水源の確保、荷物を持つポーター等々色んな奴がいる。お前の出来る事を一緒に探してやるから、無茶すんじゃねぇぞ?」
「はいッ!! ありがとうございますッ!!」
いい返事をするナナシに、エルザもウォズも苦笑いを浮かべる。
冒険者。自由を愛し、ロマンを求める者......と言えば聞こえはいいが、その実はアガルタに流れ着いたにもかかわらず、己の持つ力が何かもわからない者がその日暮らしの稼ぎを得るためになるモノだ。
いまでこそギルドが出来て、冒険者の体制が確立しているのでいい暮らしをする者もいる。しかし、それでもやはり半端ものが多いのも事実であり、命を落とす者も少なくはない。
「ふふ、どうやら決まったみたいですね」
「なんだい、シャーリィじゃないか。もしかして、ナナシを焚きつけたのはあんたかい?」
「焚きつけたとは人聞きの悪い。ボクはナナシお兄さんのお手伝いをしたいだけですよ」
「はッ! そんな柄でもないだろうに。まぁいい。それで? ここに来たのはそれだけってわけじゃないんだろ?」
「えぇ。フォルネ様からの通達です。近々、『祭壇』が動く兆候が見られるそうです。何が起こるかわからないので、ギルドの方でも警戒をお願いしますとのことです」
「そうかい......久しぶりだね。ウォズ」
「分ってる。腕の立つ奴らを集めておく」
アガルタの中心にある『祭壇』。
記憶を失った者が現れるこの場所は、なにもそういったヒトだけが現れるわけではない。むしろ、記憶を失った者が現れるのは、副次的な効果だともいわれている。
『
ナナシとコリンが現れた二年前では、巨大な蛇のモンスターが現れ甚大な被害が出てしまった。その時に活躍したのが、シャーリィである。
「何が現れようと、ボクの魔術で全部倒してしまうので安心しておいてください」
「シャーリィなら本当にやりかねないから恐ろしいぜ。ところで、ナナシ。記憶の方はどうだ? 名前くらい出てこないもんか?」
「残念ながら......ただ」
「ただ?」
「不思議と、『ジェイ』という名前に覚えがあるんです。なにか、心当たりはないですか?」
ナナシの問いかけに、話を聞いていた周囲の者も一緒になって首を傾げる。しかし、誰一人としてその名に聞き覚えが無かった。
と、その時である。ギルドの掲示板で流されていたテレビのニュースで偶然にもその名が聞こえてきた。
『国際特異災害対策連合の総司令官であるジェイ・アームストロング氏は未明、今後のモビー・ディック号の進路を発表しました。ジェイ氏によると、目標はヒマラヤ山脈に位置するダンジョンであり、調査と必要であれば封鎖をする旨を──』
「お? あいつ、ジェイって名前らしいぜ。しっかし、国際特異災害対策連合ねぇ。本当に、ヒトの為の組織なんだか......ん? お、おい、ナナシ?」
ウォズがナナシに話を振ろうと視線を向けた。だが、当のナナシは体を縮こまらせて、ガタガタと体を震わせていた。
「あっ......あぁああ......」
「だ、大丈夫なのかい? ウォズ、水を持ってきてやんな」
「あ、あぁッ!」
ただならぬ気配にカウンターを飛び出すウォズ。周りの者も心配になり、ナナシに近づこうとする。
「いけないッ!! みんな、離れてッ!!」
だが、そんな皆を蹴り飛ばすシャーリィ。なすがままに壁に飛ばされた男たち。
しかし、男たちは幸運だった。もしも、シャーリィが蹴り飛ばしていなかったら。
「な、なんだい、それは......」
男たちは、床と一緒にバラバラに破壊されていただろう。
「あああああぁぁああぁッ!!」
男たちの立っていた床は、何やら見えないナニかによって潰されていた。その形はまるで大きな『手』の様で、振るわれたナナシの右腕の先にあるようにも思えた。
いや、違う。
ないはずのナナシの右腕には、確かに『腕』が現れた。
「こいつは、いったい......」
水を汲んで戻ってきたウォズは、ギルド内の様子にゴクリと唾を飲み込む。
破壊された床。吹き飛ばされている冒険者の男たち。
そして、砕かれた瓦礫などを集めて出来たナナシの右腕。
紫色の光がまるでスライムの様にうねり、瓦礫を飲み込んで一本の腕を形成していた。
「これは......まずいですね」
誰にも聞こえない程の小さな呟きを溢すシャーリィ。
ダッと床を蹴って駆けだすと、ナナシに肉薄する。
意思を失っているナナシは、無意識の内にシャーリィを排除しようと腕を振るう。しかし、大振りな攻撃は素早いシャーリィに当たるわけもなく、そのままがら空きになった懐に入りこまれる。
「いまはまだ、貴方に目覚められるわけにはいかないんです。あのお方が戻ってくるまでは」
打ち込まれる左腕。見た目には華奢なシャーリィでも、その実力は警備隊の中でも群を抜いて高く、総隊長であるホーネットにも届くと言われている。
めり込むシャーリィの腕は、ナナシの胃袋を激しく揺らして痙攣を引き起こさせる。
赤いものを含んだ吐瀉物をまき散らしながら、ナナシは床に顔面から崩れ落ちるた。
「相変わらず、容赦ないねぇ」
「当然です。気にかけているナナシお兄さんとはいえ、皆様に怪我をさせるようではいけませんからね。ひとまず、ナナシお兄さんはボクが警備隊の専属医に連れていきます。床などの修理代はまた警備隊に教えてくださいね」
そう言ってシャーリィはナナシを担ぐと、そのまま何事も無かったかの様にギルドを立ち去って行った。
「あんな馬鹿力、どこからでてくるんだ?」
ナナシはウォズよりも背が低いとはいえ、180cmは超えている。そんなナナシを軽く持ち上げる150cmにも満たない少女。
アガルタの謎の一つともいわれる、『聖少女シャーリィ』の怪力であった。
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